2-6

「――――ってことになったわけよ!」


「ツッコミどころが無数にあるが、どうして今日もお前は酒盛りをしている?」


 大輝が所属している軟式野球部の練習が急遽なくなったため、いつものメンバーでグダグダとファミレスで駄弁っていた。


 そして、家に帰ってきたらこれである。


 今日も今日とて花火がワインボトルをラッパ飲みしている。


 格好も昨日とほとんど同じ。大枠では下着に分類されるであろうペラい服を着ている。色はピンク。これもまたエロい。


「祝杯よ!」


「いいな、酒を飲む理由がいっぱいあって」


 この調子だと毎日飲むぞ、こいつ。


「だって、だって! 初めてまともに喋れたし! 連絡先も交換したし!」


「まぁ、それはおめでとう」


 想像した以上に二人は打ち解けたみたいだ。


 それ自体は喜ばしいことなのだが、問題はそういうことではなくてな。


「だが、放課後ダブルデート? 何を言ってる?」


「風香ちゃんでしょー。その彼氏くんでしょー。あーしでしょー、んで英吉! 四人で遊びに出掛けるってこと!」


「メンツのことはこの際どうでもいい。断りもなく頭数に入ってることも。問題はなんで花火の暴走による後始末を、俺がつけなきゃいけないんだ?」


 風香と士郎が『手を繋げる』ようなダブルデートのプランを考える。


 おまけに俺が花火のことを意識している、なんて謎設定も維持しなければならない。




「お願いします! 助けてください! 何でもしますから!」




 花火が両膝を地に付けて、祈りのポーズで懇願してくる。自分が無理難題を言っている自覚はちゃんとあるみたいだ。


「何でもって言われてもなー。花火にしてほしいことなんて別にないぞ?」


「はぁ!? 何でよ! こんな美少女が『何でも』するのよ!? えっちな要求の一つや二つくらい簡単に思いつくでしょ!」


「お前、どういう情緒でそれ言ってんの?」


 今の発言全部、自分から言うことではないだろ。


「で、でも! えっちすぎるのは禁止だから!」


「まだ何も言ってないぞ」


 というか、ちょっとならエロい要求もありなんかい。


「さっきから冷静すぎ! もっと喜びなさいよ!」


「いや、わがままかよ。そんな簡単に気軽なエロとか思いつかないって。パッと思いついたのがパンチラだけど既にほぼ下着姿じゃん、お前」


 ノーマルな性癖しかない俺にとっては、今のこの状況が一番エロいまである。


「ぐぬぬ、確かにサービス精神が旺盛すぎたわ! これだけでもお金が取れるのに!」


「どんだけ自分に自信あるんだよ……」


「で、どうするのよ! なんか程よくえっちなことってないの!?」


 何故そっちがキレ気味なのか。意味が分からない。


 そもそもこの話ってエロに拘る必要がないだろうに。なんかもう面倒くさいので、飯を奢ってもらうとかで全然いいんだけど。


「逆に花火が考える程よくエロいことって何よ? もうそれで構わんからさ」


「なっ!?」


 これは一種の羞恥プレイみたいになっていいんじゃないだろうか。自分が考える微エロ行為を自ら披露するわけだ。


 その葛藤を観察するのはわりと面白そうである。


「え、ちょっと……これ、本当にあーしが考えないとダメ……?」


 モジモジと花火は恥ずかしそうに体をよじっている。


 この反応だけでもだいぶ楽しいな。


「ほらほらー、自分がいい感じにエロいと思うことをやってみろよー」


「ううう……」


 傍若無人な花火が羞恥で顔を歪ませているだけで大勝利である。


 おかげで溜飲が下がった。仕方がないので、ダブルデートのプランとやらを考えてやるか。


「さ、三分……っ! 三分だけだからね……っ!」


 そう大声で宣言して、花火はいきなり四つん這いになる。


 おいおい、なんか始まったぞ。どうするつもりだ。




「――――わ、わんっ!」


「へ?」




 一瞬、呆気に取られる。花火のことだから頭がおかしくなったのかとも思った。


 しかし、状況を冷静に咀嚼することでその意図を理解するに至る。


「なるほどねー。花火はこの『犬の真似』がちょいエロい行為だと思ったわけだー」


「わ、わん……」


 顔を真っ赤にして俯く花火。なかなか面白い趣向じゃないか。


 エロというよりは罰ゲームに近い感じもするが、花火自身が恥ずかしいことだと思っているのなら遊び甲斐がある。


「なかなか可愛げがあるじゃん。はい、お手」


「わんっ!」


 額に怒りマークが浮かんでいるが、差し出した右手に握り拳を置いてきた。


「よくできましたー。えらいえらーい」


「く、くぅぅぅん!!」


 よしよし。ちゃんと犬を扱うような要領で雑に頭を撫でる。ははは、そんな風に睨め上げても四つん這いだと迫力がないぞ。


「じゃあ次は『ちんちん』やってみようかー」


「覚えておきなさいよ……」


「えーなんてー? ほらほら早くー」


 せっかくの機会だ。溜まっていた鬱憤を晴らさせてもらおう。


 花火も自分でやり始めてしまった手前、引き下がろうにも引き下がれないようだし。


「わんわんっ!」


 爪先立ちになって、足を外に開き、膝をくの字に曲げる。肘を直角に曲げたまま真っ直ぐ両腕を突き出す。


