第4話:見習い、街へ出る
翌日。
今日もカエレン巡査に連れられて、訓練場へ。耐魔ローブに着替えて、セラフィーヌ教官と一対一の魔力制御訓練です。
「貴女の根本的な問題は、魔力の大きさじゃないわ」
セラフィーヌ教官は、静かに告げる。
「貴女の器は、「溜まりやすく・漏れやすい」。この世界の魔素の粒に慣れていないからよ。異世界の器がなじむまで時間がかかるし、貴女は特に相性が悪いみたい」
「え? 魔力量が多いのが原因じゃないですか?」
「同じ量の水が定期的に補充されるなら、器の大きい小さいは問題にならないわ。器の質と出し入れが問題」
それもそうか……。
「せっかく溜まった水が勝手に漏れていくのと、水を出し入れするのが大変、ということ。とにかく栓を強化するなり取り替えるなりしないと、魔力の暴走を抑えることはできない」
「栓を強化とか取り替えとかって、どうすれば」
「まずは、これ」
差し出されたのは……発煙筒?
「これは簡易魔導具、
本当に光る発煙筒じゃん。
「弱い魔力でも発動して、安全装置付き。まずはこれを使ってみて」
渡される信号火。魔力を流す、という感覚は分かる。このセントラル・レグナでは、ルーンリンク・カードや警符が身分証明で、魔力を流せなければ本人確認できないし買い物もできない。
だから、魔力を流す。
ほんの……ほんの少しだけ!
と、信号火全体が光った。
バチッ、と手元で火花が散って、何か熱い。もくもくと煙が……え、ちょっと待って、ヤバくない!?
次の瞬間、パシンッ、と信号火とは違う光が弾けて、あたしの手から信号火が飛んだ。
すっと信号火をキャッチする教官。軽く叩くと、信号火から出て来た煙が止まった。
「やっぱり、「加減」が壊滅的ね……。感覚の方から直しましょう」
「……魔力、詰めすぎ」
カエレン巡査の淡々とした声が響く。
分かってる、分かってるんですけど勝手に魔力が流れるんです……っ!
「気づけ、指先」
ハッと見ると、さっきまで信号火を持っていた指先が勝手に光ってる。魔力漏れ……!
「何事も最初から上手くはいかないわ」
慰めるようにセラフィーヌ教官、肩を叩いてくれた。
そして、空いた時間に、腹式呼吸と、精神統一することを命じられました。
訓練は終わった。昨日よりは歩けるけど、何だか千鳥足。
で、カエレン巡査に今回も猫掴みで連れられて庁舎へ戻って行きます。ド◯ドナが聞こえてきそう。
訓練場から渡り廊下を抜けて警察庁舎へ。
と、何だか空気が張り詰めている。
……何?
「気にするな」
カエレン巡査は、何とか首を動かしてそっちを見ようとしたあたしを、掴んでいる身体ごとぐりっと回した。
気にするな、と言われても気になります。
走り回る捜査官たちは今まで誰の表情の中にもなかった深刻な顔をしている。
「魔物卵の密輸が――」「盗賊ギルドは……?」「転移者も関与?」「……本当か?」
転移者?
最近この国に来た転移者は、あたしたち、春華高校三年二組二十一人。
その前に来た人か、後から来た人か。
それとも……あたしたち自身?
一瞬だけ、周囲の会話が途切れた。
胸がざわついて、何とか聞き取ろうと耳を澄ますと、ぐいっとまた動かされた。
「関わるな」
低い声で忠告された。
「お前はまだ見習いだ。警符すら本格配備されていない新人の手に余る、関わるなよ」
「……はい」
少し力の入った声に、あたしは頷くしかなかった。
でも、あたしのクラスの誰かかも知れない――そんな考えが、喉の奥に引っ掛かった。
魔力疲労からの回復で、午後は外回り……いわゆるパトロールです!
カエレン巡査と一緒に。
この制服着て外歩くの、初めて……!
一応警察寮と庁舎は制服を着て歩けるんだけど、建物は違っても同じ敷地内なのでみんな制服を着ていたりする。あんまりお外感がない。
制服を着て、街を歩く……!
