霜降 僕も、戦う

 大きな体をした化け物が何匹か攻めてきた。まずは見た目で脅しにきたんだ、あんなものが突然来たら恐ろしい。人の背丈をゆうに超える巨大な化け物。武器を持っていないようだけど蹴り飛ばされた人はそのまま絶命してしまったようだ。

 しかもあいつら村の奥深くには振り込まず、周囲を固めていた人たちをなぎ倒したらすぐにそのまま闇の中へと戻っていってしまった。

 これは、ハク様が前に言っていた兵法だ。学をつけてきたんだ。アイツの入れ知恵か。兵法というより狩りかな。獲物をいたぶって外に出てくるのを待っているんだ。中に入って来るのを待っているように、あいつらは外に出てくるのを待っている。そうなると兵糧に限りがある村の人たちの方が圧倒的に不利だ。

 他所から来た男たちは完全に震え上がってしまった。少し兄上殿が叱責してなんとか態勢を立て直せたみいだ。子供たちが先陣を切って戦い始めているのも、男たちの矜持を刺激したみたいで少しだけ士気が戻ってくる。


 でも、それは今だけだ。こんなことが何日も続けば心は疲弊してしまう。なんとか襲撃を退けて子供たちはやったと喜んでいる。兄上殿も次の襲撃に備えろと言ってその場を後にしてしまった。

 残された大人たちはその場に座り込んでしまう。そして、やはり聞こえてくるのは……。


「あれが化け物、初めてみた」

「本当にいたんだな」

「あんなのを相手にしていかなきゃいかんのか」

「なあ、アレを相手にして俺たちに何の得がある。金にならんじゃないか」

「一応、故郷を守る……事にはなるか? ここに誘き寄せることで」


ざわざわ、ざわざわ。


「ここの長、なんだあいつは。いわば頭目だろう、素人か? 戦が下手すぎる」

「猪でもあるまいし、突っ込んで突っ走って馬鹿の一つ覚えか。普段鍬をふるってる俺だって戦いのなんたるかくらい知っているぞ」

「大勢でいる事も、地の利もまったく生かせていない。大勢で戦った事がないのか? 落人か何かなのか」


ざわざわ、ざわざわ。



 兄上殿は強い。ただ、それは一人で戦うやり方だ。きっと村の中でも先陣切って飛び出していったのだろう。叔父上殿もその役割だったようだけど、村人たちから随分と慕われていた。的確に指示を出してここぞという時に尻を持ってくれる人だったんじゃないかなと思う。

 この村は良くも悪くも自分達だけで孤立をしていた。しかも相手は人ではなかった。ハク様の家系の戦い方が全てだったんだ。強い者が凄い、偉いという考えのもと敵を多く倒して人に多くの褒美を貰えていたとしたら……間違った戦い方を覚えてしまっているんだ。一人ひとりが強くなれば最強の兵ができると思い込んでしまっている。


 そうじゃない、得意不得意があって偵察や時には引くことも考えないと。突っ込んだら、殺してくれと言っているようなものだ。

 僕が烏に突き回されたり狸や猿に追い回されたり、いろいろな動物から攻撃を受けてきた。あいつらは頭がいいんだ、僕が二度とその場に近づかないよう徹底的にやるけどちゃんと様子を見ている。そして引き際を心得ている。

命捨てる勢いで突っ込むのが美学、と思ってしまっていては。


バケモノには、勝てないよ。ゴウチン殿。


「やっぱり馬鹿だな、人間って」


 どこからか声が聞こえる。相変わらず僕の事を直接殺そうとはしてこない。山狩りが減ったからてっきり殺しにくるかと思ったけど、今はあっちの方が楽しくて仕方ないみたいだ。


「せっかくだから、お前にも鬼ごっこの相手をやるよ」


 その声と同時にずしん、ずしん、と足音が聞こえてくる。さっきの大きな奴等か。でもなあ、相性が悪いんじゃないかな。


 さっき山から見てた感じではこいつら、動きがちょっと遅い。早く動くと体勢を崩してしまうんだろう。山にいても兎の走る速さと熊の走る速さは全然違った。熊の一歩は大きいけれど、瞬時に方向を変えるのが下手だ。兎は一歩が小さいけれど、あれだけの速さで走りながら急に曲がる事ができる。それは僕も同じだ。

 あいつらが一歩踏み出した時に僕は隠れながら近づいて、思いっきりかかとの上に噛みついた。ここは足を支える大きな腱がある。腱って言葉はハク様から教えてもらったんだけど、ここを傷めるとうまく走れなくなるのは知ってる。何せ僕が他の動物に噛みつかれてしばらく動けなくなったからだ。

僕だって顎の力は強い。そのまま肉ごと食いちぎって急いで離れた。


「ううううう!?」


巨漢の化け物が痛みでうなり、後ろを歩いていたもう一匹にぶつかって倒れこんだ。


「があああ!」


 ぶつかられた方は怒ったみたいだ。たちまち二匹が喧嘩を始めてしまった。


「はあ? はああ~……馬鹿すぎんだろ」


 あいつの呆れた声。二匹はびくりと体を震わせたけどもう遅い。


「馬鹿は嫌いだって言ったよな?」


 勢いよく、二匹の首が飛んだ。あいつが飽きて殺してしまったみたいだ。


「なんだ。ただの塵かと思ってたけど、ちょっとは楽しめるんだな。じゃあ何匹か置いて行くから、頑張れ頑張れ」


 そう言うと完全にあいつの気配が消える。かわりに、獣のようなそうでないような、よくわからない匂いと気配が数匹。

 ……ただでは終わらせてくれないか。たぶんさっきの奴等よりは強いんだろうな。怪我が治りきってない体でどこまで太刀打ちできるかわからないけど、やるしかない。


 吐く息が白くなってきた。夜はかなり冷える。冬がもうすぐそこに来ている。この辺りは雪が良く降るから天気が悪い日が増えて来る。雪が始まれば戦はいよいよ最終局面だ。



霜降

霜が降りるころ

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