 いいね、なかなかのクオリティーだ。ただいくつか解せないポイントがある。


「表情が固いなー。もっと笑顔笑顔、あとはちゃんと舌を出さないとー」


「…………ぺろ」


 控えめに少しだけ舌を出す。頬は紅潮し恥ずかしさMAXといった感じだ。これはこれで可愛いらしいのだけど、俺はよりエロさを追求したい。


 あのピンクの半楕円が、あと数センチでも姿を見せたら、俺の情欲は満たされる。


 スマホのカメラを掲げて、決定的な瞬間を撮影する準備は完了した。瞬間を切り取り、永遠にする。美しさを今この瞬間に閉じ込めるんだ。




「じゃあ、もうちょっとだけ舌を出して――――ぐべばっ!?」


「さすがに調子乗りすぎだから!!」




 羞恥と怒りで朱色に染まった花火が土手っ腹を殴打してきた。強烈な痛みで夢の中にいるような浮遊感から解放される。


「ゲホゲホ……危ねぇ。まさかこの俺が花火でトランス状態になるとは……」


「え、どういうこと……?」


「認めたくはないが、お前のエロさが芸術の域に達していた」


「英吉は何を言っているの?」


 俺にも分からない。


「いや、気にしないでくれ。いいものを見せてもらった。ありがとう」


「そう言われると悪い気はしない……かも?」


 不思議と心が満たされている。犬の真似ってだいぶエロいっす。マンネリ気味のカップルとかはぜひ導入してみてください。


 ……あれ、結論ってこれでいいのか?


「あ、いや違う違う。とりあえず、迷惑料はちゃんと受け取った。んじゃあ、週末のプランを考えればいいんだよな?」


「正直、お釣りを貰いたいけどね! あそこまでするつもりなかったし!」


「んなこと言っても、そっちが勝手に始めたことだからな」


「はぁー、もういいわよ。一個貸しにしておく」


 あれ、おかしいな。なんか最終的に俺がマイナスになってないか。


 ……いいや、考えるのはやめよう。素晴らしいものを見れたのは事実だし。


「とりあえず、士郎には連絡をしておく。今週の金曜日は奇跡的に全員シフトが入っていないから、花火も金曜日の放課後は空けといてくれ」


「了解! それで場所はどうするの?」


 そこが一番難しいのだが、なんとなく方向性は見えていた。


「んー、俺のプランを実現するなら『池袋』かな」


「池袋かぁ。下手すると二、三年くらい行ってないかも」


「若者の街だからな」


「ねぇ、それどういう意味よ!」


 騒がしい花火をスルーして話を進める。


「花火の言う通り、『大勢の空間』と『二人だけの空間』の使い分けは重要だからな。いい塩梅でアシストをしてもらうぞ」


「……アシスト?」


 俺が花火のことを意識している、こっちの条件も満たさないといけないからな。誠に遺憾ではあるけど、今回の作戦を実行する上ではむしろ好都合だ。


 今、頭の中にあるプランの叩き台を簡単に花火に共有しておく。


「――――なるほど、英吉って小賢しいことを考えるのが上手いわね。だけどさ! あーしの役回りもっとどうにかならないの!?」


「代案があるならそれで。ぶっちゃけ、あんま拘りないし」


「か、考えとく」


 花火の無茶振りにはなんとか答えられそうだ。


 そうと決まったら、必要な準備を今のうちに済ませておかないとな。


「で、花火はいつまで家にいんの? 連日の外泊はやばいだろ」


 一日くらいなら友達の家で通じると思うが、二日連続となると真中さんの両親が心配する。


 入れ替わり生活を円滑に進めるために、そこはしっかりしておいた方がいい。


「あ、やばっ! お酒飲んじゃった!? ど、どうしよう……?」


「ちなみにちゃんと酒臭いぞ」


「な、なんかいい対処法ない!?」


 花火が目に見えて取り乱している。


 完全なる自業自得なので、自分でなんとかしてほしい。


「知らんて。俺飲まないし」


「そこを何とか! さっきの貸しがあるでしょ!」


 取り立てるのが早すぎませんかね。


「臭いを消すんじゃなくて、もっと強い臭いで上書きすればいいんじゃないか?」


「なるほど! 例えば!?」


「冷蔵庫にニンニクチューブあるけど……それ、ぶち込む?」


「何それ天才!」


 あ、こいつバカだ。


「お願い、英吉! 思いっきり口の中に頂戴!」


「これはどういう類のプレイなんだ……」


 大口を開ける花火の口の中にニンニクチューブを直に注ぎ込む。俺の人生にヒロインが存在するとしたら、絶対にコイツではないと確信を持って言える。


「これ、意外といけるわね!」


「くっさ! 頼むから、喋らないでくれ!」


 花火が口を開く度にとんでもないニンニク臭がする。真中さん両親もこんな状態の娘(偽物)が帰ってきたら、いくらなんでも思うところがあるはずだ。


 それでも酒臭いよりはマシなのか……?


「ひど! 乙女に向かって!」


「乙女はニンニクチューブを丸呑みしないんだよ!」


「ねーねー、英吉。今なら特別に、チューしてあげるよ……?」


「絶対に嫌だわ!」


 花火が帰った後も強烈な刺激臭が部屋に残り続けた。


 そして次の日、教室がニンニク臭くて大惨事となったのはまた別の話だ。

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