Thesis.16 廃品回収
「ゴミ拾い……か」
御巫の提案に、俺はちょっと気落ちしながら呟いた。
これは教科書的な知識の範囲なので、俺も何を意味しているのか良く分かる。
──
たとえば、『機能』の再現性。
何を当たり前のことをと思うかもしれないが──電力に雷獣を、火力に火車を組み込むような形でインフラを整備することはできても、国民一人ひとりに『怪異』が必要な
要は、『怪異』の絶対数が足りていないから、『国民一人ひとりが持つような端末には
さて、此処で一つ疑問に思うところがある。
何せ、
これについては、結論から言えば『超安価だし超簡単に製造できる』。
そしてそのカラクリの根幹となるのが、今御巫が取り出した瓶の中身にある物質である。
「それ……『酵母』だよな?」
「正解。ダブルスリーナイン社製のじゃなくて自家製の『酵母』だけどねー」
この『酵母』は最大手のダブルスリーナイン社をはじめ、歳旦重工とか幸若化成とか様々な企業から販売されているが、効能的な部分はどれもほぼ同じだ。
バイオマス資材に『酵母』を振りかけると、一〇分ほどで発酵が始まり、数十分から一時間ほどで乳白色の人工タンパク質と不純物の泥に分離する。そこから不純物の泥を水で洗い流せば、機体の材料となる人工タンパク質が残る。あとはそれを整形して機体を作り出すというわけである。
そして此処で言うバイオマス資材とは、広範な有機物──有体に言えば生ゴミである。これこそが
三〇年前の
……ところで、『酵母』が自家製ってどういうことだろうか。そもそも『酵母』の自家培養って法律的にOKなんだったっけ? 確か販売には免許が要るけど、そもそも自家培養に関する法律ってまだなかったような気がするが……。
「昔手に入れる機会があってね。ひと口に『酵母』って言っても、色々あるんだよー? 歳旦重工製は放置するとポソポソしちゃうから小まめにかき混ぜないとダメとかね。ちなみにウチの酵母で作った人工タンパク質は市販品より強度がちょっと高いぞ!」
「おお、そういうのあるんだ。やっぱプロの世界だと違うんだな」
「まぁ誤差だけどね。良いのが直撃したらどうせ関係ないんだし、そんなの気にするくらいなら機能と機体のこと考えるべき」
「自分でかけた梯子を自分で外すなよ……」
じゃあ別にダブルスリーナイン社とかのでいいじゃん……。
まぁでも、使わせてもらえるなら有難いか。せっかくだし機体性能にどれくらい違いが出るかの検証とかもしてみたいしな。
「ゴミを集めて人工タンパク質を発酵生成するっていうのはいいけどさ。そのゴミはどうやって入手するんだ? 自凝県なんて、どこも清掃ドローンのお陰でゴミないだろ」
「それがそうでもないんだけど、まぁ今回は路上で健気にゴミ拾いはしないかな」
御巫はそう言って、瓶を袖の中にしまい込む。
「ちょっとアテがあるからね。友悟の紹介がてら、そっちに行こうか」
「また挨拶しないといけない人か……?」
「友悟はわたしのことを何だと思ってるの?」
それはもちろん、ダメ女だが……。
「むしろわたしはお得意様だよ。この間見せた『Quible』の開発者ね」
「なおのこと挨拶しないとダメじゃないか?」
『Quible』の開発者って、めちゃくちゃお世話になってる人じゃん!
そして伝承師志望の俺としては、核骨のプログラミングツールなんてものを作っている凄腕の技術者とは是非ともお知り合いになっておきたい。めちゃくちゃ渡りに船というヤツである。
「技術者の方はあの人からしたら副業みたいなもんでね。本業関連でゴミも色々出るから、それを使わせてもらおーって感じ」
「……副業? 核骨のプログラミングツールなんてものを作れるほどの技術力で……? それじゃあ本業って何だよ」
御巫の言葉に、俺は首を傾げながら言う。
そのレベルで副業って、もう本業は会社の社長とかそういうレベルにしかならないと思うんだが……。
それに対し、御巫はけろっとした表情でこう返してきた。
「ん? 闇医者」
…………。
やみいしゃ。
…………闇医者!?!?
