大雪 ー神力ー バケモノを殺す力

「美味かったよ、はらわたも脳みそも全部全部! あっはは! 俺には毒が効かないから骨まで食った、全部しゃぶり尽くしてやったよ! 今どんな気分だ、なぁ!? 別れは済ませたから悔しくないんだよなあ! ぎゃーははは!」


 この時、僕は生まれて初めて殺意というものを抱いたんだと思う。


 ここで反撃できればかっこよかったんだけど、僕はどうしたって弱い。あと一撃、せめてもう一撃だけあいつに! 目の前で笑い転げるその顔は、なんとも醜い。

……可哀想だな。なんとなくそう思うと、僕の憐みを感じ取ったのかすぐに怒り狂った。


「なんだその顔は!? 何でお前ごときに憐みを向けられるんだ、ふざけるな!」


 アイツが腕をふりかざす。避けられない、だったら避けずにイチかバチか体当たりを……!



「があっ!?」


 突然あいつが悲鳴をあげた。僕はびっくりして目を見開く。あいつの腹からは刀が突き出ている。叔父上殿の死角になって見えなかったけど、よく見てみれば後ろから刀を突き刺しているのはカイキ殿だった。叔父上殿ごと貫いている。


「そうか、残さず食ってくれてありがとうよ、間抜け野郎」


 その声はぞっとするほど冷たい。あいつは刀から逃れようと必死にもがいているけれどなかなか抜け出せない。それどころか、動きが変だ。もしかして、手足がうまく動かないのか?


「何故!?」

「どうして体が思うように動かないのかって? それはお前、毒が効いてるからだろ。兄様という、猛毒が」

「なあ!? 馬鹿な、あれからどれだけ時が経っていると……!」

「自分が徐々に弱くなっている事にも気づかなかったのか。ああ、友達がいないから指摘してくれる奴がいなくてわからなかったんだな。無様な鬼だ」


 叔父上殿はそのままあいつを押さえ込む。そしてカイキ殿は刀から手を離すと右手であいつの首を鷲掴みにした。爪を立てて、いや、爪が首に突き刺さる。じゅうう、と肉が焼けるような音と、実際焦げた臭いがした。


「ぎいああぁぁ!」


 神力か、今あいつに神力が叩き込まれているんだ。あちこちから血が噴き出ている。 


「シンリキかああああ!」

「神力。神の力だ? はは、お前らも勘違いしてやがるのか。これはもともとお前らと同じ力だ」

「なあ!? 馬鹿な!」

「仲間殺しの力。化け物どもから忌み嫌われ追い回されてこの地に行き着いた先祖は、人間と添い遂げた。その力が子孫に残っているだけだ」


……やっぱりそうだったんだ。不思議な力だと思っていた、最初は僕も特別な力なんだと思っていた。でも神力のことを詳しく知っていくうちに、化け物たちの力と何が違うんだろうという疑問が湧き始めた。

 決定打になったのは兄上殿だ。人ひとりの力というにはあまりにも強すぎた。太い木を一刀両断できるはずもない。石を殴りつけて割っていたのに、その後兄上殿は手を怪我した様子もなかった。

 神力がないのに怪我の治りが早いというわけでもないはずだ。普通ではない、と思った時からそうなんじゃないかと思っていた。

 だから神力を持つ者は化け物の気配がわかる。仲間の気配がわかっていたんだ。


「これはお前らを殺す力だとわかっていただろうに、それをかっ喰らったのだから命に関わるに決まってるだろうが、馬鹿が!!」


 馬鹿が、と言うのと同時にゴキゴキと音が鳴る。冥のどこかの骨が砕けたんだ。目から、鼻から、口から血を吹き出している。角も一本吹き飛んだ。


 これが、シンリキ。化け物殺し、仲間殺しの力。


「ぎいい!」


 あいつも必死に抵抗する。不自由な体の中必死にもがき、まずカイキ殿を蹴り飛ばした。次に押さえ込んでいる叔父上殿も背負い投げのようにして放り投げる。叔父上殿は腹に刀が突き刺さっているというのに器用に一回転して着地をした。

