第2話:狂言回しの暴走と、嗤う脚本家
***
### 第2話:狂言回しの暴走と、嗤う脚本家
**場所:永井家の近所、スーパーの駐車場**
「あの、永井景子さん……ですよね?」
友人の由美は、正義感に燃えていた。
昨夜、七海の様子がおかしかった。うわ言のように「殺してやる」と呟く親友を見て、由美は決意したのだ。私が終わらせなきゃ。あの男の家庭を壊してでも、七海を泥沼から救い出すのよ!
買い物袋を下げた永井の妻、景子は怪訝な顔で振り返る。
「ええ、そうですけど。どちら様?」
「単刀直入に言います。あなたの旦那さん、浮気してますよ?」
由美は、スマホを取り出し、七海から送られてきていた雄一郎とのツーショット写真(七海が自慢げに送ってきたもの)を景子の顔前に突きつけた。
「相手は私の友人です。あの男は彼女を騙してる。家庭円満なんて嘘で塗り固めて、彼女の人生を壊そうとしてるんです! だからあなたが止めてください!」
一瞬の沈黙。スーパーの喧騒が遠のく。
景子の顔が真っ赤に染まり、買い物袋が地面に落ちて卵の割れる音がした。
「はあ!?」
景子は鬼の形相で由美に詰め寄る。
「なによ! あんた! なんなのー!」
「だ、だから、忠告を……」
「浮気? あの人が? 証拠はこの写真だけ? バカじゃないの! こんなの合成とか、ただの部下との写真でしょ! いきなり現れて、失礼にも程があるわよ! 通報するわよ!?」
「え、ちょ、ちょっと! 本当なんですってば!」
火に油どころではない。由美はガソリンを撒いて火炎放射器をぶっ放してしまった。
ヒステリックに叫ぶ妻と、正義感を暴走させる友人。駐車場は一瞬にして修羅場と化した。
***
### 舞台裏:路地裏の黒い影
その騒ぎを、少し離れた路地裏の陰から眺めている人影があった。
志乃原七海だ。
彼女は昨夜のボロボロの様子とは打って変わり、無表情で、いや、どこか楽しげにその光景を見つめていた。その手にはボイスレコーダーが握られている。
「ふふ……。カット。いい画が撮れたわ」
七海の瞳には、涙など一滴もない。あるのは、獲物を追い詰める愉悦と、異常なほどの冷静さ。
「由美、あんたは最高の『脇役』よ。お節介で、直情的で、私の思った通りに動いてくれる」
七海はスマホのメモアプリを開く。そこには『復讐シナリオ』と題されたテキストが長文で綴られていた。
* **第1章:悲劇のヒロインを演じ、友人を焚きつける(完了)**
* **第2章:友人を使い、妻に疑惑の種を植え付け、パニックにさせる(今ここ)**
* **第3章:……**
「信じていいのね? なんて……あんな安いセリフ、信じるわけないじゃない」
七海は冷たく笑う。
彼女にとって雄一郎への愛など、もうどうでもよかった。あるのは、自分を「都合のいい女」として扱おうとした男と、その男が守ろうとした「平和な家庭」を、自分の手ではなく、他人の手を使ってグチャグチャに破壊するという歪んだ創作意欲だけ。
「さあ、次は雄一郎さん。あなたの番よ。奥さんが発狂して帰ってくるわ。地獄の晩餐会の始まりね」
七海はポケットから、雄一郎の会社の業務用携帯の番号を呼び出した。
タイミングを見計らって、「奥さんにバレたかも、助けて、死にたい」とメッセージを送るために。
サイコパスな脚本家、志乃原七海。
彼女の書く筋書きに、ハッピーエンドの登場人物は一人もいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます