キオクノカケラ

白崎ユナ

断片0.5【クダケタココロ】

私、白神ツバキは高校2年。

両親を中学受験の前日に事故で亡くし、

叔母の家で暮らしていた。

高校へ上がるタイミングで、姉のシヅキとふたり、

元の家に戻った。


――そして、シヅキは突然消えた。



シヅキがいなくなった日のことは、

今でも鮮明に覚えている。


12月4日。冬にしては珍しくよく晴れた朝。

私は玄関で、姉と並んで登校の準備をしていた。

髪には、昨日シヅキからもらった

小さな髪飾り。

胸が弾むほど嬉しくて、

鏡を見るたびに少し笑ってしまった。


12月3日――私たちの誕生日。

ヘッドホンをプレゼントしたとき、

シヅキは笑顔で、

「ツバキは私の自慢の妹よ?」

と言って抱きしめてきた。


私は顔を赤くして

「……何急に//」

と言ったけど、本当はすごく嬉しかった。


……それが、二人で笑い合った最後の日だなんて。



12月4日の朝。

玄関の奥――物置の方から、シヅキの声がした。


『…誰!? 誰なの…!?』


その声は、どこか“録音のように平坦”で、

いつもの姉の声とは微妙に違って聞こえた。


胸がぎゅっと締めつけられる。


「……おねぇちゃん?」


声を頼りに走り寄った物置部屋には、

姉の姿はなかった。

そこにあったのは――

昨日渡したヘッドホンと、シヅキのスマホだけ。


「おねぇちゃん!? どこなの……!?」


叫んでも、返ってきたのは静寂だけだった。


震える指で警察に電話し、

必死に状況を伝えたはずなのに、内容はほとんど覚えていない。



一週間後、学校に戻った私は、

自分がどこに立っているのかも曖昧で、

まともに前を向けなかった。


耳に入ってきたのは、ひそひそ声。


「……シヅキ、失踪したんだって」

「警察来てたしな」

「もしかしてツバキがさぁ…」


バカみたいな笑い声。

胸の奥がぐしゃっと潰れそうになる。


一方で、シヅキの友達だろうか、

優しい声をかけてくれる子もいた。


「大丈夫? ツバキ…」

「シヅキ、心配だよね」


本当は「ありがとう」と言いたかった。

でも――言えなかった。

その優しさが、

逆に胸の奥の孤独を強くえぐった。


そこで私は初めて気づいた。


私には、

“自分の友達”なんていなかったんだ、と。


私はいつも、

姉が作った輪の“隅”にいるだけだった。

姉が笑えば混ざれたし、

姉が話せば自然に隣にいられた。

だけど――

姉がいなくなった瞬間、

私は輪からこぼれ落ちた。


声をかけてくれる人がいても、

もう返せなかった。


世界の中で、自分だけが

色を失っていくようだった。


学校にはいられず、私は早退して帰宅した。



部屋に戻ると、

誕生日に渡したヘッドホンと、

シヅキのスマホを抱え込む。


両親が亡くなった日のこと。

姉と笑い合った時間。

たくさんの思い出が一気に溢れ、

私は声を押し殺して泣いた。


「お母さん……お父さん……」

「……お姉ちゃん……」


泣き疲れ、

いつの間にか眠ってしまったらしい。


でも、眠っても逃げられなかった。

また、あの夢を見る。


『……キ……』


誰かが呼ぶ声。

姉の声にも似ているようで、

違う気もする。

思い出せそうで、思い出せない。


『……バキ……』


胸の奥がざわつく。


「やめて……」


『ツバキ……』


「……やめてよぉ‼︎」


最悪な目覚めで、また一日が始まる。



姉が消えてから、私は徐々に

“時間の流れ”を感じなくなっていった。


朝だと思ったら夕方で、

気づけば次の日になっている。

生活すべてが霧の中みたいだった。


叔母は完全に放っていたわけじゃない。

時々来て、服を替えてくれたり、

布団を整えてくれたり、

小さなケーキを冷蔵庫に入れてくれたりもした。


ケーキ……?

ふと、カレンダーに目をやる。


12月4日――。


あの日から、ちょうど一年が経ったことを、

ようやく知る。

外の世界だけが先に進んでいく中、

私の心の時間は、あの日で止まったままだ。


私は知る。

心は、もう限界だった。


そして――

あの“呼ぶ声”だけが、

まだどこかで私を見ている。

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