第5-4話 親父の背中と深まる謎



 瘴気が溢れる壺に、鍵が吸い込まれていく。


「うおおおおお、超こえぇぇ!!!これ、どうしたらいいんだ!?」


 俺はめちゃくちゃビビりながら、直感的に手首を捻った。


「か、か、か、鍵なんだからーっ!閉めるもんだーっ!」


 ガチャリ。


 施錠の手応え。


 その瞬間。


 シュゴオオオオオ……!


 部屋中に充満していた黒い煙が掃除機で吸われるように、鍵を通じて壺の中へと逆流し始めた。


「パワフル吸引!!私まで吸い込まれそうですゥーッ!ダイソーーンッ!」

 俺は引き寄せられてきた由美ちゃんの体をがっしり掴み、堪える。

「ダイソン言うてる場合かぁーーっ!絶対離すんじゃねーぞっ!!」


 部屋中に溢れかえっていた瘴気が一点に吸い寄せられる様子は、まるでブラックホールにも似ていた。

 暴れていた日本人形も、鏡も、糸が切れたように動かなくなる。


 そして数秒後。


 全てを吸い取った壺に、蓋が勝手に乗った。

 そして、さっきまでの暴れっぷりが嘘のように静まり返り、俺の手にある『裏鍵』は、徐々に熱を失って冷たくなっていた。


「ウソ……。ぜ、全部吸い取っちゃいましたね、さすがダイソン……」

 由美ちゃんが呆然と呟く。

「この現象はいったいなんだ?裏鍵のこんな使い方、初めてだぞ……」


 俺は鍵を引き抜いた。

 鍵の真鍮の輝きが、少しだけ濁ったような気がする。

「社長、これ壺がどうこうじゃなくて、『悪いもの』を封じ込める器なんじゃないですか?」

 由美ちゃんは掴んでいた俺の腕から離れ、おそるおそる壺を眺めた。

 壺からはもう何の気配もしない。


「多分ですけど……、これ除湿剤みたいなもんじゃないですか?」

「例えがぶっ飛びすぎてる気がするが……続きをどうぞ」

「押し入れ除湿剤が、とりあえず設置しとけば勝手に湿度吸ってくれるように、誰かが、街中の瘴気を吸い取る、除瘴気ポッド的な?ヤツとして設置したんじゃないですか?」


 除瘴気ポッドとは面白い発想だが、あながち間違いとも言い切れん。

 しかし、誰が何の目的で?


 その質問に除瘴気ポッドが答えることはなかった。

 完全に「封印」されたようだ。


『……ああ……ありがとうよ、神木くん……。これで……やっと……』


 柱につかまっていた鈴木さんの霊が、安堵の表情を浮かべた。

 彼の体が光の粒になって崩れていく。

「じいさん、あの世行ったら、親父によろしく言っといてくれ。」

 俺がそう告げると鈴木さんは向き直り少し笑った。

「またいつかどこかで会おう。神木君」

 彼は肩の荷が下りたことで、やっと成仏することが出来た。



 ◇◇◇


 ―帰り道。


 俺は助手席に壺(と、お金になりそうな骨董品)を載せ、車を走らせていた。

 この壺は、鈴木さんに代わって、俺が責任を持って管理するか、然るべき場所で供養するしかないだろう。


 信号待ちで、俺は掌にある『裏鍵』を見つめた。


「なんなんだ、この鍵……記憶再生装置じゃなかったのか?」


 今日の謎の反応。

 瘴気の吸収と封印。

 明らかに、今までと全く異なる。


 ふと、古い記憶が蘇った。

 若い頃、親父がよく、ガラクタのような骨董品を事務所に持ち帰っていた姿だ。

『おい親父、またゴミ拾ってきたのかよ』

 そう言う俺に、親父は笑ってこう言った。

『ゴミだぁ? バカ言え。こいつらはな、寂しがり屋なんだよ。

 場所を与えてやんなきゃ、拗らせちまうんだ』


 今なら、この言葉の意味が分かる。

 まちがいなく、あやかし、呪物、それらの類を親父は扱ってた。


 あの時の親父も、この鍵を使っていたのか?


 親父は、ただの「世話焼きな不動産屋」として振る舞いながら、裏で何をしていたんだ?

 知らない神木不動産がそこにある。

 間違いなく、なんかしらの理由があるはずだ。


「……調べなきゃなんねぇな」


「社長? どうしたんですか、怖い顔して」

 由美ちゃんが後部座席から顔を覗き込む。


「いや……。事務所に帰ったら、大掃除だ。 親父の遺品、ひっくり返すぞ」

 俺の言葉に、由美ちゃんは「えーっ! また掃除ですかぁ!?」と悲鳴を上げた。


 だが、俺の胸騒ぎは止まらなかった。


 この鍵には、まだ俺の知らない「裏の使い方」がある。


 そしてそれは、神木不動産の「本当の業務」に関わることのような気がしてならなかった。


(第5章鈴木さんの場合編・完)


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