第6章 事故物件ロンダリングと悪徳業者の囁き

第6-1話 青ざめたバイト君と短期入居の罠


 神木不動産、本日の業務日報。

 天気は曇り。俺の機嫌も曇りだ。


 理由は、昨日持ち帰った「骨董品」の処理に追われているからだ。



「社長ー、また変な客、襲撃のよかーん!」

 由美ちゃんが窓の外を指さす。


 自動ドアが開き、一人の青年が転がり込んできた。

 二十歳そこそこの大学生だろうか。

 顔面は蒼白で、目は充血し、肩で息をしている。


「た、助けてください……! ここ、オバケに強い不動産屋って聞きましてっ!」


 開口一番、それかよ。 てか、誰だよ、そういうこと言ってるやつ。


「ウチはただの仲介屋ですがね。……まあ、話くらいは聞きましょうか」


 青年――健太君を椅子に座らせ、茶を出す。

 彼はガタガタと震える手で湯飲みを握りしめた。


「あの……僕、バイトしてるんです。『ルームモニター』のバイト」


「ルームモニター?」


「はい。指定されたマンションに一ヶ月住むだけで、30万もらえるっていう……。

でも、住み始めてから変なんです! 夜中に誰かの話し声が聞こえたり、金縛りにあったり、鏡に知らない女が映ったり……!」


 俺と由美ちゃんは彼を真正面からしっかり見るなり、二人で「うわぁ」という顔になった。

 彼は背中にガッツリとナイスレディを「お持ち帰り」している。


「――なるほど。そのバイト先ってのは、駅前の『黒鉄くろがねエステート』だろ?」

「え、なんで分かるんですか?」

「この世界、狭いんだよ。悪ぃことやってれば、すぐに噂になる。」


 俺はため息をついた。


 ―事故物件ロンダリング。

 自殺や他殺があった部屋は、次の入居者にその事実を告げる「告知義務」がある。

 だが、誰かが一度でも住めば、その義務は消滅すると考える悪徳業者がいる。そこで、一時的にバイトを住まわせ、事故の履歴を「洗濯(ロンダリング)」して、次の客に正規の家賃で貸し出す手口だ。


「……っていうのが、一昔前に横行した『事故物件ロンダリング』の手口。

 だけど、今は2021年のガイドライン改正で、その手口は完全に『黒(無効)』だと国交省が明言してんだわ。つまり、『黒鉄エステート』は、法律が変わったことも知らないバカ、あるいは、知っててやってる確信犯の詐欺師かのどっちかだな」


 俺は彼の背中にぺったりと顔をつけて微笑むナイスレディを見る。


「で、君は、今、現在進行形で事故物件の『穢れ』を肩代わりしちゃってるね」


「そ、そんな……! もう辞めたいです! でも、契約期間中に逃げたら違約金50万払えって……」

 俺と由美ちゃんは顔を見合わせて呆れた顔をした。


「てかさぁ?金に目がくらんで危険なトコに足つっこんだのは君だろ?それで怖くなってきたからって、関係ないウチに助けてくれって言われてもねぇ」


「ほんと、社長の言う通りですよ。自業自得です。お寺にでもお祓いに行って、あとはその不動産屋さんに土下座して謝ればいいんです」

 由美ちゃんは腕組んで健太を睨んだ。


「そもそも、ロンダリング目的の入居自体がガイドライン違反だから、その違約金も公序良俗に反して無効だ。それを盾に頑張んなよ」


 おれは健太にそう告げた。金にならん客には1ミリも興味が湧かない。ついついあくびが出てしまった。


「そんなの無理ですよぉ、あそこの人たち、見た目凄い怖いし……楯突いたら何されるか」


 健太は咄嗟に頭下げてきた。


「助けてください、お願いします!

 僕、佐藤君ちに相談に行ったんです。そしたら、ここなら話聞いてくれるって……」


 ―あっ。


 俺はおそるおそる横を見た。


 カタカタカタカタ……


 震えるペン立て、風もないのにめくれる冊子。


「社長ゥ!!佐藤君のお友達の相談には親身に乗るべきですよっ!!」

 俺の肩を掴む由美ちゃんの目が前回同様にハートになっている。

「ふざけんなっ!そんなことしたってウチには一銭のメリットもねぇだろ」(小声)


 俺は由美ちゃんに腕を引っ張られて給湯室に連れていかれた。


「いやいや、ここで彼を追い返したら、佐藤君、ウチへの信頼を損ねて退去しちゃうかもしれませんよ?」

「なにっ!?それはマズいぞ。更新したとはいえ、月間管理手数料が減るな……」

「でしょ?だったら手伝ってあげた方がいいですよ!」

「いや、待て!危うく、お前の口車に乗せられるとこだった!コスパで考えたら絶対に見合わんし、同業者同士でケンカはめんどくさい、やっぱ、この件は――」


 結論を出そうとした時だった。

「あ……あの……」

 壁からにゅうっと存在感の薄い女が現れた。

「――っ!うおっ!」

「あ!カヨコさんっ!」


 佐藤君と絶賛ルームシェア中のカヨコ(地縛霊のはずなのに)が現れた。


「あ……、すいません、神木さん。佐藤君のお友達の件……何とかしてもらえませんか」


「おいー、カヨコ、なんでお前まで頼みに来るんだよ」


「あ、あの、実は……佐藤君、彼と幼馴染みたいで……すごく心配してて……私にたくさん話しかけてくるんです……『カヨコさんも力になってくれませんか』って」


 そういうカヨコの頬は赤く染まっていた。


「あーー!!カヨコさん、ずるいっ!!イケメン独占禁止法違反ですよっ!!」

 由美はめちゃくちゃプンスコしていた。


 俺は少し考え、溜息と共に答えた。


「わーったよ、なんとかしてやるよ。これじゃ四面楚歌じゃねぇか」

 ヤル気ゼロのかったるい足取りで、健太のところへ戻る。


「――健太君だっけ?仕方ねぇから協力してやるよ。」


「えっ!ホントですか!?」

 健太は半泣きの顔をあげた。


「やりたかねぇのが本音だが、女どもにお願いされちゃやるしかねぇだろ」


「え?」


 健太は不思議そうな顔をしてるが、「こっちの話だ、気にすんな」とごまかす。

 そして、俺は頭を掻きながら健太に告げた。


「めんどくせぇ事を請け負うんだ、そのかわり条件をつけさせてもらう。それが飲めないんなら、この話はナシだ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る