Thesis.3 ゲームチェンジャー
──バイト、やってみない?
俺は、案外その問いを冷静に受け止めることができていた。
というのも、その問いが出て来る前提なら、先ほどまでの世間話にも一定の納得感があったからだ。自称探偵業らしいが、身なりと戦闘力からして明らかに伝承師だ。おそらく業務内容もそっち方面が多いのだろう。
『神憑き』の才があるということで興味が湧いて、色々話を聞いてみて適正があると判断したんじゃなかろうか。
そこまで判断して。
「やるよ」
俺は即答していた。
いやだって、インターンみたいなもんだろ? これ。
俺が派遣留学に来たのは、伝承師になる為なのだ。来て早々業界経験を積む機会に恵まれたのなら、受けない選択肢はないだろう。保険が多いに越したことはない。
留学早々に怪異関連業務の実務経験。派遣留学中も継続すれば新卒時点で実務経験七年だ。夢の展開すぎて断る理由が欠片も存在しないだろ。
「お、即答か。わたしの目に狂いはなかったね」
御巫は、俺の回答を聞いて楽しそうに笑った。
業務内容を一切聞かずに答えるのは勇み足という視点はあるが……何となく、御巫の下で働くという状況はそこまで悪くなさそうだという直感があった。それに、バイトだしな。そこまで責任のある仕事は発生しないだろ、多分。
「バイトってのは何をすればいいんだ? 事務仕事か?」
「そういうのもそのうちやってもらうかもね。ただ、まずは現場仕事かな。現場でも色々とこまごました仕事があるんだよ。それと」
御巫はそう言って、一層真面目な表情になる。
紅い眼差しがすっと細められるのを見て、次の言葉が俺にとって重要な使命になるのを直感的に悟った。
「一番大事なのはこれ。わたしの話し相手」
「話し相手て」
思わずずっこけなかった俺を褒めてほしい。
ツッコミを入れられた御巫は心外そうに眉を顰め、
「いや~、馬鹿にならないよ? 話し相手の有無はさ。探偵の仕事って基本的に孤独だからね。もう独り言が多くなっちゃうのなんのって。コミュニケーション能力維持の為にも話し相手は必要なの。ほら、ワトソンワトソン」
「原典のワトソンってそういう役回りじゃないだろ……」
話し相手の為に雇われるの、俺? っていうかそこでワトソンとか言い出すってことは、さっき言ってた探偵っていう自己紹介はマジだったんだな。
と、そんな感じで軽く呆れ気味になっていると、続けて御巫はこんなことを言い出した。
「さて、そうと決まれば学生寮は早速引き払っちゃおうか」
「はい?」
学生寮を……引き払う? なにゆえ? そんなことしたら俺は宿なしになるのですが???
「友悟、今日島に来たばかりでしょ? それでこの怪異騒ぎじゃん。『誘導』を貫通する以上、学生寮でも遅かれ早かれ怪異被害が発生するよ。それって友悟的にもマズいんじゃない?」
「う……、」
言われてみれば、その通りだ。
っていうか、マジでそうだった。こっちに来る前は怪異の絶対数も少なかったからまだなんとかやっていけたが、この街は怪異によって回る
おそらく、これまで以上の綱渡りは余儀なくされるだろう。
「でも、そうなると宿が……」
「ウチに来ればいいでしょ。わたし、これでも結構羽振りはいいからね。男子高校生一人くらいなら同居人が増えてもどうってことないよ。家の広さ的にも」
「あれ? ひょっとして女神?」
「その代わり、家事はお願いね」
「もちろんでございます」
地獄に仏とはまさにこのこと……!
