聖域を管理する者達
例の町はどうやらその地域では有名らしく、近づくにつれて噂話はどんどん増えてきた。神に守られた町だと言う者もいる。到着したので聞き込みを、という時だった。すぐ近くから怒号が響き騒然となる。
「うん?」
ウィルが振り返った時にはすでに大男が突っ込んできていた。血走った目、腕を伸ばしてくる。この時ウィルの脳内に「あ、人質にされそうになのかな?」という図式が出来上がった。
ズドォン! という凄まじい音とともに、襲ってきた男は地面に叩き伏せられる。
「びっくりしたぁ」
誰がどう見ても細身で優男なウィルが刹那で男を叩き伏せる方がびっくりだ。今住んでいる町に来る前はふらふら旅をしていたのだ、護身術くらい身についている。その場にいた全員がポカンとしていたが、ウィルの声にはっとした教徒たちが急いで男を拘束する。
「お怪我はありませんか!?」
自分たちのせいで申し訳ない、と謝罪をしてくる。
(んー、懐に入るには丁度いいかな?)
まったく問題ないのだが、わざと肩を大きく回す。
「子供の頃習った護身術でしたけど。久しぶりにやったから肩痛めたかも」
「それはいけません、教会でお休みください」
そうしてテンポよくことが運ぶ。妙にとんとん拍子だが、一応今のところ教徒におかしな様子はない。
(教徒は、ね)
教徒たちに男が連れていかれる際「あそこは嫌だあ!」と叫び続けていた。
案内された教会に入ると間もなく司祭が現れた。この度はご迷惑を、と当たり障りない会話をする。
「ところで、襲い掛かって来た男がどこかに行きたくないと喚いていましたが。何かあるのですか?」
怪しまれない程度にとぼけて聞いてみると、司祭はにこやかに答える。
「罪を犯した者。本来は許されざる存在ですが、神はすべの人間に平等です。彼らを本来あるべき人の姿に戻すために送る大切な場所があるのです」
「すっごい大きな教会とか?」
少し馬鹿なふりをしてみる。察しが良すぎるより、相手に説明させる質問の仕方の方が情報を聞き出しやすい。
「いいえ。神の御許、聖なる土地です」
「初めて聞きました。恥ずかしながら、僕は無神論者なもので。無知で申し訳ない」
「おや、そうなのですか?」
「長年旅をしているんです。行く先々でいろいろな人が自分の神の洗礼を勧めて来るのでちょっと」
はは、と小さく笑う。司祭は大変でしたね、とねぎらった。
「そうでしたか。今回ご迷惑をおかけしたお詫び。そして迷える子羊を導くためにも、特別に案内しましょう」
「はい?」
きょとんとするウィルに司祭は優しく言った。
「実際に見て頂ければ迷いはなくなります。参りましょう」
司祭の声に、いつの間に来たのか教徒たちが入り口に立っていた。全員同じ服を着ており少し身分が高いように思える。
「偉大なる聖域、ムイナルへ」
案内されたのは香部屋だった。床板を外すと、地下に繋がる階段があらわれる。
「え、まさかここから?」
「ええ。公にはしていませんが」
不気味な雰囲気はなく、大量のランタンで照らされたそこはなんとも幻想的だ。まるで演劇の舞台のような高台があり、礼拝堂のような装飾品が設置されている。シンボル像は何故か真っ黒だった。
祭壇のような場所は幻想的に緑色に光り輝いている。ランタンなどの灯ではない、石そのものが光っているのだ。その佇まいはまさに神。すると別方向から数人歩いてきて、男の喚き声が響いた。
「さっきの奴か」
ウィルがそう呟くと、司祭が頷いてウィルを男の死角になる位置に誘導する。
「場所を特定されないよう別の場所から入ってもらいました」
男は引きずられるように像の前まで連れていかれると、両手足を縛られる。
「罪を犯した者はまず暴れますので、命を守るためにも最初は拘束します。この辺りは足場も悪い、転落して大怪我をした者がいたのです」
そして男に水を飲ませる、聖水といったところか。教徒たちが祈りの言葉のようなものを唱えると、そのまま男をおいて立ち去った。
「ここだけ見ると冷酷な扱いに見えるでしょうが、罪深き者はまず人の話に耳を傾けません。己と語り合ってはじめて罪と向き合えます。その時になって主は赦すのです」
行きましょう、と促す司祭だったがウィルは頑なにそこを動かない。
「彼はどんな罪を?」
「金を奪うために人を殺しました」
「初めて? 常に?」
「常習者です。何か気になる事でも?」
急にあれこれ聞いて来るウィルに司祭は不思議そうに尋ねる。ウィルはポリポリと頭をかいた。
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