立冬 犠牲になった子供

 ちらちらと光るものが落ちて来る。冷え込むと思ったら、雨が雪に変わっていた。そうか、もうそんな時期か。最近は痛みばかり感じていたから、体中が痛いんだと思っていたけど。これは痛みじゃなくて寒さだったんだ。

 いつもなら雪だ、寒いなあ、嫌だなあと思っていた。でも貴方と出会った初めての冬は辺りを散歩して、雪にまつわる話や雪の名前を教えてもらってはしゃいでいたっけ。まだ粉雪、というよりあられに近いかもしれない。これからもっと寒くなるとさらさらとした粉のような雪がたくさん降って来る。



 あれから僕はずっと人ならざる者から逃げ回っている。戦うことはしない、絶対に勝てないから。この間の大きな奴は僕の方が有利だったから一撃食らわせたけど、今いる奴らは知恵をつけているし相性が悪い。

 あいつはあれからここには来ていない。興味がないんだろうな、今は村を攻める方が楽しいから。

 増援もないし居る奴をどうにかすればなんとかしのげる。けど、人間たちよりも強いから僕の体もボロボロだった。追いつかれるし一撃が重い。肉が抉れて血が止まらない、体が小さい僕はそれだけで致命傷になる。フラフラになりながらも、地の利を生かしてなんとかしのいできた。


 そして、やっと。やっと、最後の一匹を崖から落とすことに成功した。僕が落ちるふりをしたからかなり危ない賭けだったけど。落ちたふりをして、近くに生えていた草になんとかしがみついて。崖下を覗き込んだ瞬間飛び出して体当たりをしたら落ちて行った。僕も落ちかけたけど……。

 ちょっとだけ意識が飛んでたみたい。戦っている時は雨が降っていたと思ってたら、もう雪だ。冷えるわけだ……。何日も走り回り攻撃をかわし続けていたから村の様子を全く見ていない。まさか皆殺しになってないよね? ふらつく足取りで村を見下ろせる場所まで歩いた。



 その後も何度か人ならざる者たちの襲撃があったんだと思う。その都度兄上殿が出向いて戦っているみたいだけど、完全に彼一人で戦っている感じだ。子供たちは力が足りず死んでしまう子が現れ始めた。女たちがいれば墓を作ってくれたのかもしれないけど、埋葬などをしている余裕がない。

 兄上殿は興味がない、といった様子だ。子供を弔っているのは他所から来た男たち。特に大柄な男は見た目に反してとても優しいみたいで、子供の亡骸の前で涙するくらいだった。そして兄上殿を静かに睨みつけていた。


ついに、恐れていたことが起きる。


 軍勢の前に隊列が崩れて子供が一人あいつらに囲まれてしまった。子供たち同士で固まって刀を振っていたけれどその子だけ取り残されてしまったのだ。

 そしてその子は生きたまま人ならざるものに食われてしまった。取り囲まれたところで後ろから鬼が来たのだ。子供の首を掴むと、そのまま。本当に酷い食い散らかし方をした。あちこちに、いろいろな物をまき散らしながら。その様子を周りの子供や大人たちはぼう然と見ているしかなかった。


「ぎゃああああ!」


 断末魔の悲鳴。とても悲痛なものだ。今僕が走っても間に合わない、逆に場を混乱させるだけだ。悔しくて歯を食いしばる。


 化け物は人を食べる。そうみんなに認識された。


「ひいいいい!?」


 一人、また一人逃げ出すものが現れる。しかし村の周りは化け物たちに取り囲まれている。外に出ようものならそのまま殺されてしまう。暗闇の中から悲鳴が聞こえた。


「何とかしてくれ、お前は長だろう!」


 泣き叫びながら皆が兄上殿に戦え戦えと言う。それは村の人たちがハク様にやっていたのと同じことだ。

 その様子に兄上殿は無言のまま何も答えず何もせず、無表情でみんなを見つめ続ける。やがてその異様な光景に大人たちは黙り込んでしまった。


「ヨウはどうした」


 兄上殿が一番気にかけていた、子供たちの中では一番強い子。さっき食われてしまった子とは二人一組で動いていたはずだった。

 周囲を見渡してもヨウはいない。殺されたんだろうとか、村の外に引きずり出されてしまったんじゃないか、とか。そんな話でざわざわと動揺が広がる。


「ヨウ、ヨウ……」


 他の子供たちが泣いている。このヨウという子供がいたから子供たちは戦いに参加している節があった。子供たちが怖くて泣いていてもヨウは献身的に声をかけて励ましながら士気を高めているようだった。みんなの期待も大きかっただけにその子がいないというのはだいぶ痛手のようだ。兄上殿はその場から去ってしまった。


「なんだあいつ。一番可愛がっていた子が死んだのに一言もなしか!?」

「何とも思わんのか、子供が死んだというのに!」


 大人たちが憤慨する。それはそうだ、子は宝。大人は子を守るためにいるという考えが根付いているみたいだ。それが普通なんだ、たぶん。

 不穏な空気が流れ始める。それは村の者たちが仲違いをしてバラバラに散ってしまったように、このままここで戦っても自分たちは無駄死にするだけではないかという不安が広がっていた。



 次の日の朝、大人たちは兄上殿のもとに集まって話し合いを始めた。


「ここを取りまとめている者としてこの先どうするつもりか、聞かせてもらおうか。まさかこの先もやみくもに刀を振り回してどうにかするつもりじゃなかろうな? 俺の目から見ても暗愚にもほどがある」


 中心になって話しているのは大柄な男。兄上殿に睨まれてもまったく引かない。たぶん心身ともに強い人なのだろう。


「俺のやり方に文句があるなら今すぐ――」

「聞け、糞餓鬼」


 大柄な男の人の冷たい声。兄上殿の表情がピクリと動いたけど何も言わなかった。


「このまま貴様に付き従ったら全滅だ。俺は落ち武者から農夫となったが、戦の手習いは心得ているつもりだ。その俺から見ても貴様の戦い方は馬鹿丸出しで酷い」

「……」

「皆殺しにするために戦っているようにしか見えん。戦場では、貴様のような奴は最初に使い捨てにされるものだ。突っ込むことしか能がない者は、敵陣に向かって突っ込ませて遠くから様子を窺うのが定石だからな」

「……」

「お前、戦で頭目として戦った事がないのだろう。長となってはしゃいでいるだけだ」


 図星だ。黙り込んでしまった兄上殿に、周囲は大きくため息をついて他の男に尋ねる。


「お前はこの村出身だったな」

「あ、ああ……」

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