大雪 キミとボクの戦い

 あれから十日以上経った。結局僕は何をしていたかって特に何もしなかった。荒れ果ててしまった村のあった場所。雪が降り積もり辺りは真っ白だった。家も木も地面もすべてが真っ白になって、まだまだ雪は降る。

 もうここに人が住む事はないと思う。家は崩れていずれ自然の中にかえることだろう。もしかしたらこの村を懐かしんでこの村の人が少し戻ってくるかもしれないけれどここに住むって事はしないと思う。

 この場所は人ならざる者にわかってしまったから。待ち構えて戻った人たちに襲い掛かるくらいの知恵はある。村人もそれをわかっているはずだ。


 結局中途半端に馴れ合いをするよりは、もう二度とやり直そうと思えない位に何もかも全てなくしてしまうしかない。


 神力の力を少しだけ持った村人たちはその力を使って化け物退治をするのかもしれないし、もう二度とこんな事はごめんだと普通の人なように振る舞って生きるのかもしれない。どう生きるかは自分で決めるしかないんだ。

 本当だったらこれぐらい寒くなってから軍勢で攻めてきてとどめをさそうとしていたんだろうけれど。結局残ったのは僕だけだ。あいつからしてみたら取るに足らない存在。腕を一振りでもすれば僕はあっという間に殺されてしまうだろう。


 それでもこの十四日間、あいつは一度も来なかった。怪我が癒えていないのもあるだろうし、ここを警戒したんだと思う。当人が死してなおその効果が持続する術がある、それがわかってしまったから。

 神力について僕は全く詳しくない。見たり聞いたり感じ取るだけではなく、不思議な術がある事は僕も知らなかった。

 この家はハク様の家。入り込んだら何が起きるかわからないと様子を伺っているのだと思う。どんな仕掛けがあるのかわかったものではない、と。


 僕が入っている時点で何もないと思うのだけれど。もしも、を考えだしたら本当にキリがない。

 例えば体の小さな者には効果がないけれどある程度大きいものは効果があるとか。弱い者には影響がないけれど強い者には影響が出るとか。

 僕がここでハク様のふりをしていた時。あいつは僕がここで何をしているのか見えなかったはずだ。僕とあの人はいつも一緒にいた、だからこういう時にこうやりなさいと何か指示を受けていたら……とか考えてるんだろうな。


「要するに、僕が何をしでかすか分からないからうまく動けないってことなんだろう?」


 どうせいるんだろうなと思ってそう声に出してしゃべった。すると家の周囲からどす黒い空気がうごめいているかのような妙な感覚を感じる。これはあいつだ。


「生憎そんなものは何もないよ」


 本当に何もない。ハク様は僕が戦うの嫌だったんだと思う。だから戦う術は一切教えなかった。


「疑心暗鬼、うまい言葉だよね。疑う心はそこに居もしない鬼を見る。鬼であるお前が鬼を疑うなんて笑い話だ」


殺気が膨れる。


「頭が良くて思慮深いというのは一見するといいことなのかもしれないけど。要するにあれこれ考えておかないと不安で不安で仕方ない、臆病者ってことだ。考えてる暇があるんだったら一歩前に踏み出せばいいだけなのに」


 大きな音を立てて扉が破壊された。入ってくる時はちゃんと扉なんだな、と。こんな状況だというのになんだかおかしい。


「僕はずっとそうしてきた。考えていたらあっという間に殺されてしまうから。烏や猿だよ、相手。人ならざる者でも兵たちでもない。山の動物たちを相手にね。お前はそんなこともできなかったのか、十四日間もダラダラと」


 久しぶりに見るアイツは少し様変わりをしていた。たぶんこれが本来の姿なのだろう、ヨウの見た目ではない。

 頭からは三本の角が生えていて、子供と言えば子供位の大きさだけどもうすぐ大人になりそうな年くらい。頭から布をかぶってしまえば人間と大差ない見た目をしている。

 瞳は血のように真っ赤でこちらを睨みつけていた。雑魚相手に何をやってるんだかって感じだ。


「傷は治った?」


 ピクリと眉が動いた。


「治ってないよね。あの人の神力は本当に強かったから」

「お前、一体何がしたいんだ」

「変なこと聞くね。すぐに殺さないんだ?」


 ああそうか。


「理解できないのが許せないか。自分は頭が良いって思い上がっているから。まだ疑ってるんだね、僕があの人から何かを受け継いでとんでもない力を持っているんじゃないかって。僕は最初にそんなものないって言ったのに、そんなはずはないと、自分を騙そうとしているんだと思い込んで。君には存在しない鬼がもう見えてしまっているんだ。鬼のくせに」


 あいつが動いた。何をするのか見えなかったけど僕をその場を動かない。あいつが目を見開いたようだった。

 僕に何か攻撃を仕掛けた。僕がそれに反応して動いてしまうことをあいつは読んでいたんだ。逃げるであろう先にも攻撃を仕掛けていて、僕が動かなかったからあてが外れてしまった。それがまたあいつを疑心暗鬼にする。今の動きが見えていたんじゃないかと勝手に勘違いをする。

 本気を出して一撃をくり出せば僕はあっさり死んでしまうのに、僕の出方を伺ってしまっている。


とんでもなく臆病者だ。


 それまで人形のように無表情だったけれど。急にあいつがニヤリと笑った。


「仲良しだったここの長は優しかったか」

「うん」

「死に目に会うこともできないかったんだよな、憐れな事に」

「そうだね」

「結界を張る前から俺は村に入り込んでいたから、いろいろとやりやすかったよ。あの女にみんなの注目が集まっているうちに毒を使うことができた」

「そっか」

「最後はゲロゲロ血を吐いて死んだよ。毒だってわかってるのに自分で食べたみたい、死にたかったのかな」

「さあ、知らない」

「あの男が死んだらこの村は総崩れだった。頭が悪い兄が上に立ったおかげでとんでもなく弱い兵が出来上がった」

「ふうん」

「この村が滅んだのは長であったあいつのせいじゃないか。なんて愚かで無様な――」

「ねえ、このつまらない問答をまだ続けるの」

「なんでお前は何も言わないんだ!」


 怒りに満ちた顔、僕をまっすぐにらみつけてくる。強そうな鬼と、めちゃくちゃ弱い小者が睨み合っているというのもなんだかおかしな図だ。先にねを上げるなんてみっともない、自分で仕掛けたくせに。


「あの人を侮辱することで僕の怒りを煽ってるつもり? 遅いよ」


 僕の言った意味がわからないらしくあいつは無言だ。手を見れば爪の長さが三倍位になっている。そろそろ本気で僕を殺しにかかってくるのだろう。


「僕が最後に間に合わなくて悔やんだのも、悲しかったのも、何もかもそれはあの人が亡くなった時に済ませた。あの時に言われていたら怒っていたかもしれないけど、終わったことをただ延々と言われてもあっそう、としか思えない」


 これは本心だ。あの人のふりをしてこの家にずっといる時僕は延々自分を責めていた。そしてそれを背負って生きようと決めた。たっぷりあった時間は僕の決意をかたくして、振り返って、自分をみつめる事ができた。


「そうかよ。じゃあもういいから死ねよ! 雑魚があ!」

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