 あいつはそのまま凄まじい勢いで走り去っていった。大怪我をしているはずだ、刀の傷や腕は治ってもおそらくカイキ殿の力はそう簡単には消せないはず。

 追いかけるべきなのかもしれないけど、二人の方が心配だった。慌ててかけよると叔父上殿はよっこいしょっと言いながら苦しむ様子もなくあぐらをかいて座った。


「追いかけるのを踏みとどまったな。それで良い。お前さんは戦う存在では無いのだから。感情で先走る者がほとんどだというのに、理性で行動できるのだなお前さんは」


 叔父上殿が優しく笑う。僕がおろおろと周囲を歩きまわると心配ないと撫でてくれた。


「急所は全て外してすり抜けて刺さっている。今刀を抜いたら血が溢れるから、手当ができる道具が揃ってから自分で抜くさ。死んだりせんよ、最初からこういうつもりだった。刀傷も、まあ、致命傷ではない」


 カイキ殿を柱に縛りつけてきたっていうのは嘘だったんだ。体が動かないというのも嘘。いや、多少は辛いんだろうけど。吹き飛ばされたカイキ殿は上手く受け身が取れなかったらしくいててと言いながらゆっくりと起き上がった。


「まだまだだな、カイキ」

「百戦錬磨の叔父上と一緒にするな。俺はまだ戦場いくさばに立ったことがないんだ」

「偉そうにいうことではないわ、バカタレ。受け身が取れなかったら骨が折れていたかもしれないのだぞ……生きていてよかった」

「お互い様だ」


 死んでしまっては何もできない。その言葉の重みは僕にも充分伝わる。アイツはどこに逃げたのだろう。


「逃げたアレだったら……問題ない。あっちには豪朕がいる」


 その声はとても淡々としている。そういえばカイキ殿はハク様のことを兄様とは言っているけれど、兄上殿……ゴウチン殿のことは、兄とは呼んでいない。僕のその考えを読み取ったカイキ殿は小さく笑った。


「母親が違うんだ。それに歳がかなり離れているし兄弟として育った事は無いからあれを兄だと思った事は無い」


 言われてみれば確かに、親子位歳が離れている。この家に潜んでいた時、村人たちの話でカイキ殿は実はゴウチン殿の息子なのではないかという噂もあったけれど。そんな事はなかったんだ。


「俺たちの父親はとにかく強い神力を残そうと躍起になってた。豪朕の母は神力が一番強いと言われていた娘だったが、産まれたあいつは神力を持たなかった。じゃあ次はどうしたかって、自分の妹に子供を産ませたんだ。それが兄様」


 一族は強い力を残すために何度も近親相姦を繰り返してきたという。しかし血の濃いもの同士が混じり合ってしまうと体の弱い子が産まれやすく、早死にする子が増えてしまったそうだ。だから近親相姦を禁じていたのだけれど、結局親子やきょうだい同士で子を生せば強い力のものが産まれるというのはわかっていたからその手段に出てしまった。それも合意なく無理矢理。

 

 結局産まれてきたハク様は強い力を持っていた。でもそれは一族の波風を立てることになってしまったという。妹を孕ませたことに怒り狂ったのはカイキ殿のおじい様だった。娘を可愛がっていたおじい様は息子を追放しようとしたけど逆に殺してしまったらしい。


「実の兄に犯された妹……俺たちの母は気が狂ってしまった。でも強い力の者が産まれるとわかったからまだ使えると判断されて座敷に閉じ込められていたんだ。外に出ることも許されなかったから筋肉が衰えて体がどんどん弱っていて。俺を身ごもったのもまた無理矢理だった、だから母は全てを恨んで呪って死んだ」


 まるで他人事のように話すその内容に、叔父上殿は悲しそうに目を伏せている。


「馬鹿な儂は、長年妹が幽閉されていることを知らなかった。暁明を産んで死んだと聞かされていた。その悲しみを晴らすために数多くの戦場に行ったが故になおさら気づく機会を失っていた、本当に愚かだった」


 叔父上殿にとっても妹だったのだ、大切に思っていたに違いない。カイキ殿の件でようやく生きていたことを知ったのに、結局亡くなってしまった……なんて、悲しい家族なんだろう。

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