3章 デートの後に二人の関係は進展する

3-1

「ってことで、青春をしましょう」


「なんだよそれ」


 金曜日の放課後。帰りのSHRが終わったタイミングで士郎に声を掛ける。


「ダブルデートだぜ? ザ・青春じゃん」


「デ、デートってお前なぁ。そもそも、真中さんと英吉は付き合ってないんだろ?」


「…………かなり気になってはいる。恋愛的に意味で」


「マジで? あの英吉が一人に決めるなんてことあるのか?」


 もちろん嘘である。あくまで勝手に決められた設定を守るためであって、あんなイかれた女に恋をするなんて考えられない。


 今日の『作戦』を完遂するにはこの前振りが重要なのだ。


「つーことでさ。うまい感じで二人になれるタイミングを狙ってるからさ。その時は協力してもらえると助かる」


「いいぞ、分かった。英吉が真剣に恋をしてるってなら応援するよ」


 そんな爽やかな笑顔で言わないでくれ。罪悪感が湧いてくる。士郎がイイ奴すぎてつらい。けど、今回の計画はお前のためなんだ。許してくれ。


「よろしく頼むな」


 男同士の内緒話を済ませて女子たちと合流する。


 花火と風香の二人は既にワイワイと談笑をしていた。風香と士郎に手を繋がせるのが目的ではあるが、その副産物として花火と風香が仲良くなるのは喜ばしいことだ。


「あ、士郎に衛藤くん」


「そっちは準備オッケーか?」


「うん! なんか衛藤くんが色々と計画してくれたんでしょ? ありがとう!」


 ニコニコ笑顔の風香。今日のダブルデートがよっぽど楽しみだったらしい。ったく、士郎のやつもこんな愛らしい彼女がいるんだから、デートくらい自分から誘えっての。


「本音を言えば、彼氏と二人でイチャイチャデートがしたかったんじゃないのか?」


「な、なっ!? べ、別にそんなことないよ! 真中さんと親睦を深めるイイ機会だし! 


……そ、そりゃ、士郎と二人きりのデートも素敵だけど」


 後半、本心が漏れてしまってるぞー。


「えーと、彼氏からは何かコメントある?」


「ノ、ノーコメントだ!」


 おそらく風香のぼやきは聞こえていたと思うんだけどな。士郎はそこに触れたくないらしい。やれやれ、なんとも世話が焼けるカップルだぜ。


「花火も準備はいいか? あ、ちなみにこいつが士郎ね」


 サラッと士郎のことを紹介しておく。ここから数時間は一緒にいる相手だ。


 ジャブ程度に会話をしておくべきだろう。


「ん、花火? 真中さんって下の名前、茉莉さんじゃなかったか?」


 やばい。あまりにも『花火』呼びが定着していて何も考えずに呼んでしまった。そのミスを細かい士郎が見逃す筈もなく、花火は花火で「何やってるのよ」と呆れ顔だ。


「えーと、あれだ。あだ名だよ。茉莉からお祭り、お祭りといえば『花火』みたいな」


 即興にしてはマシなことが言えたと思う。


 やや苦しい気もするけど。これからも言い間違いが発生しそうなので、出来ればあだ名ってことで押し通したい。


「え、何それ! すごく可愛い! 私も花火ちゃんって呼んでいい?」


「う、うん……!」


 意外にも風香からは好評だった。花火自身も満更でもなさそうだ。偽名で呼ばれ続けるよりもこっちの方が悪い気はしないだろう。つまり、結果オーライってことで。


「俺はその……真中さんで。まぁなんだ、これからよろしく」


「えーと、チキンな彼氏くん。こちらこそよろしくね」


「なんか俺の認識おかしくないか!?」


 あーあー、また花火が思ったことをそのまま口にしている。だけど、士郎みたいな控えめなタイプはイジるくらいが丁度いいかもな。


「ははは、どんまい士郎。ちっとは俺を見習った方がいいんじゃないか?」


『それはない』


 三人同時だった。俺という共通の敵を前に団結するんじゃない。


「おいおい、今日はこのメンバーで過ごすんだからさ。仲良くやろうぜー?」


「いや、和を乱しているのは英吉だろ」


「いつの時代も世の中を動かすのは、常識外れな人間なんだよ」


「やかましいわ!」


「はいはい、無駄話はこれくらいにして早く行こうぜー」


 いつまでも士郎と漫才をしていると予定が狂ってしまう。他三人を促して移動を開始する。教室を出る際、大輝が「リア充爆発しろ!」と叫んでいたが聞こえないフリをした。




   ***




「衛藤くん、ここからどこに移動するの?」


 総武線、山手線と乗り継いで池袋駅へと到着する。東口から駅の外に出ると所狭しと並んだ背の高いビル群とご対面。さすがは三大副都心である。相変わらず人通りが激しい。


 人の波を逃れるように移動し、歩道の端に固まってこの後の段取りを確認する。


「それは着いてのお楽しみ。フォローミー」


「ちょ、待ってよ!」


 まずは作戦の第一段階だ。人混みの中、俺は強引に歩みを進める。




「花火ー、はぐれるぞー」


「わー待ってー。英吉ー」


「ほらー、行くぞー」




 芝居がかったやり取りを重ねて、俺は花火の手首を掴んだ。その様子をしっかりと後ろにいるカップルにも見せつけておく。


『えっ!?』


 二人は目を丸くして驚いていた。完璧に狙い通りである。付き合っていない男女のスキンシップとしてはかなり踏み込んだものだからな。


 さぁ、どうする。付き合ってない男女がここまでやっているんだ。


 人間ってのは良くも悪くも周囲の関係に影響される。奥手の士郎にこれを見せつけることで、手を繋ぐことへの心理的なハードルを下げる作戦だ。


「お、俺たちも行こうか……」


「う、うん……」


 しかし、そんなすぐに陥落する士郎ではない。


 歩くスピードを落とすことで、根本的にはぐれるリスクを回避する選択を取った。おかげで俺と花火、士郎と風香のペアで距離が生じていく。


「なかなか上手くいかないわね」


「いや、想定通りだ。俺たちがいる場所で士郎が手を繋ぐ可能性は低い。これは二の矢、三の矢への伏線だ」


「どんだけ奥手なのよ」


「高校生なんてそんなものだろ」


 恋愛のスタート地点に立ったばかりで思春期の真っ最中にいる。


 頭の中は常にグチャグチャで、本人達ですらも自身の心や体を制御できない。


「なになにー? 自分は違うってー? 随分、余裕そうじゃん?」


「ぶっちゃけ、手くらいは余裕だわな」


 そんなの自慢にもならない。ただ慣れて、飽きて、擦れてしまっただけだ。


「いやいやー? そうは言っても、英吉が掴んでるのって手首じゃん? それでイキられても片腹痛いよー。ぷぷぷ」


「うっせー、処女」


「へっ!? ば、バカ! な、な、何してんのよっ!」


 その挑発がムカついたので、恋人繋ぎの要領で手を握ってやった。花火は顔から火が出そうな勢いで、今にものぼせてしまいそうだ。


「……意外と手小さいんだな」


「う、うっさい! 英吉がデカすぎるのよ!」


 なんと表現すればいいんだろう。花火の小さな手を握って、わずかに心が動いた気がする。燃え尽きてしまったと思ったが、まだ種火が残っていたのだろうか。


「けど、花火はないよなー。花火は」


「レディーの手を握っておいて何を言っているのよ!」


「悪い悪い。ちょいやりすぎた」


 繋いでいた手を離す。そこにあった熱は外界へと放出されていく。


「あ……」


「どうした?」


「なんでもないっ!」


 花火が見たこともない表情をしていた。名残惜しそうな……いや、それはないな。


 いくらなんでも自意識過剰だ。俺と花火はそういうんじゃないだろ。


「……とりあえず、作戦の第二段階に移行する。引き続き頼むぞ」


「う、うん」


 風香・士郎コンビとの距離を調整しながら目的地を目指した。




「二人とも歩くの早いよーっ!」


「ご、ごめん!」


 合流して早々、風香からクレームが入る。珍しく機嫌が悪いようだった。彼氏が手を繋いでくれなかったことに拗ねているのだろうか。


 高飛車な花火も平謝りである。


「悪い悪い。だけど、そんなんじゃこれからの勝負には勝てないぞ」


「勝負?」


「今日の舞台はここだ」


 サンシャイン通りの中間地点に位置する複合アミューズメント施設。ゲームセンター、ボウリング、ダーツ、カラオケ、卓球。ありとあらゆる娯楽が詰まっている。


 ダブルデートにおいて、大人数で楽しめるエンタメ施設はとても相性がいい。


「めっちゃ久しぶりかも! 中学最後のクラス会以来じゃない?」


「あぁ、そうかもな。風香が卒業ソングで号泣していたのが懐かしい」


「ちょっと! 恥ずかしいからやめてよー!」


 二人にも馴染みがある施設ということで昔話で盛り上がっていた。


「ほらそこ、二人の世界に入るなー」


「ご、ごめん! それで勝負っていうのは……?」


「俺と花火のペアと、そっちのペアで三本勝負だ。負けた方がジュース奢りな」


 シンプルに娯楽を楽しむ。もちろんそれも大いにあるが、この三本勝負こそが俺にとっての第二の矢。作戦の最終段階に向けて重要なファクターなのだ。


「なかなか面白そうだな。男女ペアでバランスもいいし」


「うん、いいね! 絶対に負けないよーっ!」


 よし、二人も乗り気だ。娯楽は真剣に取り組んだ方がより楽しい。作戦とか関係なく、ここは普通に勝ちにいく。


 やっぱ、やるからには勝ちたいだろ。


「…………」


 この時、花火とやけに目が合わなかったのが印象的だった。


 


「うわあああああああああああああ!!」


 第一投に引き続き、第二投も脇の溝へと吸い込まれていく。ガターだ。


 花火はその場で膝をついて項垂れていた。


「大丈夫、まだ1フレーム目だよ! 花火ちゃん!」


「どんまいどんまい。だけど、意外と真中さんって不器用なんだな」


 最初の種目はボウリング。フレームごとで男女交互に投げていく。


 そうして始まった記念すべき1フレーム目で、花火の結果は惨憺たるものだった。


「えいきちぃ~! ほんとにぃごめーん!」


「なんか花火が運動音痴なのは解釈一致だわ」


「ううう、反論できない……」


 涙目の花火である。こんなにへこんでいる姿を見たのは初めてかもしれない。


「しゃーない、しゃーない。チーム戦だから俺がフォローする」


「え、英吉……!」


 いくら相手が花火でも弱っている女子に追い打ちをかけるようなことはしない。それにこの勝負において、最初にストライク――少なくともスペアを取る必要があった。


 序盤に結果を出さないと計画に支障が出る。元より花火をフォローするつもりだ。


「ごめん、士郎! スペア取れなかったー!」


「OKOK。とりあえず勝ってるから問題なし」


 風香と士郎ペアの1フレーム目が終了し、2フレーム目に突入。


 俺と士郎の男子対決だ。


 ふぅ、落ち着け。俺の最高スコアは130台。調子が良ければ半分くらいはストライクかスペアになる。


 とは言っても、所詮はアマチュア。スコアにはムラがある。


 しかもプレッシャーのかかる場面だ。普段通りの実力を発揮できるか。


「…………いけ!」


 理想的な角度で球が中央やや右側へと転がっていく。そして――




「うっしゃああああああ!」




 見事に一◯本全てのピンが倒れてストライク。さすがは俺。最高の結果となった。


 これで計画を前に進めることができる。


「ナイスー! 英吉!」


「サンキュー。ってことで、いえーい!」


 両手を前に掲げてハイタッチのポーズを取った。それに対して花火は「え、え?」と戸惑いを見せる。ここは空気を読んでくれ。これも作戦の一環なんだよ!