御巫の申し出に、俺は二もなく飛びつく。
……ぶっちゃけ年上のお姉さんの家に居候とか男子高校生的にヤバイみたいな葛藤もなくはないが──
──宿無しのリスクは、そんな情動よりも遥かに優先される。
俺は、家主兼女神の御巫サマに平服した。
◆ ◆ ◆
その後はとんとん拍子に話が進んだ。
利用した引っ越し業者を尋ねられたので素直に答えると、御巫はどこかに端末ドローンで連絡を取り始め、ものの十数分で俺の荷物を回収してしまった。呆気にとられながら御巫の後をついていくうちに、気付けば雑居ビルの一階にやって来ていた。
荷物は、ドローン配達で既に雑居ビルの四階に配達済みである。……『県外』ではあり得ないハイテクっぷりだ。もちろんこれも、怪異による新技術の賜物。凄まじいと言うほかない。
「『怪異』には、
雑居ビル一階──探偵事務所の事務机についた御巫に早速お茶を出していると、不意に御巫がそんなことを言い出した。
「そもそも『怪異』は、根本的に人間に対してしか行動しない。良きにつけ悪しきにつけ、ね。人類特有の外的不協和と言われる所以だ。友悟もこのくらいは知ってるか」
「まぁ、一応」
伝承師を志す人間として、
話の切り出す行方──というよりは、分かり切った知識を提示する意味が分からなくて、俺は曖昧な返事をする。
出されたお茶を早速手に取った御巫は、それを口に運ぶことなく水面を揺らしつつ、
「
「そう言われると、改めてどうしようもないな……」
「だからこそ、人類の脅威って言われてたんだからね。あの程度でも第三種になるわけだ」
諸説あるが、『口裂け女』の問いかけにはYESと答えてもNOと答えても辿る末路は同じという説が多い。無視して逃げても追いかけられるという話もあるくらいだから、本当に問いかけた時点で攻撃は始まっていると言っても過言ではないだろう。
つまり、問答自体にはロックオン以上の意味はなく、会話のフェーズを進めると自動的に攻撃が始まる──というのが、『口裂け女』という怪異の
「そして、『怪異』は
「そう言われると、意外と地味な『怪異』だな……」
「しかも
うわぁ、散々な言われようだ……。さっきも一撃で潰されてたし、不憫な『
「前時代の『神憑き』は、こういう一般的な『怪異』は扱えなかった。ああいう人達は、犬神とか管狐とかみたいな『たまたま人の益になる
それも、当然ながら知っている。
というか、このくらいなら怪異教育が始まった今の時代は義務教育で習うくらいだ。もっとも、中学三年生の社会科の授業で習う程度の話なので、俺はもっと別口で学習していたのだが。
「ただ、とある技術の登場によってこのセオリーは崩壊した。なんだか分かるかな?」
楽しそうに問いかけて、御巫はようやく茶を口に含んだ。
──時代を変えたとある技術。
人類の脅威であることを
「……『アンチテーゼ・リノヴェーション』」
始まりは、人工タンパク質を用いた量子コンピュータの小型化技術だった。
しかし、人工タンパク質を用いた量子コンピュータに『怪異』を封入できることが発覚したことで、全てが変わった。
人工タンパク質製の量子コンピュータに『怪異』を取り込み、その中で『怪異』を調整することでその存在意義を反転・改変する技術。
即ち、『
「そう! その通り。
そう言って、御巫はお茶を置いて、振袖の中からカードを一枚取り出した。
………………一級!? 一級って言ったら、日本に五〇人しかいないんじゃなかったか!?!? この人そんな凄い人なのか!?
「これマジで?」
「おや、疑ってるの? 心外だな~。わたし、これでも最強だよ?」
「疑ってるわけじゃないけども……いや、納得ではあるか」
そもそも雑居ビルを丸ごと所有してるってどういうことだよとか、いともたやすく引っ越し先を変更させたりとか、考えてみれば予兆はあったか。主に金銭的な関係で。
勝手に納得していると、御巫は何故だか妙に機嫌よさそうな笑みを浮かべて、
「まぁいっか。つまり、伝承師っていうのは
そんな風に言いながら、ごそごそと振袖の中から一つの物体を取り出して、机の上に置いた。
コトリと軽い音を立てて置かれたのは、握り拳二つ分くらいの大きさの、何かの骨のようなものだった。
「…………これは?」
心当たりがないわけではなかった。
むしろ、心当たりがあるからこそ出た問いかけだ。だが、御巫はとぼけるように笑って、
「ん~? 分からないかな、派遣留学生」
「まだ予定だよ。…………
──核骨。
文字通り、
そして当然、取扱注意の精密品だ。これが破壊されたら中身の『怪異』が飛び出してしまうし、何より封入されている『怪異』によってはこれだけでどれくらいの価値があるのかも分かったもんじゃない。滅多な取り扱いはできない(これで何も封入されていない空の核骨だったらお笑いだが)。
「これね、さっき封入した。中身は『口裂け女』だよ」
「…………ペシャンコに叩き潰してなかったか?」
「『怪異』は頑丈だからね~。潰して行動不能にしても、数秒くらいなら死なないの。まぁ死なないだけだけど」
言いながら、御巫は核骨を無造作に放り投げた。
「うおっ……!」
──再三言うが、取扱注意の精密品である。
俺は思わず声を上げて、両手で慎重にそれを受け取った。伝承師ならもっと丁寧に扱えよ……と恨みがましく睨みつけてみるが、御巫はどこ吹く風とばかりに受け流していた。コイツ、良い性格してるよな。
「
「そりゃあどうも」
要領を得ずに相槌を打つ俺に、御巫は薄い笑みを浮かべたまま、こう続けたのだった。
「それ、友悟にあげる。そんでもって最初のクエスト。その核骨を使って、自分だけの
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