3-2

「おなかいっぱーい! 衛藤くん、お店のリサーチまでありがとね」


 俺たちはサンシャインシティB1Fにあるハワイ発祥のハンバーガーチェーンにいた。


 価格は手頃で高校生でも入りやすい。ハンバーガーチェーンと言っても、街にあるファストフード店とは違った趣向なので、変わり種感があって同年代のウケはいい。


「俺に惚れるなよ」


「彼氏がいるので間に合ってまーす!」


 叶うものなら風香みたいに素直で可愛い彼女がほしいものだ。


 士郎に怨嗟の視線を送りつつ、いよいよ作戦の最終段階に移行する時がきた。


 あとは頼んだぞ、花火。……結局、代案とやらは見つかったのだろうか。


「あいたたたー!! なんか猛烈な腹痛が! しばらくトイレに篭ることになりそう!」


「ちょ、花火ちゃん!?」


 おい、原案のままじゃないか。にしても、もう少し演技を頑張れないものか。


 花火はトイレに向かって一直線に走っていた。さて、ここからは俺の演技の見せ所か。


「まずい、時間がないぞ……」


「どうした、英吉?」


「士郎には事前に相談してただろ? 隙を見て途中で花火と抜け出そうとしてたって」


「そんなこと企んでたの!? 衛藤くんガッつきすぎだよ!」


 案の定、風香から苦情が出てくる。


 まぁ、今はいいさ。あとで俺に感謝することになるんだからな。


「そのバチが当たったのかもしれないな……。実は三十分後にプラネタリウムの上映があるんだが、花火があの調子だと行けそうにもない……」


 ただいまの時刻は十八時半。我ながらいい塩梅に調整できた。


「プラネタリウムってあの水族館の階にある?」


「そうそう」


「キャンセルはできないのか?」


「購入後のキャンセルは不可だ。そこで相談なんだが、士郎と風香の二人で行ってきてくれないか? どっちにしろ金は戻らないのなら、せめて二人に使ってもらったほうがいい」


