絶倫同棲:性格不一致、身体は一致〜ズボラ陽キャと几帳面陰キャ、性欲無限大な二人の止まらないイチャラブ同棲性活

lilylibrary

第1話 喧嘩するほど「肌」が合う

夏野なつの花火はなび! 起きなさい! 今すぐ起きて、このゴミ溜めを何とかして!」


 日曜日の朝、午前八時。

 私の絶叫が、1LDKの部屋に響き渡る。

 手に持った掃除機のグリップを、プラスチックがきしむほど強く握りしめる。血管が浮き出ている自覚があった。

 血圧が上がっている。不健康だ。

 けれど、目の前に広がる惨状を見れば、聖人君子だって般若の面を被るに違いない。


 リビングの床には、蛇が脱皮したかのように脱ぎ捨てられたスキニーデニム。

 ソファの上には、裏返しになったTシャツ。

 そして極めつけは、ダイニングテーブルの上に鎮座している黒のレースショーツだ。


「……んあ? りっかちゃん、うるさい……」


 ソファの上の毛布がもぞもぞと動き、そこからボサボサの茶髪が覗く。

 夏野なつの花火はなび

 芸術学部の天才児だか何だか知らないけれど、生活能力というステータスが欠落している私の同居人。

 彼女は欠伸を一つ噛み殺すと、また毛布の中に潜り込もうとした。


「二度寝禁止! 言ったよね!? 服は脱衣所で脱ぐこと。脱いだら洗濯機に入れること。リビングは共有スペースだから私物を放置しないこと!」


 私は毛布をひっぺがす。

 朝の光の中に、無防備な背中が晒される。

 彼女はキャミソール一枚だ。健康的な肩甲骨が、不満げに波打つ。


「えー、だって昨日は課題で徹夜だったしー。限界だったんだもん」

「限界ならベッドで寝てよ。なんでソファなの? なんでパンツがテーブルにあるの? 意味がわからない」

「そこが一番近かったから?」

「疑問形で返さないで!」


 私は頭痛をこらえながら、彼女のTシャツを指先でつまみ上げる。

 汚い。

 菌が見えるようだ。

 私のテリトリーである「整頓された空間」が、彼女というウイルスによって侵食されていく。


「もう無理。限界。出て行って」

「え?」


 花火が眠たげな目をこすりながら、上半身を起こす。


「だから、同棲解消。出て行ってって言ってるの。先週も言ったよね? 次やったら契約解除だって」

「またまたー。りっかちゃん、冗談キツイって」

「冗談に見える?」


 私は冷え切った声で告げる。

 本気だ。

 几帳面で神経質な私、冬島ふゆしま六花りっかと、ズボラで快楽主義者の花火。

 水と油。氷と炎。

 最初から無理があったのだ。顔が良いとか、ちょっと才能に惹かれたとか、そんな理由でルームシェアを始めたのが間違いだった。


「本気だよ。荷物まとめて。今すぐ」


 私は彼女の腕を掴む。

 無理やりにでも立たせて、玄関まで引きずっていく覚悟だった。

 この部屋から、このストレス源を排除する。

 そうすれば、また平和で静寂に満ちた、完璧な私の日常が戻ってくるはずだから。


 けれど。


「……ちょ、痛いって」


 花火の腕は、驚くほど熱かった。

 私の指先が、彼女の二の腕の肉に食い込む。

 その瞬間。

 ぱちん、と。

 脳の奥で、ブレーカーが落ちるような音がした。


「……っ」


 掴んだ手のひらから伝わってくる、吸い付くような肌の質感。

 人肌というにはあまりに密度が高く、極上のシルクよりも滑らかで、それでいて生き物としての弾力がある。

 まるで強力な磁石だ。

 離そうと思っているのに、指が勝手に動いて、さらに深くその肌を求めてしまう。


「りっかちゃん?」


 花火が不思議そうに振り返る。

 距離が縮まる。

 鼻先を掠める、匂い。

 昨晩の徹夜作業のせいか、少し汗ばんだ匂い。それに柔軟剤の甘さと、彼女特有の柑橘系の体臭が混ざり合っている。


 ――いい匂い。


 思考のフィルターを通さず、本能が直接そう叫んだ。

 理性が構築した「怒りのロジック」が、その匂いを嗅いだ瞬間に、熱を持った飴細工のようにぐにゃりと歪む。

 目の前がくらくらする。

 ドラッグだ。この匂いは、私にとって精神安定剤であり、同時に劇薬でもある。


「……離して」

(嘘。離さないで。もっと嗅がせて)