 アイコンタクトで「いいから手を挙げろ」と指示をする。


「い、いえーい……!」


 半ば強引に花火の掌に自分の掌を合わせた。


 そう、この一連の流れこそが第二の矢における肝なのだ。男女ペアでのチーム戦。これにより各チームには一体感が生まれる。


 おまけに勝負によるアドレナリンもバンバンに出ているからな。


 そんな時に片方のペアがハイタッチを導入すれば、自然ともう片方のペアでも行われるようになりやすい。


 こうして自然なボディータッチを増やすことで、手を繋ぐことへのハードルを下げる。


「よし、スペアだ!」


「いいね、士郎! いえーい!」


「……あぁ、ありがとう」


 計画通り。思わず悪い顔をしてしまう。


 俺の読みは的中して、控えめながらも風香と士郎ペアがハイタッチをしていた。空気さえ整ってしまえば、風香の方も積極的に行きやすくなる。




「うわああああああああ!! またやっちゃったあああああああ!!」




 そんな最中、花火が二回連続のガター。ストライクの意味がなくなる。


 …………ほうほう、なるほどなー。


「ほんとごめん! 英吉!」


「よし、歯を食いしばれ」


「まさかの暴力!? さっきまでの優しさは!?」


 作戦が上手くいったからには、あと目指すのは勝利のみだ。


 それを妨害してくる花火には苛立ちしかない。


 結局、ボウリングを皮切りに二競技目のダーツでも敗北。勝敗が決まった上でのカラオケ対決でも順当に敗北した。スポーツでなければ勝てると思ったが、それも甘かったのだ。


 花火は運動音痴でもあり、普通に音痴でもあることが判明した。




「ご馳走さん。英吉」


「ごめんねー、花火ちゃん」


 場所を南池袋公園に移し、俺たちは四人で芝生に腰掛けていた。三戦三勝の風香&士郎はご機嫌な様子で炭酸飲料を飲んでいる。


 心なしか二人の距離は近くなっているので、勝負に勝って試合に負けたという感じだ。


「今度は運動能力と歌唱能力が関係ない勝負をしよう」


「となると、頭脳戦か?」


 士郎の言葉を受けて、チラッと花火を一瞥する。


「……たぶんそれも勝てないな」


「ちょ、英吉! なんで一回こっち見たのよ!」


「あははっ!」


 今日の風香はずっとテンションが高い。ずっとニコニコ笑っている。彼氏の士郎だって明らかに元気がいい。最高の空気感だ。


 きっとこのまま遊び続けていれば楽しく終われるのだろう。


 だが、最終目標は二人に手を繋がせることだ。それが実現すれば、花火に対する風香の信頼も急上昇するはずだからな。


「もうすぐ十八時だがどこかに食べにいくか? まさかそこまで英吉が計画してくれてるってことは……」


「あるんだな、これが」


「おい、準備がよすぎだろ。何を企んでいる」


 あまりにも段取りが良すぎて、士郎が訝しんでいた。はい、企んでいます。


「さてねー」


 とりあえずシラを切っておく。


 明らかに疑っている士郎の視線を躱しつつ、目的地の方に向かって歩き出す。




「……おい、英吉。何が目的だ?」




 よし、食いついた。花火と風香が後ろで談笑している中、俺の隣に並んで士郎が小声で話し掛けてくる。


「鋭いな、士郎。先にお前には話しておこうと思う」


「やっぱり何か企んでいたか」


「この後、サンシャインシティに向かう予定だが、俺はどこかしらのタイミングで花火と二人きりになるつもりだ」


 次の目的地はサンシャインシティ。やはり池袋に来たら外せない場所だ。


「せっかく四人で楽しんでるのに凄まじいエゴだな」


「……今日は大目に見てくれ」


 お前らのためにこっちはやっとるんじゃ、と言いたくなったがグッと堪える。士郎が今この場の空間を楽しんでいる事自体は友達として嬉しい。


 だってそれは、花火がメンバーとして受け入れられたことでもあるから。


「で、どうするつもりなんだ?」


「次の店で飯を食ったら花火を連れ出す。あとは自由にさせてほしい」


「仕方ないな。風香には上手いこと言っておくよ」


「恩に着る」


 ふふふ……士郎、甘いぜ。これで自分も騙す側に回ったつもりだろ? 違うんだな、これが。自分も裏側にいると思い込ませる。最終段階に進める上で必要なことなのだ。


 これまでに蒔いた種がここで芽を出す。

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