 どうだこれは断れまい。士郎もこれが仕組まれたものだとは考えづらい。


 俺が花火を狙っていること。この情報を士郎に共有し、作戦の片棒を担がせた。これによりいくら鋭い士郎でも、まさか自分がハメられる側だとは思わないだろう。


「そういうことなら……風香はどうだ?」


「う、うん! 私は士郎がいいなら行きたい、かなっ!」


 風香、口元が緩み過ぎだぞ。ニヤニヤが止まらないって感じだ。思いがけない二人きりになるチャンス。ダブルデートでは抑えられていた強い感情が噴出しているようだった。


 なんだかんだ花火の作戦が功を奏したわけだ。


「んじゃ、QRコード送っておく」


「いや、待てよ。購入した人間と別の人間が入っても大丈夫なのか?」


 心配性な士郎である。だけど、安心してほしい。最初から士郎の名前で買ってるから。


 俺が花火と二人でプラネタリウム? 金を積まれても嫌だぞ。ハナから士郎が行くのを前提に準備をしている。


「大丈夫だって、身分証の確認とかないから。ほら、上映まで時間ないぞ」


「あぁ、分かった……。じゃあ、行こうか。風香」


「うん!」


 ふぅ、これで作戦完了だ。二人を目的の施設に誘導することができた。


「今日はここで解散な。花火が出てきたら、俺たちもどっかでデートしてくるわ」


「……なるほどな。英吉もこうやって二人きりになれるから、結果オーライってことか」


「あぁ、確かに! 衛藤くん考えたね!?」


 そういう風に誤認させた方が作戦上は都合がいいからな。


「うるせーうるせー。つーことで、こっからは個別デートを楽しむ感じで」


 やかましい二人を「早く行け」と強引に見送った。


 しばらくしてトイレに隠れていた花火が恐る恐ると顔を出す。


「うまくいった……?」


「あぁ、ナイスだ。下痢女」


「ムキー!! だから、嫌だったのよ! この役回り!」


 その場を離れる合理的な理由があれば、別になんでもよかったんだけどな。


 結局、俺が適当に考えたこの案が採用されてしまった。


「花火が体張った甲斐もあって、二人をプラネタリウムにぶち込むことができた」


「でもさー、確かに雰囲気はあると思うけど、そこで二人が手を繋ぐとは限らなくない?」


「これを見てみろ」


 二人が行ったプラネタリウムの公式HPを花火に見せる。二人に用意したのは『雲シート』と呼ばれる二人で寝そべって鑑賞ができる特別な席だ。


「なにこれ!? こんなのもうカップル専用席みたいなものじゃない!?」


「すげーよな」


 イチャつくためだけに用意されたような席である。


「これは士郎くんも男を見せないとね」


「ほんとだよ、もう。これでチキったらチケ代返してもらうわ」


 第一段階で手を繋ぐところを見せつけ、第二段階ではハイタッチで身体接触の機会を増やし、最終段階で手を繋ぐしかないような空間に押し込む。


 友達空間で募った想いが、突発的に生じた恋人空間によって爆発する。


 真面目な士郎でも男子高校生であることに変わりはない。


 ちゃんと性欲はあるのだ。ここまでお膳立てをしたのだから、自身の欲求に対して忠実になってくれることを願う。


 馬を水辺に連れていくことは出来ても、水を飲ますことは出来ないからな。


 あとは士郎次第である。俺からの最後のアクションは、メッセージで「男を見せろ」と短い文章を送ることくらいしかない。


 士郎のことだ、色々と察してくれるだろう。




「それで、あーしらはどうする?」


「解散?」




 ミッションコンプリート。これからやることも特にない。


 何だかんだ言って、俺もはしゃぎ過ぎてしまった。ほどほどに疲労感がある。


「やだやだ! つまんないじゃーん!」


 駄々っ子のように花火がゴネた。


 たまにこいつが年上である事実を忘れそうになる。


「でも、何するよ? レジャーってレジャーは一通りやったろ?」


「お酒飲みたい!」


「自分の格好をよく見てみろー。制服だぞー」


 こんな堂々と高校生が入れるような居酒屋は日本に存在しない。


「よし、今からそこのお店で服を買って着替える!」


「花火はいいかもしれないが、俺は制服から着替えるつもりはないぞ」


 高校生の俺にはそんなブルジョアな金の使い方はできない。そもそも俺は未成年だ。入店そのものを断られる可能性が高い。


「ふふふ、そこはあーしに任せなさいな」


「〈魅了〉を使って、居酒屋の店員を洗脳するとかはやめてくれよ?」


「そんなことしないし! ……それにもう力は使いたくない」


 唇を噛んで、花火は苦しそうな顔をしている。その感情の正体が俺には分からない。


「どういった心境の変化だ?」


「――――今日、四人で遊んで楽しかったから。力を使ったら、こんな経験は出来なかった。相手がどう考えて、何をするのか分からないのは怖い。でも分からないからこそ、人と関わることで喜んだり嬉しい気持ちになれるんじゃないかなって」


「そっか」


 気が付いたら花火の頭を撫でていた。


 さっきの表情、その意味が理解できた気がしたから。こいつなりにこれまでの行いに対して罪悪感のようなものを覚えたのだと思う。


 俺も花火も過去にやってしまったことを帳消しにはできない。


 だから、だからこそ、今こうやって触れ合って、触れ合うことで伝えたいんだ。俺たちは皆一人なんだけど、それでも接続することは可能なんだと。


「ちょっ! い、いきなり何すんのよ!」


「なんか無意識に」


「んな、適当な理由で乙女の頭に触れるんじゃないっ!」


 その割に手を振り払おうとはしない。


「なんか顔、赤くない?」


「あ、あ、赤くないし! てか、みんな見てるから!」


 ここが公衆の面前であることを忘れていた。


 通り行く人々が「高校生のカップルがなんかイチャついてるよ」と微笑ましい顔、不愉快そうな顔が半々くらいでこちらを見ている。


 名残惜しい気もするが、これくらいにしておこう。……名残惜しい?


