大雪 命が終わるとき

「俺がとても強い力を持っているのは、母の呪いを一身に受けて産まれたからだ。死んだのはお産によるもの、というよりも自害だろうな。父親があっさり死んだから呪い殺されたみたいだ。その業も、俺は背負ってる」


 そうだったんだ。同情はしない、カイキ殿は必死に生きているのだから。


「そうしてくれ、憐れみは嫌いなんだ。俺は可哀想なんかじゃない」

「うん、すごく立派」


 そう言うと、カイキ殿はガリガリと頭をかいてそっぽを向いた。怒ったのかな?


「……なんかやりにくいんだよなあ、君は」

「素直な本心で褒められたことがないからな、お前は」

「うっさいな」


 あ、そっか。照れたのか。ふふ。


「……アレの決着は、豪朕がつける。行きつくべきところはあのは同じだ。移動しよう、手当しないとな。君も重傷だ、動かない方がいい。怪我の治りが遅いのは命を落とすか否かの危険な状態だからだ」


 カイキ殿が僕を抱き上げる。成長してようやく普通の瓜坊くらいなんだよね、僕。


「思ったよりふかふかなんだな、もっとゴワゴワな毛質かと思ったのに。兄様がよく撫でてたわけだ」

「見てたの?」

「わりと遠くまで見えるんだよ、俺は。草木があろうが家があろうが“見ること”ができる。遠くまで神力、いや、化け物の気配もわかる。一族の血が濃いから俺はたぶん半分以上化け物なんだ」

「そっか。僕の仲間だ、嬉しい」


 そう言うと、カイキ殿は目を丸くした。


「え」

「だってそうでしょ、人じゃないなら。人ならざる者の友達いなかったから嬉しいな」

「……捉え方の違い一つで、言葉はここまで変わるんだな。あり、がとう」


 涙目で鼻をすするカイキ殿。叔父上殿は優しく微笑んでいた。




 必死に走る。想定外だった、あの二人が戻ってくるなんて。どんな傷でも瞬時に治す自信はあるが、やはり神力を受けたせいで全く治らない。切られた腕も再生しない、血が止まらない。まさかあの一族そのものが、毒になり得るなんて。

 あの男、だから大人しく死んだのか。自分が喰う事まで予想して! 怒りや悔しさで頭がぐちゃぐちゃだ。

 畜生、と思うがおそらく自分はもう助からないだろう。ありったけの神力を込められたのだ、体は腐り緩やかに死んでいく。


「はは、いいさ、べつに」


 もうこの一族は終わりだ、好き勝手殺しまくることもない。自分は人間ではない、積年の恨みを晴らしたとか、絶対に決着をつけたいとか、そんな感情は持ち合わせていない。ただ暇だった、面白いことをやってみたかっただけだ。死ぬなら死ぬでそれで別にいい。あの男に一杯食わされたのは気に入らないが仕方ない。


 ざく、と衝撃が走る。激痛だ、斬られたと瞬時に理解した。


 見れば、刀を振りかざした男がいた。筋肉が異様なまでに盛り上がり、肩幅が倍はありそうな風貌だ。


――なんだっけこいつ、ああ、えーっと。馬鹿な方の兄だったか、神力がないやつ。


 冷めた頭でそう考えていると男はゲラゲラと笑った。


「ははは! 討ち取った! 化け物を討ち取ったぞおおお!」


 嬉しそうに笑う男。神力はなくてもしっかりと化け物の血は受け継いでいるようだ。自分が異様な見た目なのに気づいていない。


――馬鹿すぎんだろ。まあいいや、最後の暇つぶしにはもってこいだ。


「馬ぁ鹿、俺が弱ってるのはお前の弟たちにやられたからだ」


 弟、の言葉に笑いを止める。その目はギラギラと殺気に満ちていた。


「下の弟の最後の罠にかかり、末っ子に致命傷を負わされただけだ。お前の一撃などなくてももう死ぬんだよ、ぎゃはは! お前の力なぞ全く効かんなあ! 今は何かしたかあ!? あはは!」

「お、おお、おおああああ!! 暁明、暁明!! 貴様はいつまで俺を馬鹿にするんだああ!」

「もう一匹の弟も呼んでやれよカワイソウだろ」

「そんなモノに興味はないわぁ! 名も知らぬ!」


「馬鹿だから覚えられなかっただけだろ、馬ぁぁぁ鹿!」


 冥は自らの首を切り裂き、手にベッタリと血をつけた。そして豪朕の右目に突き刺す。


「ギャァ!?」

「毒のお裾分けだ。お前の弟の体からできた最高級の毒だ。とくと味わえ、オニイチャン」

「がああああ!!」


 怒りで叫んだ。よりにもよって暁明の血肉、それを体内に入れられた。糞を顔面に塗りたくられるより屈辱だ。

 豪朕は切り付ける、化け物を何度も何度も何度も。何十回も、ずっと。


 そうして肉片の一個さえなくなった頃。体が急激に重くなった。激しく動いたせいで毒が全身にまわってしまった、ということさえ気づいていない。

 辺りは猛吹雪だ。寒さなど意に返さなかったのに、今は体が氷のように冷たい。


「誰かいるかあ!」


 呼びかけても返事はない。それにたとえ誰かいたとしても、この男のために返事をする者などいない。同じ村出身の人々を次々と殺している事はもはや周知の事実だ。こいつに関わると殺される、絶対に近寄るなという話が出回っていることなど知る由もない。


「俺は化け物を討ち取ったぞ!」


 今、頭の中にあるのは化け物を殺したという喜びだけだ。このままでは死んでしまうというのにそんなことさえどうでもいい。とにかく自分を誇示すること、認めてもらうことがすべてだ。


「聞けえ、俺は化け物を殺した! 俺が村を救ったんだ! お前らは俺のおかげで生きていられるんだ!」


 誰もいない吹雪の中をゆっくりと歩み続ける。そちらは村と逆方向だ、そんなことにさえ気づいていない。

 否、どうでもいいのだ。神力がないというだけで役に立たないと言われてきた。戦で功績を挙げてもいつも評価されるのは弟ばかり。そのうえ化け物ではなく人間を殺してきただけだろうとまで言われた、屈辱だ。


「俺を認めろ、褒めろ、讃えろおお! 俺が、俺が化け物を殺してるんだ! 俺がいないと化け物を殺せない腰抜けどもがあ!」


 誰一人いない山の中を彷徨歩く。歩くことでますます毒が回りその体を蝕んでいく。


「誰かいないのか! 役立たずどもめ!」


 自ら他者を遠ざけた男は、息が止まるその瞬間までもずっと一人きりだった。



立冬

冬の気配が感じられる。


冬は、すべてを無にす。

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