そして、前を歩くカエレン巡査の黒い識別章を見て、白いあたしはまだ見習いなんだと自分を落ち着かせる。
「パトロールは、ライドギアと徒歩、ツーパターンがある、今日は徒歩だ」
「らいどぎあ?」
「実際に乗る時に教える。一~二人乗りの浮遊ボード……あ~、浮いて移動する個人用の乗り物」
あたしが分からない、という顔をしたので、カエレン巡査が補足説明してくれた。車も宙に浮いていたし、バイクみたいなもんかな。いや自転車かも。
と、子供の火のついたような泣き声が聞こえた。どうしよう? とカエレン巡査の方を見れば、既に子供の方に移動している。早い!
カエレン巡査の歩く先で、五歳くらいの子供が泣いている。
カエレン巡査は近付いたものの、何もせず子供を見ている。何してんのあの人は!
駆けつけて、しゃがんで、子供の目線になる。
「どうしたの?」
「こわい~!」
怖い? 何が?
うわああ!? 目玉!?
悲鳴をあげそうになって、辛うじて呑み込む。いや目玉! 丸い体に一つ目だけの……生き物!?
よくよく観察すれば、手のひらサイズの丸い体に、大きな一つ目だけがついている何かがまばたきしながらこっちを見ている。
「
カエレン巡査がひょい、と目玉を掴み上げた。
ものあい?
「一応魔物だが、無害」
まあ……まばたきと転がるしかできなさそうだしね。
「ペットとして飼うヤツもいる」
ペットにするなこんなわけわかんないの。
まあ……無害ならいいか、な?
カエレン巡査が
「ほら、もういないよ。目玉ないない」
あたしは笑って、子供の頭に軽く手を置く。自然にそうしていた。
「めだま、ない?」
「ないよ。もうない」
しゃくりあげる子供のぐちゃぐちゃの顔を、ハンカチで拭いてあげる。
それでも動かないカエレン巡査。
もしかして……あたしがどう動くかを、見てた?
「怖かったねえ。でももういないよ。大丈夫。お母さんは一緒かな?」
「おかっさ、あっちでおしゃべり」
「すみません~!」
道路の向こうから、慌ててすっ飛んできた女性。
「話に夢中になって、つい目を離したら……」
「お話も結構ですが、子供は……特にこれくらいの年齢の子供は動き回ります。待っていろ、というのは難しい」
普段は最低限の会話でもめんどくさそうなカエレン巡査が、母親相手に珍しくすらすら喋っている。
「以後、気をつけて」
頭を下げて子供を連れて行くお母さんと、バイバイと何度も手を振る子供。
あたしはその子に手を振り返す。
ハンカチをポケットの中に突っ込むと、声がした。
「見習いにしては、上出来だ」
え?
背中を向けたカエレン巡査の声。
そのまままた歩き出す。
そっか。
これも、警察のお仕事。
ううん、これこそが、警察のお仕事。
小さい頃のあたしと、何度も手を振る子供が、ダブったような気がした。
その魔物以外には何もなく、庁舎へ戻ってきた。
デスクに座って、パトロールの報告書を書く。報告書って言っても、感想文みたいな感じだけど。見習いだからね。
そこへ。
「カエレン!」
警符で通話していたディルク課長が声を上げた。
「例の「転移者絡み」の件、向こうが動いた。行くぞ」
「はいはい……」
めんどくさそうに立ち上がるカエレン巡査。続いて立ち上がろうとしたら、頭を抑えられた。
「見習いの出る幕じゃない、大人しくここで待ってろ。何か質問があったら、そうだな、リリアとフェリシア、覚えてるか? お前が来た時に会った二人のどっちかに訊け。じゃあ」
何人かのメンバーと一緒にカエレン巡査は行ってしまった。
「転移者」ならあたしの知り合いもいるかもしれないのに……。
大人しく待ってろって方が難しいよ。
……だって、あたしの友達かも知れないのに。
置いて行かれるのが、こんなに怖いなんて――。
胸の奥が、キュッと縮んだ。
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