魔法都市の生活防護課~異世界転移した女子高生、警察官見習いはじめました~

新矢識仁

第1話:異世界、初めての朝

 ひく、とまぶたが動いた。


 あれ。


 あたし、何してた?


 確か、一学期最後のホームルームに先生がなかなか来ないんで外を見てみると真っ暗で、教室が割れて暗闇に放り出されて。


 ――その先が、ない。


 目を開ける。


 ……少なくとも、学校内じゃない。


 大理石? でも大理石は発光しない。柔らかい光を放つ石で作られた、高い天井。


 体を起こそうとして、柔らかいシーツで覆われているのが分かった。簡易ベッドみたいなのがあって、そこに寝かされてたんだ。



 みんなは!?


 半身を起こして見回すと、同じベッドが並んでいて、そこに寝かせられているクラスメイト。


 春華しゅんか女子高等学校三年二組、あたし含めて二十一人、全員いる。


 うなされてたり、涙を流したりしているもいるけど、全員ちゃんと呼吸はしているみたい。


 目で人数を数え、顔を確認し、力が抜けた。


 ……よかった。本当に、よかった。誰も欠けてない。


 そして、辺りを見回す。


 やっぱり白い石で作られた床、壁。壁は真紅と金のタペストリーのようなもので飾られている。


 ここは、一体、何処?



「あ~、ほら、やっぱ起きてた」


 女性の声がした。


「よかったわ。あなたの勘がなかったら、パニックになっていたかも」


 もう一人、女性の声。


 そっちを見ると、重そうなドアがあって、そこから二人の、あたしたちと同年代位の人が入ってきた。


 一人は金髪ポニーテールの、気位の高そうな娘。


 もう一人は、銀髪ショートに狼みたいな耳を持つ娘。体つきはがっしり系。……あたしほどじゃないけど(部活で鍛えてるから)。


 どちらも、明るめのロイヤルブルーに黒の装飾の施された制服を着ている。


「はじめまして。私はリリア・グランフォード。彼女はフェリシア・ノールズ。【聖なる客人セイクリッド・ゲスト】よ、あなたのお名前をお聞かせいただけますか?」


 にっこり微笑んで綺麗なお辞儀をするリリアさんに、あたしも何とか答える。


美月みつき、です。相川あいかわ美月。あの……ここは何処なんですか?」


「ここは、レグナシア王国首都、セントラル・レグナの中心たるフィルブランシュ城、その【転移の間クロスゲート・ルーム】」


 ……意味わからない。


「リリアは説明がちょっと固いなー。えっと、ここはミツキが今までいた世界とは別の世界。レグナシアって国のお城の中!」


 フェリシアさん、ありがとうございます。やっと理解できました。


 ということは……。ここ、異世界……?


 頭がぐらぐらする。


 慌ててベッドから降りようとして――シーツに足を引っ掛けた。


「ちょ、落ち着いて」


 慌ててフェリシアさんが駆け寄って身体を支えてくれるけど、まず確認しなければならないことが。


「わたし……わたしたち、帰れますか? 元の世界へ!」


 リリアさんとフェリシアさんは顔を見合わせて、申し訳なさそうに言った。


「この世界から出る方法はある、と聞いています。ですが」


「出るだけで、元の世界に戻れるって保証はないんだ」


 ……っ!


 ……いや、受験とか、卒業とか、そんな現実的な未来は綺麗サッパリ消えた、と言うことは理解した。


 だけど、小さい頃からの夢が……ずっと目指してきた未来も綺麗サッパリ消えたってことで。


 あたしの、「警察官になる」って夢は……ここで終わり? あんなに頑張ったのに……?


 どうして……どうして、こんな――。


「ごめんなー、この国は、異世界……特に「二ホン」って呼ばれる国からの転移者が多いんだ。だけど、誰も元の世界に戻ったって話は聞かない。みんなこの世界に骨を埋めることになった」


「ちょっと、フェリシア巡査っ」


「仕方ないだろ、事実は話すしかないよ。あとで「話が違う!」ってなったほうが大変だよ」


「フェリシア巡査の言う通りだな」


 低い、眠たげな男の声が割って入った。


「カエレン巡査」


 ふわふわと宙に浮く大きな箱や袋の束が目に入った。……浮いてる!? これ魔法ってヤツ? 風船みたいに紐でまとめられた荷物を、カエレン巡査と呼ばれた人が引いている。なにこれ。


 とにかく、大荷物を連れて? 入ってきたのは、先の二人と同じ制服を着た、黒髪の男。


「ったく、荷運びの途中に「何か予感がしたから失礼します」じゃない」


 風船を持つように引っ張っていた荷物を床に降ろして、カエレン巡査と呼ばれた男は背を伸ばし、胸のポケットに手を突っ込むと、黒いキャッシュカードみたいなものを取り出した。


「あー、こちらカエレン・ミストライダー。物資搬入終了、転移者一名覚醒につき、対応を開始する。どうぞ」


『了解』


 え? カードが喋った……じゃなくて、あのカード、携帯なの? あの薄さで?


「対応するって結局私たちばかりじゃない……」


 ぼそっと呟いたリリアさんに、カエレンさんは欠伸を噛み殺すような声で言った。


「それがお前らの仕事だろうが。俺は大荷物の誘導。あと連絡。転移者がみんな若い女ってわけでお前らが派遣されたんだ、ちゃんと仕事しとけ」


 じゃーなーと手を振ってカエレンさんは出て行く。


「あのう」


 何か気まずくなった空気を振り払おうと、あたしは勇気を出して話しかけた。


「お仕事って、何してるんです?」


 衛兵とか、騎士とか、そんなの?


「警察官です」


 え?


「ですから、け・い・さ・つ」


 え?


「フェリシア、ミツキさんが固まってしまったのだけれど」


「あれ? ミツキ、二ホン出身じゃないの? この国の警察制度、全部二ホンの真似だからさ」


 慌てて言い直す。


「本当に、お二人とも、警察官……?」


「そーだよ」


「階級は巡査。さっき出て行ったカエレンも同じです」


 この青色の制服、見覚えがあると思ったけど……。


 本当に警察官? 異世界に?


「ですから困った時はいつでも言ってくださいね」


 リリアさんが軽く胸を張る。


 異世界に放り出されて真っ暗になった道が、ぱああ……っと照らし出されたような気がした。


 ――警察官。


 あたしの夢は、まだ終わっていない。


 ここから、また始められるんだ――!

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