第7-2話 親父の黒い手帳
俺は棚から物件の平面図ファイルを引っ張り出す。
ラベルをなぞりながら、例の物件を探した。
――あった。
『メゾン・ド・カミキ』平面図。
指先で図面をなぞる。
103号室、105号室。
その間にあるのは、建物を支える太い柱と配管スペース(PS)が描かれているだけだ。
図面上、そこは壁であり、空洞でもない。
当然、人が住めるような場所ではない。
「……ありえねぇな。」
4階も同様だ。
443号室も445号室、もちろん444号室なんて、不吉な数字のふざけた部屋なんてない。
だが、俺の目の前にあるもう一つの事実。
厳然と記された不可解な事実。
親父の台帳には、毎月きっちりと『104号室』や『444号室』からの何かの受領が記録されている。
親父は誰かから、何かを対価として受領していたことは間違いない。
親父が死ぬ3年前まで、途切れることなく。
台帳には、その他にも存在もしないし、図面上にない部屋からの何かの受領記録が残されてる。
通常ならば、『振込』や『現金』と書かれるべき場所に常軌を逸した文字が踊る。
『運気上昇』 『守護札』 『厄払い』 『霊石』 『地鎮』
それだけならまだいい。
金の代わりに信心深い顧客から対価として何かを得ていたとも思えなくもない。
だが、他にも明らかに危なっかしいワードも並んでいた。
『呪怨札』 『瘴気付与済み藁人形・五寸』 『生贄代わりのヒトガタ』
「……親父も俺みたいに、あやかし連中を相手にする仕事をしてたのか?」
もはや、そうとしか思えない記述ばかりが続く。
金庫の奥を漁っていた由美ちゃんが声を弾ませて振り返った。
「社長!!これ、お父さんの手帳じゃないですか!?」
彼女が指差したもの。
それは金庫の隅、重要書類の束の下に隠されるように置かれた、一冊の黒皮の手帳だった。
由美ちゃんが差し出す、ソレを受け取った。
使い込まれた革の感触。染み付いたタバコと古い紙の匂いが、不意に親父の記憶を呼び起こす。
ページをめくった。
そこには日常的な予定が箇条書きされていた。
銀行への振込日、内見の約束、清掃業者の手配。
ごくありきたりな不動産屋の手帳に見えた。
だが、やはりここにも「4」にまつわる記述が、異物のように混入している。
AM3時、104号室訪問予定
AM2時、304号室、2室空き予定、退室チェック
「304号室、2室空き予定?――なんだこの記述……」
「304号室の中に2部屋あるってことですか??なんか変じゃないですか?」
隣で覗き込んでいた由美ちゃんが、胡散臭そうに眉をひそめる。
彼女の言う通りだ。
一つの号室が空いたことに「2部屋空き」という呼び方はしない。
そんな概念が存在すること自体、物理法則を無視している。
手帳の中ほどまで、いっきにページをめくった。
記述は唐突に途中で止まり、それ以降は何も書き込まれていない。
そして、最後のページ。
親父が倒れる直前の日付には、乱れた文字でこう書かれていた。
『管理者が不在になってしまうことが不安だ。』
『 裏の住人たちには申し訳ないが、息子にはまだ手に負えないだろう。』
『あいつには念のため、裏鍵を渡しておこうと思う。その時が来れば、きっと自らの意思で辿り着くはず。その時になれば、きっとアイツにも対応できるはずだ』
「……息子には手に負えない、だと?」
文字を目で追うたび、腹の底から熱いものが込み上げてきた。
それは恐怖ではなく、純粋な苛立ちだった。
ちょっと、いや、かなりムカついた。
俺は親父に認められていなかったのか。
何も教えずに、勝手に逝きやがって。
俺を半人前扱いしたまま、勝手に決めつけるな。
俺は腰の『裏鍵』を握りしめた。
死者や土地の記憶を呼び起したり、瘴気を封じる事が出来る、『裏鍵』
そして、霊的な封印まで施された金庫に隠されていた『謎の台帳』と『手帳』
親父が唯一買った自社物件『メゾン・ド・カミキ』
今までバラバラに散らばっていた点が、一本の線へと繋がり始めていた。
その線が導く先は、暗闇の奥底だ。
「社長……どうするんですか?」
俺の放つピリついた空気を察したのか、由美ちゃんが不安そうに上目遣いで俺を見る。
その頭上で、天使の輪っかが心なしか光を弱めていた。
「……確かめるしかないだろう」
俺は椅子を蹴るようにして立ち上がり、デスクの上の車のキーを乱雑に掴み取った。
「黒鉄の言っていた『黒いこと』。そして、親父が隠していた『裏の商売』。
現場に行けばすべて分かるはずだ」
「えっ、い、今からですか!?」
由美ちゃんが慌てて、壁の時計を指差す。
「もう深夜2時ですよ! 一番オバケが出る時間じゃないですか!こわいっ!!」
「あのな、お前も立派なオバケだろうが。とにかく行くぞ」
怯える幽霊秘書を一瞥し、俺は親父の資料と手帳を鞄に放り込んだ。
真実は現場に隠されているはずだ。
俺はジャケットの襟を正すと、車に乗り込んだ。
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