第11話 お姫様のチラリ

「え、えっちな事はダメですよっ!?」


 姫野さんの言葉が脳内で反芻される。

 そりゃ、姫野さんに……むふふな要求をしたい気持ちはあるが……それを口にする度胸はない。俺にできるのは……誤魔化す事だけである。


「姫野さんのえっちー。何を考えてるのよう!」

「わ、わたしはえっちじゃないですっ」

「……想像したのに?」

「伊東君が何回も念を押すからっ」


 照れた様子の姫野さんは、当然きゃわいい。目に入れても、全く痛みはないだろう。


「……ちなみに、何を想像したの?」

「そ、それはっ……そのっ……」


 どこからかぼふっ、と音を鳴らし、見える範囲すべてを紅生姜レベルに赤く染めた。

 甲殻類もビックリの変わりようである。姫野さんの主成分はアスタキサンチンなん?

 あ、アスタキサンチンってのは海老とかが赤くなる原因物質の事な。


「……い、言えませんっ」

「い、言えないような事を……?」


 俺が思っているより、お姫様はえっち?

 いや、免疫とか耐性がないから……ちょっとした事に鬼照れしてんのか?


「……いじわる」


 これ以上イジるのは、やめたほうがいいな。

しつこい男は嫌われるし、姫野さんが可哀想だ。


「あー、えーと。勝負はなし、という事でいいですか?」

「……はい、伊東君の言う通り、普通に楽しむ事にします」


 先行は俺なので、やたらと黒光りする、相棒の穴に指を突っ込む。

 見栄を張って、いつもより一段階重いやつにしたけど……悪くない。百五十点の壁を越えられる気がした。


「ストライク、取っちゃいまーす」


 軽口を叩きながら構えると、後方からソプラノボイスが飛んでくる。


「ストライクって、そんなに簡単にとれるのですか?」

「簡単じゃないけど、特別難しくはないかな」

「お手並み、拝見ですっ」


 椅子に座ったまま、姫野さんは「頑張ってください」と両の拳を握る。

 前も見たけど……その仕草、ガチで好きだなぁ……。まじで、ハイスコアを出せそうだ。


「いきまーす」


 長めの助走を取って、右腕を振った。

 俺の放ったボールはグングンと加速し、快音を鳴らす。レーンに残されたピンは、ない。


「しゃあ!」


 宣言通りのストライクにテンションは爆上がり。

 柄にもなく、ガッツポーズなんて決め込んでしまう。


「すごーい! 凄いですっ、伊東君っ!」


 振り返ると、いつの間にか立ち上がった姫野さんは「わー」と笑顔で手を叩く。

 ただ、玉を転がしてピンをなぎ倒しただけだってのに。

 ……めっちゃ誇らしくて……クッソ嬉しいんですけど? こんなの初めてぇ。


「ま、実力通りだな」

「やっぱり、男の子は凄いですねっ。わたし、あんなに速く、投げられる気がしませんっ」


 そんな風に言われて、悪い気などするはずがない。ボーリング、超楽しいんですけど?


