3-3

「た~だ~い~ま~」


 先に酔っ払いを部屋に押し込む。


 千鳥足で「二軒目行こ!」と大騒ぎする花火をなんとか電車に乗せて、人が多いターミナル駅での乗り換えをこなし、ようやく自宅まで連れてくることに成功した。


「とりあえず、お前はパジャマに着替えろ」


 花火の下着やら寝巻きは、部屋の隅に放置されているトランクの中にいくらでもある。


 もっと言ってしまえばそれを洗濯しているのは他ならぬ俺だ。今更パンツブラくらいで大騒ぎはしないが、健全な男として思うところがなくはない。


「んへー? ばんざーい!」


「……は?」


 花火が両手を上にまっすぐと伸ばす。


「脱がせて~、英吉~」


「アホか! まずは水を飲め、ほら!」


 完全に頭がバカになっている。一旦、水を飲ませて落ち着くのを待つことに。


「生き返る~」


「んじゃ、テーブルの上に水置いとくから」


「英吉どっか行くの?」


「シャワー入って寝る準備をする」


「あーしも一緒に入る~!」


 なるほどな。ちゃんとイカれてる。


「……やっぱり、シャワーは後にしようかな」


「じゃあ、あーしも~!」


 何なんだよ、この状況は! 俺の理性がなくなったら、絶対そういうことになるぞ!? 


 許されるなら今日はビジネスホテルに泊まりたい。こんな状況で自分の理性が最後まで持つかはだいぶ怪しかった。


 花火となぁなぁでそういう関係になるのは違う気がする。


「てか、お酒飲みたーい!」


「お前はこれ以上、アルコール禁止」


 当の本人は酒で高揚しているため、怖いもの知らずである。


「えーつまんなーい! じゃあタバコは?」


「やめるって前に言ってだろ。あとここは俺の家」


 タバコの臭いというのはなかなか隠しづらい。


 今後の高校生活を円滑に進めるために、禁煙すると自分で言っていた。元々そんなに本数を吸っていなかったみたいなので決断は早かったように思う。


「あれもダメ~これもダメ~! 英吉きびしー!!」


 酔っ払いってマジで面倒くさいな。あと数分も放置していれば、勝手に気絶してくれそうなんだけど、それまでどのように時間を稼ごうか。


「よし、ゲームしよう」


「え!? ゲーム! やるやる!」


 いいぞ、食いついたぞ。


「我慢比べゲーム。先に動いてしまった方が負けだ」


「面白そう!!」


「じゃあまずは仰向けで横になってくれ。手足は真っ直ぐ、床に並行な」


「分かった!」


 俺と花火は仰向けになって床の上で寝転がる。


「んじゃ、先に動いたり喋ったほうが負けな。よーいドン」


「負けないわよ!」


 本来であれば、キツイ体勢で勝負をしないと勝敗がつきにくいのだが、今回の目的はゲームをすることではない。


 リラックスして横になる。そして喋るの禁止。自ずと眠くなってくるわけだ。


 その睡魔に耐えるという意味では我慢比べとも言えるが、俺と花火ではまず前提条件が異なっている。アルコールの有無だ。


「くかー」


 開始から二分で花火のいびき声が聞こえてきた。


 しかし、まだ油断はならない。もう五分だけ放置してみる。




「はい、俺の勝ちー」




 二重の意味でね。起き上がって確認すると、花火は完全にスヤスヤと眠っていた。


 居酒屋でも時々こういうお客さんがいる。お座敷の席で「ちょっと横になるだけだから」と宣言して、数分後には爆睡しているみたいな。


 しかもそういう人に限ってなかなか起きない。最終的にはゲンさんが叩き起こす。


 酒飲みの横になる=普通に寝る。この公式は覚えていた方がいい。


「面倒な女だよ、まったく」


 今まで会った誰よりも自由。意外と世間知らず。そして、孤独の匂いがする。


 間違いなく自分と同じ人種だ。彼女に惹かれていることを否定できなくなっていた。


「……ダメだろ」


 すぅはぁと一定のリズムで揺れる、淡い桃色に吸い込まれそうになる。


 熱に浮かされるな。同種の彼女が「吸血鬼の力を使いたくない」そう言っていた。俺もそれを見習うべきだ。今までの罪を償わないといけない。贖罪が必要なんだ。


 雑念を振り払って、ずやすや眠る彼女を抱き抱える。


 小さくて、とても軽い。あんな傍若無人な彼女もやっぱり異性であって、強く抱きしめたら折れてしまいそうだ。そんな彼女の女性らしさに庇護欲を駆り立てられながらも、それが性的な欲望に転じないようにと懸命に抗う。


「ってことで、おやすみ」


 花火を自分のベッドへと下ろす。さっき買った外着のままなので、潔癖症の人は発狂するんじゃないかと思うが、俺は別にそこまで気にならない。


 大体、ここで服を脱がしたら間違いなく理性のタガが外れる。


 上から適当にシーツをかけたらタスク完了。部屋の電気を消して脱衣所に向かう。


「……一発抜かないとダメだな、こりゃ」


 久々にただの妄想だけで果てた。どんな内容だったかは詮索しないでほしい。




   ***




 ――――ガシャンっ!


 物が倒れる音とガラスが割れる音が突然鳴り響く。俺は床から飛び起きるようにして周囲を確認する。


 時刻は定かではないが、深夜特有の静謐な空気感がある。おそらく真夜中だ。


 


「大丈夫か、花火!?」


 


 間接照明用のスタンドライトが倒れたらしく、どうやらそれが音の正体のようだ。


 たぶん、割れたのはLED電球のガラス部分だろう。まだ目が闇に慣れていないが、その辺にガラス片が散らばっているはずだ。


「一旦、花火は動くなよ。ガラスを踏んだら大変だ」


「…………」


「花火?」


 返事はないが、息遣いは聞こえる。ただ明らかに異様だ。くぐもった音の中に獣のうめき声が混じっているような不穏な響き。


 何かが起きている。もしくは起きようとしている。


 まずは電気を点けて状況を――――




「えい、きち……おねがい、にげて…………」




 紅だ。二つの紅が暗闇の中ではっきりと浮かんできた。


 そして、苦痛に歪んだ声。何か大きなモノに抗っている。そんな必死さがあった。


「は、花火……その腕っ!」


 暗順応で視界がクリアになっていく。そこで目に入ってきたのは、出血するほど自身の腕を噛み締めている花火だった。


「まずは落ち着け。俺にできることはないか?」


「近づかないでぇ!!」


 絹を裂くような花火の叫び。ガラス片を避けるようにして、ベッドの花火に接近したところ静止を求められた。


「あーしは大丈夫……だ、からっ! 英吉は少し外に出てくれれば……!」


「そうはいかないって! こんな状態のお前を放っておけるか!」


 俺は自他ともに認めるクズだ。


 だけど、気になり始めている女の子を見捨てて逃げたりなんかしない。


「ダメだよ、英吉……っ! 英吉に、嫌われたく……ないよ……っ!」


「何度、お前の悪行に目を瞑ったと思ってる。今更だろ」


 花火の両腕を押さえつけベッドに押し倒した。


 これ以上、自分を傷つけるようなことを止めさせないといけない。


 つい先日とは逆の構図だ。俺の真下に花火がいる。


「で、どうすればいい?」


「やめてよ……っ! 構わないでよ……。怖い怖い怖い。嫌われたくないのっ……!」


 花火の瞳から涙が止め処なく溢れ出てくる。。


「みんな、いなくなっていくんだ……っ! パパもママも全員……! 英吉だって! 全部、あーしのせいで!!」


 なんて辛そうな顔をしてるんだよ。そんな顔、お前らしくないだろ


「いつだって一人で! 寂しくて! もう、何も失いたく……ないの……っ!!」


 この冷たい涙を止めたい。


 両手が塞がっている状態で、俺にやれることは一つしかなかった。




「落ち着け」


「むぐっ……!」




 マイナスな言葉を発するその口を封じた。唇から温もりが伝わってくる。


 そして、仄かに鉄の味もした。彼女が自分自身を傷つけた証だと思うと、やるせない気持ちになってしまう。


 ほんのわずかな時間だった。触れ合っている唇を離す。


「な、何するのよ……っ!?」


 塞がっていた口が開くや否や、抗議の声が返ってくる。


「悪りぃ。冷静にさせたくて」


「だ、だからって! あ、あ、あんたねぇ……!」


「とにかく俺を信じろ。花火の前からいなくなったりしないから。もう一度、言うぞ。お前のために、俺はどうすればいいんだ?」


 さっきから花火は「英吉にできることはない」とは一言も口にしていない。つまるところ、何か俺にもできることがあるんだ。


 だけど、その手段を取ると俺に嫌われるかもしない。それで必死に隠しているんだ。


「……血が吸いたいの」


「分かった。じゃあ俺のを吸え」


 そんなことではないかと思っていた。


 少し前に『吸血衝動』があると言っていたのを覚えている。そして、その吸血衝動で両親を病院送りにしてしまったことも。


「簡単に言わないでよ……っ! 英吉もパパとママみたいになっちゃうかも! 下手したら死んじゃうかもしれないんだからね……!?」


「大丈夫、こちとら血気盛んな高校生だ。ちょっとくらい血を抜かれても死にはしないって。献血気分だよ」


 肉体のピーク年齢は一七歳だとか。それと血液量が関係あるかは知らないけど、昔から貧血とかは起こさないタイプだ。きっとどうにかなるだろう。


「怖いの、誰かの血を吸うのが……」


「それで花火が傷付いたら意味ないっての」


 確かに「あーし、他人の血は吸わないから」と言っていた。


 だけど、吸血衝動が定期的に生じるものなら、花火はどうやって解決してきたのか。


「自分の血を、吸っていたんだろ?」


「……そうするしかなかった」


「俺と関わったのが運の尽きだな。いいから吸え」


 掴んでいた両腕を離して、そっと花火を起き上がらせる。




「嫌いに、ならない……? あーしから離れていかない……?」 


「何度も言わせるな。俺は花火を一人にしないから」




 それくらい俺は花火のことを――――いや、それを口にする資格は俺にない。


「ごめん……ごめん、英吉」


「気にすんな」


 花火が俺の肩を抱いた。そのまま首筋まで顔を近付けると、首と肩の境目あたりに尖った糸切り歯を立てる。


 一瞬だけチクリと痛みがあったが、それが継続することはなかった。


 しかし、体から命の源が抜かれているような感覚はある。


「痛く、ない?」


「なんか痛気持ちいい」


「へ、変態!」


 腕をつねられた。そっちの方が痛いくらいだ。


 しばらく、互いに抱き合うような形で吸血行為が続いた。




 花火がスッと俺の体から離れる。憑き物が落ちたような、でも申し訳なさそうな、なんとも複雑そうな表情で「終わったよ」と声を掛けてきた。


 体が重たい感覚はあるが、こうしてちゃんと生きている。致死量には至っていないようだ。


「そんで、俺はお前の眷属になったの?」


「……分かんない、誰かの血を吸うのは初めてだから」


「ん、最初に眷属がどうとか言ってたよな?」


 俺が花火の楽しい高校生活をサポートするようになったのは、言うことを聞かないと吸血鬼にするぞと脅されていたからである。


 そういう体だった。最近はなんか曖昧になっていたけど。


「その、あれは……完全にブラフだったというか……」


「そういうことね」


 花火すらもその答えを知らないのなら、俺が眷属になるのかは経過観察って感じだな。


 今のところ体に変化はないので、たぶん人間のままだと思うけど。


「ってなると『吸血衝動』と『魅了』くらいなのか。花火の吸血鬼要素って」


 一応、瞳が紅くなるのも吸血鬼らしいポイントではあるか。意外と似合っているので、そこまで気にはならないんだけど。


「う、うん……。あとは傷の治りが早いくらいかな?」


 そう言って出血していた腕を見せてくる。