 口をついて出た拒絶の言葉は、あまりに弱々しかった。

 花火の目が、すうっと細められる。

 さっきまでの眠気眼が嘘のように、そこには獲物を狙う肉食獣の光が宿っていた。

 彼女は私の本性じゃくてんを知っている。

 私が、彼女の身体にどれほど依存しているかを知り尽くしている。


「出て行けって言ったの、りっかちゃんでしょ?」


 花火が私の手首を逆に掴み返す。

 熱い。

 火傷しそうなほどの体温が、手首の脈拍を通して全身に駆け巡る。


「じゃあ、離してよ」


 花火が挑発的に笑う。

 意地悪な笑みだ。

 私が自分から離れられないことをわかっていて、試しているのだ。


「……む、り」

(離れられるわけないでしょ、バカ)


 私の敗北宣言と同時に、花火の腕が私の腰に回った。

 掃除機が手から滑り落ち、床にゴトリと鈍い音を立てる。

 そんな音はどうでもよかった。

 今はただ、目の前の圧倒的な「快感の塊」を摂取すること以外、考えられない。


 花火が私を、ソファに押し倒すのではなく、床に引き倒す。

 掃除機も、脱ぎ散らかされた服もそのままだ。

 不衛生だ。信じられない。

 でも、背中に感じるフローリングの硬さよりも、私の上に覆いかぶさる花火の重みの方が、遥かに重要だった。


「ん……っ、んぅ……」


 唇が塞がれる。

 キスという生易しいものではない。酸素と理性を根こそぎ奪い取るような、暴食的な捕食。

 舌が絡み合うたびに、背筋に電流が走る。

 頭の芯が痺れて、視界が白く明滅する。


(ああ、これだ。これが欲しかった)


 さっきまでの怒りは何だったのか。

 部屋が汚い? そんな些末なこと、どうでもいい。

 世界で一番嫌いなはずのこの女が、今は世界で一番必要な存在に思える。


「りっかちゃん、すごい顔」

「うるさ……っ、んっ!」


 花火の手が、私のパジャマの中に滑り込んでくる。

 デザインの才能がある彼女の指先は、まるで粘土細工を捏ねるように、私の身体の最も感じやすいラインを的確になぞる。

 背骨に沿って指が這うだけで、腰が勝手に跳ねた。


「ここ、好きなんでしょ」

「ちが……っ、ひぁ!」

(違うって言いたいのに、声が勝手に出る。悔しい)


 私の几帳面さが作り上げた防壁は、彼女の指一本であっけなく決壊する。

 悔しいけれど、気持ちいい。

 この身体の相性だけは、どんなに性格が合わなくても、認めざるを得ない。

 パズルのピースなんて言葉じゃ生温い。

 最初から一つの生命体だったものが、二つに引き裂かれて、今ようやく元の形に戻ろうとしているような、強烈なの感覚。


「ねえ、りっかちゃん」


 花火が首筋に顔を埋め、熱い息を吹きかける。

 ゾクゾクと粟立つ肌。


「まだ出て行ってほしい?」

「……だま、れ」

(意地悪言わないで。その口で、もっと別のことして)


 私は花火のボサボサの髪に指を絡ませ、自分の方へ引き寄せた。

 それは無言の肯定であり、降伏であり、そして懇願だった。

 彼女が満足げに喉を鳴らす。


 朝の光が差し込むリビング。

 散らかり放題の部屋の中心で、私たちは獣のように絡み合う。

 理性は警鐘を鳴らし続けている。

 『こんな関係は間違っている』『今すぐ離れるべきだ』と。


 けれど、私の身体は、花火の体温と匂いなしでは、もう一秒だって呼吸ができないかのように、彼女を求めて泣いているのだ。


 掃除機のコードが足に絡まる感触を無視して、私は花火の背中に爪を立てた。

 このどうしようもない同居人が与えてくれる、地獄のような快楽に溺れるために。

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