地球あります

キャルシー

第1話 深夜三時の来訪者

深夜三時過ぎ。静まり返ったコンビニで、バイト歴二十年のベテラン主婦パート・智子さんがひとりレジに立っていた。

そこへ、スーツ姿の明らかに酔った男性がふらりと入店し、開口一番こう言った。


「すまんが……地球はありますか?」


智子さんは、長年の経験でどんな客にも動じない。表情ひとつ変えず、淡々と応じた。


「地球はですねぇ、昨日も売り切れちゃってまして。今朝イチで補充予定だったんですが、納品が遅れているんですよ~」


男性は真剣な顔で「そうですか……じゃあ火星は?」と続ける。

智子さんは苦笑しつつ、完全にこの酔客の“世界観”に合わせるモードに切り替えた。


「火星も今朝から品薄でして。もう棚に一個も残ってないんです」


男は深くため息をつき、次の希望を口にした。


「じゃあ……月は? 月くらいありますよね?」


智子さんは笑いをこらえながら答える。


「月はねぇ、昨日の夜に変な外人さんが十個まとめ買いしちゃって……今、残り半月しかございません」


その瞬間、男性の目が輝く。財布から一万円札を叩きつけた。


「半月でいい! 半月くれ!!」


智子さんもすっかりノリに乗り、


「半月でしたら冷蔵コーナーの奥にちょっとだけ残っていますけど……賞味期限が今夜までなんですよ?」


男は叫ぶ。


「構わねぇ! 期限切れでも食う!!」


さすがに智子さんも吹き出した。


「いやいやお客さん、月は食べ物じゃないですから!」


その言葉で男性は急に我に返り、顔を真っ赤にすると、逃げるように店から飛び出していった。

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