 痛々しい歯形の痕が残っているが、既に血の流れ自体は止まっていた。そして、この短時間でかさぶたになろうとしている。


 治癒力自体は常人とは比べ物にならないが――――


「あんまし、普通の人間と変わんないよな」


 絶対に試すつもりはないが、殺す気で挑めば勝てそうな気がする。


「そう、だね……。これが吸血鬼としてのあーしの全部かな」


 花火は寂しそうに笑いながら、そのまま伏し目がちに言葉を続けた。


「英吉のこと、脅してごめんね。それと、今日まであーしに付き合ってくれたことも。これでもう、この関係も終わりってことだよね……?」


「はぁー、あのなー」


 やれやれ、何を言うかと思えば。


「俺はお前の眷属になっていいと思って血を吸わせたんだぞ? その時点で当初の脅しとか既に機能してないだろ」


「えと、えと……つまり英吉は、何を言いたいの?」


 鈍感だな、まったく。皆まで言わないといかんのか。




「花火が吸血鬼だとか、どんな能力を持っているとか、そんなのどうでもいいんだって。俺がただお前と一緒にいたいんだよ。さっき、一人にしないって言ったろ?」




 こんな小っ恥ずかしいことを言いたくなかった。


 飄々として、どこかスカしているのが俺のキャラじゃないのかよ。




「……っ! ……ばか、ばか…………ばかぁ!」




 滂沱の涙が花火の頬を濡らす。ポタポタと大粒の雫がシーツに染み込んでいく。


 溢れ出るものを止めようと花火は一心不乱に目を擦っている。


「俺も大概だけどさ。そっちもキャラ守れよ」


 唯我独尊、傍若無人、自由奔放。


 そんな風に形容されるような奴が可愛らしく泣くんじゃない。


「うるさいっ! そんな嬉しいことを言われたら無理だよぉ……。それはさ、ずっとずっと言って欲しかった言葉で……っ! あーしはずっと一人で……」


 これまで蓄積していたもの、心の中で堰き止められていたものが、決壊して放出される。


 多くの人間は親や兄弟、友人と話すことでそれを適度に吐き出すのに、花火にはそれをすることが今日まで出来なかったのだ。


 積年の悲痛や辛苦。一度溢れ出したら簡単には止まらない。




「寂しかった! 怖かった! 辛かった……! だから、その言葉がほしくて、なのに、なのに……っ! うぅ、どうして、涙が止まらないのぉ……?」


「大丈夫」




 スッと花火のことを抱きしめる。「えっ!?」と驚く彼女を無視して、伝えたいことを、伝わるかは分からないけど、自分の気持ちを言葉にしたいと思った。




「俺はちゃんといるから」




 彼女のこれまでの痛みを、本質的に理解することも、肩代わりすることもできない。




「此処にいる」




 人には人を救えない。隔たりを埋めることも叶わない。




「今この瞬間、花火と此処にいる」




 それが仮初だとしても、俺たちは交差して、熱を分け合っている。




「はは……っ! 何言ってるか分からないし……っ!」


「そりゃ残念」


 言葉に出来ただけで満足だ。自慰みたいなものだからな。


 それでも花火が多少なりとも笑ってくれたなら結果オーライってことで。まだ涙声ではあるけれど、幾分か落ち着いたみたいだった。


「で、でもね……! 英吉の体温はちゃんと伝わってる。だ、だから……もうちょっと、もうちょっとだけ……このままがいいかな」


「なっ!? す、好きにしろっ!」


 いじらしい事を言って、俺を困らせないでほしい。こっちも我慢しているんだからさ。


 溢れんばかりの情欲が暴発しないよう懸命に抑えつけている。


「あったかい」


「い、生きてるからな」


「英吉の体温ってなんか安心する」


「……っ!」


 だから、そういうの禁止だっての! 持たないって、色々と!




