2章 吸血鬼・花火はどうしようもないコミュ障である

2-1

「それで昨日はどうだったんだ?」


「死にかけた」


「は?」


 士郎の反応も当然である。


 俺だってあんなことになるとは想像できなかった。


「え、なになに? 結局デートは上手くいったの!?」


「なんとも言えないところだなー」


 パンツは見れたからな。あれが収穫といえば収穫である。大輝が期待するようなムフフな展開は全くなかったけど。


「はぐらかすなよー! 教えてくれてもいいじゃんかー!」


「大輝は吸血鬼っていると思うか?」


「いきなり何の話? さすがの俺でも吸血鬼が実在しないのは知ってるぞ!」


 つまりそういうことである。どうせ言っても信じてもらえないだろうし、何ならこの秘密を喧伝したら花火からどんな報復があるかも分からない。


「とにかく、彼女を傷つけるようなことはしてないわけだな? 昨日のバイト中、風香がずっと心配してたんだぞ」


 ふぅ、カップル揃ってお優しいんだから。


「そこは安心してくれ。あの女は俺が手篭めにできるようなタマじゃない。油断すれば俺の方が喰われちまうくらいの超プレーヤータイプだ」


「なんか意外だな。そんな激しい性格には見えなかったが」


 それは同感である。最初から気が付いていれば、こんな展開にはならなかったのにな。


 あの後、なんで俺を標的にしたのか聞いたら「意外と友達が多そうで使えると思ったのと、その割にクズっぽいから洗脳しても良心が傷まなそうだったから」と開き直っていた。


 俺より数年長く生きているだけある。なかなか逞しいやつだ。


「美しい薔薇には棘がある、ってことだな」


 眉間に人差し指を置いて顔の半分を隠す。


 これぞ俺の十八番。通称イケメンポーズ。知的でカッコイイ俺に相応しい仕草だ。


「か、カッケェ! よっ! 英吉!」


「もう嫌だ……コイツら…………」


 騒ぐ大輝とは対照的に士郎が頭を抱えていた。


 大ボケ、小ボケ、ツッコミ、我ながらいいトリオである。


「そういえば、士郎と風香は一緒に帰ったのか? 手は繋げたか?」


 せっかくアシストしたんだ。きっちりゴールを決めて欲しいところだけどな。


「か、関係ないだろ! そ、そういうのはまだ早いというか……!」


「あのなー。向こうはそう思ってないかもしれないぞ?」


 恋愛感情と性的欲求。その発露の方向にこそ若干の差異はあるかもしれないが、男女でそう大きく変わるものではない。何度も言うが、人間も動物だからな。




「俺の見立てだと、風香はむしろ――――」




 教室前方のドアが開いて、真中茉莉と入れ替わった二十歳の吸血鬼こと花火が登校してきた。


 俺と一瞬だけ目を合わせると軽く頷く。花火はそのまま自分の席に座る。


「なぁなぁ、英吉! 真中さんに声掛けなくていいのか!?」


「ガッつき過ぎる男はモテないぞ」


「そ、そういうことか! メモメモ!」


 大輝にはそう言ったが、平素なら声を掛ける。単純接触効果を狙うためだ。異性の心の中に自分の置き場を作らないことには関係も始まらないからな。


 しかし、俺は花火と会話するつもりはない。昨日の打ち合わせでその方針に決まった。




   ***




「英吉、青春を送る上で重要なことは何だと思う?」


「まずは友達作りだな。それも異性じゃなくて同性が好ましい」


「やっぱ、そうなるよねー」


 俺は異性間の友情は成立しづらいと考えている。片方が友達だと考えていても、もう片方が恋愛感情を覚えてしまった時点で終わりだからな。


 そういう意味で異性の友人関係は短期的に終わるリスクがあり、異性とばかり絡んでいると同性からの心象も良くない。


 何よりも『高校』という箱の中では男女別で行動することも多いからな。


「はぁー、同性の友達かー。それだと中学にまで遡っちゃうなー」


「キャバクラ時代にはいなかったのか?」


「話す相手はいても友達ではなかったよね。わりと癖強い子も多いし。それに、色々あったんだよ。本当に色々……」


 花火は暗い目をしている。これは深掘らない方が良さそうだな。


「まぁ、友達を作る技術はあるんだろ? 言い方的に異性の友達ならいるみたいだし」


「ん」


 花火がスッとこちらを指差した。


「俺がどうした?」


「異性の友達。唯一の」


 果たして、俺たちの関係は『友達』と言えるのだろうか。審議が必要である。だけど、ここで重要なのはそういうことじゃなくてだな。


「つまり、俺以外に友達がいないってことか。中学を出てから」


「う、うん……」


 これまで〈魅了〉の力に頼りすぎたせいで、まともにコミュニケーションを取った経験がほぼゼロに等しいらしい。


 言われてみれば勝手に人の家でタバコ吸うし、協調性とか一切なさそうだもんな。


 達観した雰囲気はあるけど、中身は想像以上に幼いというか。


「二十歳って何だかんだ大人というか、もっと成熟していると思ってたなぁ」


「ねぇ! それってどういう意味よ!」


「一緒に大人になっていこうぜ?」


 何だかこの二十歳の吸血鬼が可愛らしく思えてきた。


 後輩を扱うくらいの感覚で接するのがベストじゃないだろうか。


「ちょ、おい! 頭をポンポンするな! 英吉、あんた一回泣かすわよ、マジで!」


 ぷりぷり怒る花火をなだめて、あらためて方針を確認する。


「そういう事なら、俺と一緒に行動するのも避けたほうがいいだろうな」


「そうね。男とずっといたら、変なやっかみがありそうだし。まずは女友達を作らないことには始まらないよね」


「だな。じゃあ明日は一旦自由にやってみて、その結果を受けて調整しよう」