◆ ◆ ◆
衝撃の発言からほどなくして、俺は御巫に連れられて自動運転車に乗り込んでいた。
窓の向こうには、またしても港湾都市が広がっている。──今日も今日とて、天浮橋市に向かっているのだ。
「なあ、闇医者って天浮橋市にいるのか? やっぱ人と物がゴチャってると治安悪いからアングラな人が集まりやすいのかね」
「うん? 違う違う。天浮橋市は『入口』だよ。まぁ人と物がゴチャってるからちょっとくらい何かが消えても気付かれないって意味では合ってるけどね」
…………入口? まるでどこか自凝県じゃない場所に行くみたいな言い回しだが……。まさかワープゾーンか何かでもあるんじゃないだろうな。
「というか、友悟は疑問に思わなかった? 『怪異』が誘導されているって話を聞いた時にさ」
「……………………へ?」
「ほら。『怪異』が誘導されてるって言ってもさ、それってどこに誘導すればいいの? とかね」
「あっ!」
そう言われて、俺は思わず声を上げてしまった。
そうだ……社会が成立する前提条件なせいで、全く気にしていなかったが、確かに『怪異』って、どこに誘導したって角が立たないか?
自凝県は、全体が『怪異』が管理された安全な場所っていう触れ込みになっている。つまり、自凝県の中には『誘導しても問題ない場所』っていうのが存在しない。『怪異収容所』みたいな場所だって存在しないしな。
でも、どこかには誘導している。……一体どこに?
「『怪異』は、人類特有の認知不協和。誘導するにしたって人の存在しない場所には誘導できないんだよね。磁場の中に金属を置いた時みたいに、自然に磁力に従って引き寄せられてしまう。じゃあどうするか!」
…………まさか。
「……用意したっていうのか。自凝県の下に、もう一つの自凝県を」
「大正解!!」
御巫は愉快そうに笑みを浮かべた。
そんな……そんなことが、あり得るのか。
「元は安全対策だったらしいよ。自凝島は海底火山の噴火で生まれたばかりの島だからね。また噴火活動があったら溜まったものじゃない。だから、
御巫はすっと下を指差して、
「でも、行政は『公式な自凝島』の管理だけで手いっぱいだった。その下にある『本来の自凝島』は手つかずで──それゆえに、アングラな連中が勝手に住み着いた」
……確かに、不思議ではあったんだ。
いくら天浮橋が人と物の流れで溢れ返っていて監視の目が届かないからといって、あんなにも堂々とアングラの伝承師が跋扈しているのは何故かって。
筒粥にしろ鳴釜にしろ、企業由来の組織力をバックにした大戦力だ。それなりに大きな拠点はあるだろうし、御巫と連携しているような警察組織がそれを検挙できていないことに何かしらの事情はあると思っていたが……。
「人呼んで、『黄泉』。そこは自凝県の治安維持組織が介入できない治外法権になってるんだよね」
ヤツらは『黄泉』をホームにしていたのだ。
だから、アングラな伝承師たちがこんなにも跋扈できているのだろう。
「『黄泉』は凄いよー。怪しげな研究所とか変な人とかいっぱいだからね。友悟も
「……うっす」
「敬語」
「これは無理だろ!?」
そんな危険なところにこれから向かうってなったら、それはもう『うっす』しか出て来ないだろ! 『爆発反応装甲』の凄さを身に染みて分かっているからそんなに怖くはないけども!
「で、これから会いに行くのは、そんな『黄泉』の中でも一番デキる凄腕の闇医者なのね」
「御巫の人脈ってなんか凄いよな」
「まぁまぁ、それほどでもあるかな……」
てへへ、と照れている御巫に内心で『コイツ謙遜という言葉を知らないよな……』と思いつつ、俺はさらに話を続ける。
「んで、その人の名前は? 挨拶するのに名前も知らないんじゃどうしようもないだろ」
「ん、そうだね」
御巫はのほほんと頷いて、こう言った。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます