灯火【短編小説集】

花の人

灯火

 僕のこの世界は、大きな大きな闇と、小さな小さな光で出来ていた。

 光はいつから在ったのか、何故輝き出したのか。

 その答えを僕は知らないけれど、それでもその光は闇の中を進む唯一の道しるべになった。


 歩き続けて、どれほど経っただろうか。

 どんなに道を進んでも、光には一向に近付くことができなかった。


 歩き疲れた僕は、ふと後ろを振り返ってみた。

 その視界には何もなかった。揺らめきも、暖かさも、果て無さも、感じられるもの全てがなかった。

 この世界には大きな闇と小さな光しかないけれど、きっと小さな光がなければ大きな闇でさえ在りはしなかっただろう。


 僕は再び前を歩き出した。その時から僕にとって光が在る方が前で、そうでない世界が後ろになった。

 それを嬉しい、と感じる僕がいた。


 しかしある日、何者かによって唐突に世界全てが眩しく照らされた。

 生い茂る木々、歌をさえずる鳥たち、青空を渡る雲、その全てが突然僕の世界に生まれた。


 僕は昂る感情を抑えられずに駆け出した。

 草原に仰向けに転がって、天と地の間に挟まれてみたりもした。

 ここには感じたことのないものばかりがあった。

 

 そんな世界でひとしきり笑ってから、僕は不意にあの光のことを思い出した。

 きっとまだ何処かで光っているはずだ。

 僕は辺りを見回したけれど、輝きに満ちた世界では小さな光など見つけられるはずもなかった。


 どうしたものかと立ち竦んでいると、ふと足元に何か転がっていることに気が付いた。

 それは壊れたランタンだった。どうやら僕が踏みつけ、蹴り飛ばし、壊してしまったらしい。中の炎は弱々しく、今にも消える寸前だった。

 その光を見て僕はすぐに、これが今までずっと僕が求め歩いてきた光だと気が付いた。


 僕は壊れたランタンを必死に抱きかかえた。しかし一度消えかかった暖かさは、もうどうしようもなく止められなかった。


 いつしか灯火は消え、僕の胸には空っぽの虚しさだけが残った。

 これから僕は、何処に向かって進めばいい?


 そして再び、世界に夜が訪れた。

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