「おっけー!」




   ***




 さて、花火がどのように動くのか高みの見物といこう。


 ……お、早速立ち上がった。いいぞ、頑張れ。いや、はじめて◯おつかいじゃないんだから。あれでも二十歳なんですよ、彼女。きっといいところを見せてくれる。


 そのまま廊下側先頭、鮎川さんの席に向かっていく。


 あ、ちなみに今日も今日とて、彼女からは鋭い視線を感じております。怖いです。


「(にしても、花火のやつすごいなー)」


 よりにもよってS級に挑戦かよ。鮎川さんは『カッコイイ女子枠』で男女ともに密かに人気ではあるが、どうしても近づき難いオーラがある。


 裏を返せば、まだクラスのグループに所属していない人物なので、しがらみなく声を掛けることができるというメリットもあるけどな。


 吸血鬼の花火とあの鮎川さんがどんな化学反応を起こすのか。個人的に興味があった。


「(さぁ、いけっ!)」


 花火と鮎川さんの距離が接近し、接近し――――何故か、花火が廊下に出ていった。


 まさかの逃亡である。これは絶対にトイレではない。確信を持って言える。


 おいおい、それは悪手じゃないのか。教室にいれば『話しかけられる』という選択肢もかろうじて残るというのに。




「ねーねー! 真中さんがせっかく学校に来てくれたんだしさ! きらら達の方から積極的に話し掛けてあげよーよ! やっぱ、最初のきっかけって難しいじゃん?」




 花火が教室を出たタイミングで、きららが周囲の女子に呼びかけた。それを聞いた女子達が口々に「そうだね!」と同調している。さすがだ、と言いたいところだが……。


「普段はちゃらんぽらんでも、やっぱり生徒会メンバーだな。桐谷は」


「これはまずいかもしれないな」


「何がだ?」


「いや、何でもない。こっちの話だ」


 士郎は感心した様子だったが、立場が違う俺からすれば思うところがある。


 しばらくして気まずそうな顔をした花火が戻ってくる。やはり意味もなく廊下に出たパターンだった。誰かと話をしたり、何か用事を済ませていたようには見えない。


 そんな花火の元に、きららを中心とした女子グループのメンバーが集まってくる。


「ねー、真中さーん!」


「……えっ!?」


 集まってきた女子達は「ノート見せてあげる」「クラスの人のこと分かるかな?」「このプリント明後日が提出期限だよ」などと花火に優しく声を掛ける。


 圧倒的な善意。側から見ている分にはとても親切なクラスメイト達。不登校だった仲間を必死にサポートする姿勢は美しくすらある。本当に良いクラスだな、とは思う。


 俺はそんな女子達を扇動した張本人。教卓に寄りかかって、遠目でその様子をニコニコと眺めている人物の横にさりげなく並ぶ。


「おっはよー、えーくん! その感じだと昨日は上手く行かなかったと見た!」


 返ってくるのはいつも通りの元気な声。


 相変わらずの天真爛漫。一緒にいるだけで明るい気分になれるハッピー少女。


「五分五分ってところだな」


「もぉー、強がちゃってー。約束通り、きららが慰めてあげようか?」


 にへへとエロ可愛い顔で笑う。リトル・英吉がドアをガンガンと叩いているが、さりげなくポケットに手を突っ込んで部屋の間取りを調整する。


 おそろしく早い手技。普通の人間だったら見逃しちゃうね。


「……今、ポジション直したでしょー」


 そんなこともなかった。わーん、とても恥ずかしい。


「授業終わりの号令時は机の側面に押し付けて隠す。男子あるある」


「そんなサイテーなあるある聞いてないしっ!」


 全高校生男子の苦悩なのです。


「なぁ、ちょっと真面目な話いいか?」


「この流れで!?」


 このままエロトークに興じていたいのは山々なんだが、このままだと話したかった事を忘れてしまいそうなのでね。


「何て言うかさ。『同情』から『友情』は生まれないと思うんだよ」


 孤立してしまいそうな花火に声を掛けよう。その取り組みはとても善意的で、文句をつけられるようなものではない。


 だけど、同情とは「上の立場の者」が「下の立場の者」にするものだ。


 付け加えて言えば「対等」でなければ友情は成立しない。俺はそう考えている。


「あーそういうことかぁ。見かけによらずアツいよねー、えーくんって」


 言いたいことはきちんと伝わったらしい。


「きららは同情も一つの繋がりだと思うけどなー。その繋がりに色んな名前が与えられてるだけで、本質はどれも同じじゃなーい?」


「…………」


 友情も愛情も、そして家族という結びつきすらも、等しく同じものである。


 無情で、無機質で、無関心で、とにかく冷たい考え方だ。でも、それを否定できるような材料が俺の中には一つもなかった。


「ま、えーくんの言いたいことは分かるよ! ただ、同情から始まる友情だってあるかもしれないじゃん! まずはきっかけだよ! 繋がりが無いよりはあったほうがいいでしょー?」


「そう……だな」


 消化不良感は否めない。それでも、きららの主張に対する反論もなかった。


「じゃ、寂しい夜があれば呼んでね(ハート)」


「ははは、楽しみにしてるわー」


 俺ときららの関係が曖昧なように、ほとんどの関係がそうなのかもしれない。大体、『正しい関係』なんて、ありもしない理想を求めても仕方がないだろ。


 切り替えよう。今日は花火の好きにやってもらうという話じゃないか。


 余計なことはせずに、このまま様子を見守っていることにする。


 ――――そして、特に成果もなく一日が終わった。

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