「何なのよもう。年下のくせに」


「花火が子供っぽすぎるんだよ。で、話が逸れたけどこれからどうするんだ?」


 とりあえず〈魅了〉を使わないことは理解したが、そうなると高校生の俺をどうやって酒が出るような店に連れていくつもりなんだ。


「ちょっと服を着替えてくるから待ってなさい!」


 花火は一番近くのセレクトショップの中へと吸い込まれていった。




   ***




「なるほど、そういうことね」


「どうよ、あーしって天才でしょ?」


 俺たちはファミレスチェーンの中にいた。ドリアが有名なイタリアンファミリーレストラン。末尾が『ヤ』なのか『ア』なのか毎回分からなくなる。正解は『ヤ』です。


 とんでもなく値段が安く、高校生の味方である有名チェーン店だ。


 そして、その安さはアルコールメニューも例外ではなく、花火のような酒好きが飲みの場として使うことも多々あるのだとか。


 このお店であれば高校生の俺でも普通に入れるし、制服から私服に着替えた花火はただの成人女性でしかないので、酒を注文しても何一つ問題がない。


「はい、天才天才」


「心こもってなーい! 奢ってあげないよ?」


「いや、ここは安いから自分で出すわ」


 ラーメン屋で奢ったお返しとして、別の店で奢ってもらう権利が残っていた。


 しかし、あの権利を行使する場所として、この店はお値打ち価格過ぎる。とんでもない企業努力の賜物だ。


 消費者としては有り難いが、もっと値段を上げても誰も怒らないと思う。


「ちなみに奢られの権利を使わないと、ここで消失するからヨロシク」


「汚いぞ! 安く済ませようとしやがって!」


 当初の予定では高級焼肉を奢ってもらうつもりだったのに。


「何を仰いますか~。お腹いーっぱい食べていいんだよ? 会計が一万だろうが二万だろうが、あーしは文句を言うつもりはないわよー?」


「ここで会計一万は無理だろ! それだけで一個の企画にできるぞ!」


 それに加えてハンバーガーで腹はすでにパンパンなのだ。


 仮に空腹だとしても、一万円分を食べるのは不可能に近いが。この女、金を持っているくせに超ケチである。


「さすがに冗談よ。英吉にはお世話になってるし。ここの会計も出させてもらうけど、他に行きたいお店があるなら、今度また二人で一緒にいきましょ」


「お、おう……サンキュー」


 そんなニコニコ笑顔で言われると反応に困る。


「ってことで飲むわよ! 英吉も好きなやつ食べて」


 花火は卓上のQRコードを読み込んでウキウキと注文をしている。あらかじめ、頼むものが決まっているのか注文のスピードが恐ろしく早い。


 俺もそれに続き、マルゲリータピザとセットドリンクバーを注文しておく。それから席を立って、二人分のおしぼりと花火のお冷、自分用のコーラを手に取る。


 席に戻ってくると、テーブルには花火が頼んだであろうワインボトルが置かれているのだが……これが、とんでもなく太い。


「何じゃこれ」


「ワインのマグナム」


「ま……ぐ……な……む?」


 とても力強い響きだ。よく見るワインボトルと比べて明らかに存在感がある。


「お冷とおしぼりありがとねー」


「あぁ、それはいいけど……飲めるのか、その量」


 うちの居酒屋で出しているワインよりも確実に幅がある。しかもこれを一人で飲むとなると、どれだけの量のアルコールを摂取することになるのか。


「泥酔すると思うから介抱よろしくね、英吉」


「ふざけんなっ! 真中さんの両親にはなんて説明するんだよ!」


「大丈夫。今日は友達の家に泊まるって言ってあるから。今日もお邪魔します」


「お邪魔します、じゃないっての! 勝手に決めやがって!」


 報告・連絡・相談は社会人の基本じゃないのか。今時、高校生のアルバイトでも仕事の基本として叩き込まれているぞ。


「まーまーいいじゃなーい。介抱する時におっぱいとか触ってもいいからさー」


「存在しないものをどうやって触るんだよ」


「はーい、マグナムで殴りまーす」


「やめてくれ! そのサイズだと命に関わる!」


 明らかな失言だった。花火の胸のことを弄ってはいけない。必死に花火をなだめていたら、俺の家に泊まる話は有耶無耶になっていた。


 そうこうしている間に、俺と花火が頼んだ料理が運ばれてくる。


「うわ、見たことがないメニューばっかだ」