「別に速ければいいって訳じゃないよ」

「そうなのですか?」

「スピードがなくても、コントロールがあればストライクは取れるはず」

「……難しそうです」

「ほら、次は姫野さんの番だよ」


 俺がそう促すと、姫野さんはゆっくりとボール置き場に向かい、パートナーを装備する。

 いきなり投げてもらっても面白そうだが、簡単にアドバイスをしておこう。


「助走は自由に取ってもいいけど、そこの白い線は超えちゃ駄目だよ」

「超えてしまうと、どうなるのです?」

「ファウルは重大なルール違反だから、マイナス百点になる」

「ま、マイナス百点っ!?」

「一度ファウルをすると、そのゲームはほぼ消化試合となるのだ」

「処罰が重すぎですっ! ハムラビ法典じゃないですかっ!」


 ファウルになってしまったらどうしよう、と姫野さんはビビっている。

 ってか、ハムラビ法典て。日常生活で使う事、あるんだな。


「うー、ファウルだけはしないようにしないと……」

「……ごめん、姫野さん」


 マイナス百点なんて嘘で、本当はその投球が0点になるだけなんだ。

 そう、ネタばらしをしようとするが、


「伊東君はボーリング協会の理事長さんなのですか?」

「……は?」


 ボーリング協会の理事長? 一体、何を言っているんだ、このお姫様は。


「違いますよね?」

「はい、私はボーリング協会の理事長ではありません」


 中学生の教科書英語みたいに答えると、


「悪いのは、重すぎる処置を決めた理事長さんと委員会です。伊東君が謝る必要はありませんよ」


 え、何それ……笑うとこ?

 ……いや、めっちゃ真顔だし、本気でそう思っているんだろう。

 純粋で天然で、ちょっとアホな姫野さんに、俺はなんて言えば……?

 ネタばらしをすればいいのか、それとも……?


「……と、とにかくファウルはしないように」

「了解ですっ」

「……投げる時は、そこに書いてある黒い三角形を狙うといいよ」

「はいっ!」


 ニコッと笑い、姫野さんは一番ピンと向かい合う。

 ……想定外のやり取りはあったが、最低限の助言はできただろう。

 俺はキュッキュと床を鳴らし、椅子に腰掛け観戦の構えを取る。


「助走は……これくらいにして…………投げますねっ?」


 振り返った少女にゴーサインを出すと、姫野さんはもう一度頂点のピンを凝視して、動き出す。ゆっくりと、小さく右腕を振り、ボールを手放すと……。


 ——ヒラッ


 姫野さんのスカートが揺れた。

 下着が見える、なんて事はなかったけど……かなり際どいところまで……真っ白な太ももが露出する。

 ……これが、チラリズムか。

 ガッツリ見えるよりもずっと……えっちじゃん。


「やりましたっ! 七本も倒しましたよっ!」

「あ、うん! おめでとうっ!」


 レーンの先を見ると、左側の三本のみを残すスペアチャンスだった。


「次も、わたしの番ですよねっ?」

「うん、そう。全部倒すとスペアっていう、ストライクの次に凄いやつだよ」

「何点、貰えるのです?」

「次に倒した数に十点追加、だったかな」

「それは、逃すわけにはいきませんねっ!」


 気合が入っているところ、非常に申し訳ないのですが……このまま投げさせるわけには……いかないよなぁ?

 そりゃ、姫野さんのパンチラは見たいよ? だけど……気付いてて教えないのはフェアじゃない。パンチラにフェアもアンフェアもない気がするが……とにかく。


「姫野さん、ちょいとこちらに」

「……? なんですか?」


 二度、椅子を叩くと姫野さんは首を傾げながらも俺の隣に。


「それで、一体なんです?」

「あー、いや、その、ですね」


 パンツが見えそうだから、注意して投げた方がいいぞ。

 そんな一言が喉から先に出たがらない。言いにくさマックスである。


「ひょっとして、スペアを取らせないように、間を取ってます?」

「な、なんという誤解だ」

「伊東君はいじわるですからね、やりかねません」

「……なんだよ」

「はい、なんて言いました?」


 あぁ、もう。照れてんじゃねーよ。俺の始めた物語だろ。


「……投げる時に、見えそうなんだよ」

「見えそうって、何がです?」

「……下着が」


 状況を理解できたのか、姫野さんは僅かに赤くなりながらスカートの裾を押さえた。


「お、教えていただき、ありがとうございます」

「うむ」

「……見えそう、と言う事は、見えてはいない、という解釈で大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ。安心して」

「……気をつけて、投げますね」

「そうしてくれ」

「……伊東君には、すでに見られてしまったような……パンツだけじゃなく、ブラまで……」


 そんな事もあったなぁ。

 今、思い返してみても……あぁ、いい景色だった。へへへっ。


「……伊東君」

「ん?」

「ちょっと、笑っていますよ?」

「え、そう?」


 姫野さんは、予想通りの言葉を口にしたのだった。


「やっぱり、伊東君はえっちです」

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