第2話:巡査見習いミツキ。魔力、暴走寸前
異世界で目覚めてから、三日。
五感で感じる全てが知らないもので、心臓をどきどきさせているあたしは、警察庁の生活防護課に連れて来られています。
ちなみに生活防護課と言うのは日本の生活安全課とほぼ同じなんだけど、「安全に給料もらってるだろ」とか嫌味を言われるが多くて替えられたそうです。それとこの世界では市民の安全は「勝ち取って守る」もの――という理由もあるらしい。
歩きながら、借りたばかりの見習い用の制服が、まだしっくり来ない。
青いジャケットに半マント――鏡で見た時より、ずっと「警察官っぽい」。
でも胸の鼓動はまだ落ち着かなくて、襟をそっと直した。
ここまで案内してくれたのはカエレン巡査。欠伸しながら歩いているのに、誰も気にしない。……いつもこういう感じなのかな。くたびれ下っ端を演じてるけど、何て言うか近くにいるとピリピリする。緊張というか、身体が自然に警戒しちゃうというか。
昨日、その理由が分かった気がする。
突然放り出された異世界でも、生きるためには働かなきゃいけない。
一年は援助するけど、それ以降は自立しろ――と言われ、あたしたち二十一人は、ギルドとか国の機関とか、色々紹介されて、その中から職を選べと言われた。
希望職がなかったり適性が合わなかったりしたら、もう少しお城に留まって世界を学んでから改めて職を選べるらしいけど、あたしは一択。
この世界の警官に、あたしがなれるのか、と不安が胸に過ぎるけど。
迷わず、だーれも希望者がいない「警察」のブースに行きました。
若い娘さんが、とか、危険だ、とか色々言われたけど、「他の選択肢はありません!」と言い切ったら、担当の人は泣きながら身分保証書を受け取ってくれて、そのまま警察庁へ。
そこで戦闘能力を見る時に、ちょっと厄介がありまして。
ぶっとい棍棒から短剣まで、模擬戦闘用の武器を選べと言われて戸惑った。
この世界、警察はあるのに柔道はなかったんだよね。
……魔法と剣の世界では、非武装で制圧する技は発展しなかったんだろうな、とすぐ想像はついた。
けど、剣術なんかを習ってないあたしの見せられる体術は柔道しかなかったんで、それを言ったら、通りがかりのカエレン巡査が捕まりました。
あ、昨日の風船箱の人、と思い出す。この人と組手……。投げる時に変なことしたら、巡査の身体、グキッてしそう。
「候補生の腕を見ろ」と言われてあたしの前に立たされた。
めんどくさそうな表情をしたカエレン巡査が、てくてくとあたしに向かってくる。
が、ですね?
柔道二段のこのあたしが、一瞬、動けなかったんです。圧に呑まれた。それも「捕食者に睨まれた」一瞬。
ところがあたしは、怖い、と言うより、「こいつ何者だ」って言う好奇心の方が勝った。
反射的に身構えたあたしの前で、カエレン巡査の圧はすぐ消えた。またあの無気力そうな雰囲気に戻り、あたしを掴もうと無造作に手を伸ばして来る。
え? 今までのあれは?
戸惑いながらも、一歩踏み込み、懐に潜る。
膝と腰を落とし、軸にして――前へ倒す。
小柄なあたしの得意技。懐に潜り込んでバランスを崩せば、絶対に投げられるという自信がある。
歓声が上がった。どうやらこの世界では「投げ技」という概念が珍しいらしく、審査官や見物人がぽかんとしたり手を叩いたり。
そしてむっくり起き上がり、審査官に何か言って去っていくカエレン巡査。
カエレン巡査、受身じゃない「別の技」で、勢いを殺してた。柔道を知らないんだから、この世界の体術か、あるいは独学で身に着けた体捌き……?
あの人、何者……?
思えば、最初の圧は、あたしを試したんじゃなかろうか。……相手の実力が読めるほどの実力があるか、ってことを。
一晩明けた今は、朝から無気力そうな顔をしているけど、今となっては演技にしか見えない。
そんな謎多き人に連れられて、生活防護課の課長室に入る。
「君がミツキ・アイカワか。生活防護課課長のディルク・ファーレンだ。よろしく」
短く刈り込まれた黒髪の課長が手を差し出したので、握り返す。課長はふっと笑った。
「なるほど、カエレンを投げられるわけだ」
どうやら手を確認されたらしい。
小学校の時から柔道をしていて、マメや青あざは仲良し。鍛錬の結果、同年代の男子が引くほどの分厚い手になった。掴んだら放さないよ?
手を離して、課長は一つ頷く。
「君は、今日から巡査見習いとして生活防護課の一員になる。見習いがつく理由は聞いているね?」
「警察学校を出ていないからです」
「そうだ。この世界で警察官になるには、警察士官学校で三年間学ばないといけない」
あっちの世界でもそうだもんね。
「この学校は、王族から平民まで門戸は広いが出口は狭く、入学した生徒の三分の一が半年も持たない」
嘘でしょ。警察学校、どんだけ厳しいの。
「それ以外では、上層部に「自分が警察に益のある人材」と示す。つまり、上の人に「君は警察官が向いている」と
これはあたし、警察官に向いてるってことかな?
「巡査見習いとして採用された者は、必要な知識や技術を現場で学び、時には警察学校でも学び、三年間分の内容を一年半から二年で叩きこまれる」
え。今、聞き捨てならない発言がありましたよ課長!?
「そして卒業条件を満たせば、「巡査試験の受験資格」を得て、正式な巡査になる」
……うん、通報レベルブラック……いや魔界並みのブラックだ。
でも、あたしは決めていた。やるって。……この世界の警察官になるんだって。
「だが、現場に出るための君の問題点は――魔力制御。そうだな?」
そうなんです。
昨日、クラスメイト全員で魔力測定器なるもので測定をしたところ、ビーッビーッと甲高い音を立てたまま機械が停止。
『……観測限界を、超えています……?』
周りのクラスメイトが「すごーい!」「勇者だ!」「美月、ヤバくない?」という中で、唯一あたしだけが「また機械壊した?」と震えていた。……ほんと申し訳ない。普通の女子より力が強いせいか、あたしはさわったものをよく壊しちゃうんです。
「ルーンリンク・カード(身分証明書+デビットカードみたいなもの)に、本人確認でほんの少しだけ魔力を流す練習を五十回くらい繰り返して、やっと「微量」だけ流せた結果――。『カードを発行する時は耐魔性能を限界まで上げて、五日に一度はチェックした方がいいですね』と言われたんだったな」
はい……っ! みんなはすぐコツをすぐ掴んだのに……あたし一人だけ……っ!
……「普通」の範囲から、めいっぱい外れてるよね、これ。
「君は「期待の星」だ。ただし扱いを間違えると……セントラル・レグナが吹っ飛ぶ」
期待されているのか脅されてるのか、よく分からない。でもいつの間にかあたしの身体に溜まった「魔力」とやらを、あたしが制御できてないってことはよく分かった。放置すれば暴走して、何もかも壊してしまう、ということも。
それだけは、嫌だ。だから。
「警察学校の中でも、最も優秀な魔導教官、セラフィーヌ・アルマクリストが、一対一で制御法を教えてくれる」
どんな人か分からないけれど、人間爆弾みたいな言われ方してるあたしにつける人だから、相当の腕利きだろう。信じてついて行くしかない。
「頑張って、正式に巡査として採用されるよう、精進しなさい」
ここが出発点。
異世界で、あたしはもう一度、夢を追う。
――ただし、この時のあたしは知らなかった。
あれが地獄の始まりだなんて。
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