「キタキタ!」


 自分で頼んだマルゲリータピザ以外、ほとんどのメニューが初見だった。俺は面を食らってしまったが、花火は目をハートにして喜んでいる。


「あーしはエスカルゴのオーブン焼きだけでワイン三杯はいけるわ」


「これ、うまいのか……?」


 エスカルゴってつまりはカタツムリだよな。一六年間の人生でカタツムリを食べたことも、食べたいと思ったこともない。


「一口ならいいわよ。ほら、あーん」


「ん、あーん。もぐもぐ……うお、味濃っ!」


 差し出されたスプーンの上に載ったものをパクりと食べる。口に入れると塩辛さとオリーブオイルのモッタリ感が同時に押し寄せてきた。


 めちゃくちゃ濃厚。酒飲みにとっては、これを酒で流し込むのが至高なのか。


 肝心のエスカルゴは味も食感もほとんど貝だった。貝が食べられる俺からすれば、特に何の違和感もない。


「…………つまんない」


「はい?」


「つまんない、つまんない! もっと初々しい反応が見たいのよ、こっちは!」


 花火が不満そうに声を荒げる。


 たぶん「あーん」に対する反応が淡白すぎたことに憤っているんだろうけど、それくらいで慌てたり焦ったりするような俺ではない。


「口移しとかなら、さすがの俺も驚いたと思うぞ」


「そ、そんなの出来るわけないでしょ!」


「まぁ、ファミレスでやることではないなー」


「違う場所でもやらないから!」


 珍しく花火がまともなことを言っている。


「機嫌直せって、ほらあーん」


「い、いいから! 自分で食べるし!」


「これが初々しい反応かー」


 同じように食事を載せたスプーンを差し出したら、花火は顔を赤くしながら拒絶した。


 確かにこの反応の方が可愛いかもな。いやー揶揄い甲斐があって楽しいなー。


「ほんっと生意気! 覚えてなさいよ!」


 それからは各々が好きなよう料理に舌鼓を打つ。アルコールの摂取量が増えていくにつれて、花火の顔が赤くなり段々と陽気になっていく。




「今日は楽しかったなー」




 怪しい呂律で突然そんなことを言い出す。


「そりゃよかった」


「風香ちゃんも士郎くんもいい子よね」


「間違いない」


 まっすぐで、純粋で、何よりも擦れていない。


「あーし、二人と仲良くなれるかな?」


「それは花火次第だけど……少なくとも、俺はまた四人で遊んでもいいと思った」


 あの二人もそう思っていてくれるなら嬉しい。


 こればかりは週明けに話してみないと分からないけど。


「そっか。なんか、今日のお酒は美味しいなぁ」


「……今後、そういう酒が増えるといいな」


 ワイングラスをゆっくり傾けて、しみじみと言葉を吐き出した。


 本当に酒ばっかり飲んでいる。花火が取り戻したかった青春はこんなんでいいのか。


「だから、その……ありがとね、英吉」


「酔った勢いで言うな」


「あははは、それはごめん」


 酒ってずるいな。こんなクサいことでも言葉に出来てしまう。


「それに、お礼を言われることじゃない。俺も、存外……楽しいし」


 正直、すでに吸血鬼どうこうなんて関係なくなっていた。俺もここ最近は充実している。


 だから、一方的に感謝されるのは違う気がする。何よりもむず痒い。




「なんか……今の英吉はちょっと可愛かった」


「はぁ!? 何言ってんだ!?」




 どこをどう切り取ったらそうなる。


「英吉も『可愛い』は言われ慣れてないみたいだねぇ?」


「男が言われる場合、いい意味ではないだろ」


 ムカつく顔をしている。さっきの意趣返しのつもりだろうか。


「甘い甘い。女が男に『可愛い』を言うときは、結構沼ってるパターン多いんだからー」


「は、はぁ!? お前どういうつもりでそれを……」


 その花火の理論が正しいかは置いておく。


 問題は今の発言が遠回しの告白みたいになっていることだ。


「ちがっ! 違うからね!? あくまで一般論だから! 勘違いしないでよ!?」


「お、おう……」


 どうしてくれるんだよ、この空気。


 それからは俺も花火も微妙にぎこちなかった。最終的には花火が宣言通りに泥酔したので、それどころではなくなってしまったが。

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