「ねぇ、英吉。……これからも、ずっと一緒にいてね?」




 そう耳元で囁かれる。それが合図となった。


 ――――パオーン。


 ゾウの鳴き声をSE入れておいてください。いや、言うとる場合か。


「え、えぇ!? ちょっと待って……っ! も、も、もしかして、これって……!?」


「あは☆」


「し、信じられない! 状況を考えてよね!」


 勢いよく突き飛ばされる。視界に入った花火の顔は真っ赤っ赤。


 これは恥じらいと怒りどっち由来だろう。多分どっちもで、怒りの方が若干強いと見た。


「せっかくいい雰囲気だったのに!」


「へ、へぇ……花火はこういうのがお好みなのね」


「うっさい、バカ!」


 結果的にこれで良かったかもしれない。


 あのまま抱き合って言葉を交わしていたら、俺の方がどうにかなっていた。そういう意味においてはリトル・英吉に感謝感謝です。


「もう何なのよ! こんな最低男にあーしの初めてを……!」


「初めて?」


 こいつはまだ処女のはずで、俺もまだ手を出した覚えはない。


「すっとぼけないでよ! ハグも! あ、あと……き、き、キスもしたじゃない! もっと言えば、手を繋がれたのも初めてだったし!」


「あ、そういう……」


 確かにこれは俺が悪いな。だけど、言い訳をさせてほしいんだ。


 例えるならそうだな。水泳でクロールが泳げるようになると、その前段階の「バタ足」とか「腕かき」とか「息継ぎ」とかは、当たり前の動作になってくるじゃんか?


 もちろん最初にできるようになった時は嬉しいんだけどさ。


 より上位のことがこなせてしまうと、その喜びとか価値を忘れがちというか。


「ホント最悪! あーしの初キスをあんなにも簡単に!」


「……犬に噛まれたとでも思ってくれ」


 不可抗力だったから許してほしいところだ。


 感触とか全然覚えてないし、ノーカンってことにならんかな。


「責任取りなさいよ、絶対!」


「じゃあ、今度ラーメン奢るわ」


「やす!? あーしの初キスやっす!?」


 責任って言われてもなぁ。ここで結婚するとか簡単に言うのも無責任だろ。


 そもそも俺はまだ結婚できないし。年齢的な問題で。


「まぁ、悪かったとは思ってるよ。できる範囲で償わせてくれ」


 初めてのキスに夢を見る気持ちも分からなくはない。


 好きな相手と、理想的なシチュエーションで、さながら少女漫画のように。その機会を奪ってしまったことには申し訳ない気持ちがある。


「なら、さ」


「……お、おう?」


 何を言われるのか想像つかない。思わず身構えてしまう。




「英吉には、あーしと一緒に『最高の高校生活を送る』相方になってもらうから!」




 なるほどな。思わず苦笑してしまう。


 結局、俺と花火の関係が終わることはないみたいだ。


「要するに今まで通りってことだな」


「はぁ!? そんなことないでしょ! 微妙にニュアンス違うじゃん!」


「いや、どこが?」


 花火が最高の高校生活を送るための手伝いをすればいいんだろ。同じじゃないのか。


「そ、それは……っ! だから、この場合『一緒に』とか『相方』ってところ肝心で……って! な、なんであーしが恥ずかしいこと言わなきゃいけないのよ! 察してよ、鈍感!」


「今、理解した。花火って意外と乙女だよなー」


 自分一人だけじゃなくて、俺と二人で最高の青春を送りたい。そういうことね。


 ははは、可愛いところもあるじゃないか。


「ふ、ふんっ! とにかくそういうことだから!」


「りょーかい。んじゃ、引き続きよろしく」


 三歩進んで二歩戻った。現状の関係を表すならこんな感じか。


 だけど、おそらく俺は今夜のことを一生忘れない。花火もそう思ってくれたなら、それは何よりも幸せなことで、人はそのために手を伸ばすんじゃないだろうか。


 この関係の先に俺が求めるものがある。何の根拠もないがそんな気がした。


「ふぁ~。なんか落ち着いたら眠くなってきちゃった」


 呑気にあくびをしている花火を見て、あることを思い出した。


「最後に一つ、伝えておきたいんだ」


 これだけはちゃんと伝えないと。曖昧にしてはいけない。


「な、なに?」


「あのスタンドライト、結構高かったからちゃんと弁償してな」


「今、それ言う!?」


 親しき仲にも礼儀あり。なーなーにするのはよくない。




 ――――こうして長い一日が終わった。




 正確に言えば、日付は回ってるんだけどな。ド深夜だし。そうなのである。深夜であることが大問題なのだ。


 後日、深夜にうるさくしていたことに、近隣住民からクレームが入りました。


 この度はお騒がせしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。

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