魔宮『イオン六日町店』と、故郷への帰還
八色スイカを皮まで食べ尽くさんばかりの勢いで完食した、スイカ(女神)と鉄平。
その見事な食べっぷりを、ニコニコと眺めている一人の初老の男性がいた。
「いやぁ、いい食いっぷりだねぇ! 見てて気持ちがいい!」
軽トラの荷台に腰掛けていたその男性は、地元・南魚沼に住む農家の上村(かみむら)さんだ。
「これ、少ないけど小遣いだよ。この辺の美味いもんでも食ってきな」
上村さんが懐から取り出したのは、なんと3万円。
見ず知らずの(ように見える)子供たちに渡すには、あまりにも高額だ。
「ええっ!? か、上村さん、それは多すぎます!」
ハルトが慌てて止めようとするが、上村さんは豪快に笑い飛ばした。
「いいんだいいんだ! 今年はスイカの出来もいいし、臨時収入があったんだよ。
それに、あんたらみたいな若い夫婦と孫(?)が、仲良く帰省してるのを見るとな、嬉しくなっちまうんだ」
上村さんは、ハルトと澪を若夫婦、鉄平たちをその子供だと完全に勘違いしていた。
しかも、その善意は小遣いだけでは終わらない。
「この後、どこ行くんだ? 足がないなら乗っけてくぞ。
俺ぁこれから、ジャスコへ買い物に行くんだ」
◆ ◆ ◆
軽トラに揺られること十数分。
一行が到着したのは、国道17号線沿いにそびえ立つ、地域のランドマーク。
**『イオン六日町店』**である。
「す、すごい……!!」
駐車場に降り立った鉄平が、目を輝かせて巨大な建物を仰ぎ見る。
「なんだ、この巨大建造物は……!?
魔王城の別館か? それとも古代の要塞都市か!?」
「こ、これは……『商業施設』という概念の具現化ね……!」
スイカもまた、自動ドアが開くたびに吹き出してくる冷気(エアコン)と、溢れ出る物欲のオーラに戦慄していた。
「ふふっ。あの子たちにとっては、ここが『大都会』に見えるのね」
澪が苦笑する。
ハルトも懐かしそうに看板を見上げた。
「まあな。俺たちにとっては『田舎のジャスコ(旧称)』だけど……。
この辺じゃ、ここが生活のすべてだからな」
異世界育ちの子供たちと、地元出身の親たち。
その温度差は、店内に入ってさらに広がった。
「わあぁっ! 見てスイカちゃん!
服も、本も、おもちゃも、食べ物も、全部あるよ!」
「信じられないわ……!
これだけの物資が、魔力による防衛もなく無造作に陳列されているなんて……!
この国の治安維持レベル、どうなってるの!?」
ゲームコーナーの音ゲーに驚き、フードコートの匂いに釣られ、エスカレーターの動きに感動する二人。
その姿は、完全に「初めてのテーマパーク」状態だった。
「ほら、二人とも。はしゃぐのはそこまでにして」
ハルトが声をかける。
目的は、観光ではない。
実家への手土産を買うことだ。
一行はリカーコーナー(酒売り場)へと向かった。
南魚沼は米所であり、酒所でもある。
数多の銘酒が並ぶ中、ハルトが迷わず手に取ったのは――。
「これだ。『雪男(ゆきおとこ)』」
青木酒造が醸す、辛口の日本酒。
ラベルには、毛むくじゃらの雪男が荷物を背負っている、味のある絵が描かれている。
「うちの親父、これが好きだったんだよなぁ……」
瓶の冷たさが、掌を通して伝わってくる。
10年ぶりの、親父の酒。
それを手にした瞬間、ハルトの中で「帰ってきた」という実感が、急激に重みを増した。
「ハルト……」
澪が心配そうに袖を引く。
「大丈夫か? 心の準備は」
「……ああ。行こう」
◇ ◇ ◇
上村さんに礼を言って別れ、一行はタクシーを拾った。
行き先は、南魚沼市城内(じょうない)地区。
**法音寺(ほうおんじ)**にある、稲穂ケ丘(いなほがおか)団地。
そこが、ハルトと澪が育った実家のある場所だ。
タクシーが市街地を抜け、魚野川を渡り、田園風景の中を進んでいく。
見慣れた山々。
変わらない駐在所。
通っていた城内小学校の校舎。
景色が一つ流れるたびに、澪の手がギュッとハルトの手を握りしめる。
「……変わってない。全然、変わってないよ」
「そうだな。まるで時間が止まってたみたいだ」
やがて、タクシーは坂道を登り、静かな住宅地へと入っていった。
稲穂ケ丘団地。
古いが、手入れの行き届いた一軒家が並ぶ、のどかな場所。
タクシーが止まる。
「お客さん、着きましたよ」
運転手の声で、ハルトは現実に引き戻された。
目の前にあるのは、築30年ほどの、見慣れた二階建ての家。
表札には**『藤宮』**の文字。
そして、その隣の家には**『鈴原』**の表札。
「……帰ってきた」
鉄平とスイカは、神妙な顔をして親たちの背中を見守っている。
異世界の英雄として、魔王すら従えたハルト。
その背中が、今だけは、ただの「帰省した息子」のそれになっていた。
心臓の音が、うるさいほどに鳴り響く。
10年間の空白。
過労死したと思っていた息子が、孫を連れて帰ってきたら。
両親は、どんな顔をするだろうか。
ハルトは、震える手でインターホンに指を伸ばした。
ピンポーン……。
電子音が、静かな団地に響き渡る。
「……はーい」
中から聞こえてきたのは。
少し年老いたけれど、聞き間違えるはずのない、母の声だった。
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