第2話 出会い

毎日運動するのは健康にいいらしい。僕の1日のスタートは散歩だ。しかし健康だけが目的ではなく、小説のネタ探しも兼ねている。

 ネタを探す目的で趣味を増やしたりもした。しかしサッカーボールには気をつけてほしい。

 動画を見ながらいろいろと練習をしてみたのだが、結果はボールを踏んだ足を挫いて骨折し、近所のサッカー少年にボールを譲ることになった。全治4週間の犠牲者は出たが、ボールの事が好きな少年と、少年のことが好きなボールの、恋のキューピッド役を果たす。という素敵な立ち位置に立つことが出来た。否。転ぶ事が出来た。

 骨折り損のくたびれ儲けという言葉があるが、微妙にパワーアップしたバージョンの、骨折り損した形無し道化になった気分だ…。

 自分でも何を言っているのかわからない。

 まぁキューピッド役の話ではなく、物語の『起承転結』の『転』の部分で実際に転んだ、というベタなオチだったという話だ。


 今日来たのは、週に2回ほど通る公園だ。

 その公園の意地悪じゃない普通のベンチに座る。都心部では、変わったベンチが増えていっているらしい。”意地悪ベンチ”、”排除アート”。座りにくいベンチの事を言うらしい。

 この町を守っているあのお巡りさんがいる限り、普通のベンチであり続けるだろう。しらんけど。

 あのお巡りさんがいるからこの町は平和なのか、この町が平和だからあのお巡りさんなのか、卵とニワトリ、どちらが先か?問題にまだ決着がついていないのと同じように、お巡りさんと平和、どちらが先か?問題にも、まだ決着はついていない。要約すると、平和と、そのお巡りさんは、親子関係にあるのだ。

 公園を見渡すと、小学1年生くらいのおチビちゃん達が走っていた。

 世間ではハロウィンムード、と言うにはすこぶる物足りないが、道の駅や近所の学校ではそういうムードらしかった。まぁ僕には関係の無い事だ…。むしろ締め切り間近だ。

 おチビちゃん達が遊んでいるのは見ているだけでハッピーな気持ちになれるが、おチビちゃんたちに混ざって変なのが一緒に走っていた。

 一緒にというより、ぶっちぎりの独走だった。手加減(足加減?)している様子は微塵も感じられない。

 くま耳フードが付いた着ぐるみウェア姿。パジャマにもコスプレにも…、いや、変な奴に見える、その姿で疾走している光景は異様だった。


「くま子はやすぎーー」


 途中で走る気を無くした子供達は変な奴にヤジを飛ばしている。


「ノボルくん、おはよう。」


 横から挨拶をしてきたのは例の、平和と親子関係にあるお巡りさんだ。


「おはようございます平和田さん。お久しぶりです。」


 お巡りさんが隣に座る。このお巡りさんの名前は平和田ひらわださん。定年が近いこのお巡りさんは、僕の人生の師匠の様な存在であり、僕の恩人で、さらに僕の小説を読んでくれているファンでもあった。

 ゆるキャラメイクのユーチューバーが、異世界転生をして、ゆるキャラメイク教室を経営する。という内容の、おふざけ未公開作品シリーズが平和田ひらわださんのお気に入りらしい。

 そして平和田さんは平和と親子関係だけでなく、実の子供、孫まで三世代続けてお巡りさんの家系だ。


 僕とお巡りさんは、揃って子供達を見る。くま耳フードの変な奴は、子供達に人生の厳しさを教えるかの様に疾走している。ハンディを重ねて何度も繰り返されるが、結果は変わらない…容赦ねー。それに素人の僕が見ても分かるくらいには、走り方が素人の走りでは無いのだ。


「あなたたち、自分よりも足が遅い友達を見つけるのよ」と、変なやつは子供たちに教えを説いている。


 あのブラックジョークをガチで教えてるのか?確か…クマに遭遇した2人の会話で──


『靴紐を結んだって熊より速く走れるわけないだろ?』

『大丈夫、君より速く走ればいいのだから』


 というアレだ…子どもたちの道徳心をぶち壊しかねない。


「どこから来たんだろうね…特に何も無い田舎に。何も無ければいいのだが。」

「え?」


『くま子』と呼ばれているあの子の事だろうか?


「本人も覚えていないらしい、困った事に。一昨日の夜、駐在所に戻ると、あの子が眠っていてね。何も無ければいいのだが。」

「覚えていない…?記憶喪失でしょうか?」

「そういう事になりそうだね。」


 記憶喪失のフリをした不正入国…?な訳ないか。わざわざ自分から交番に行くはずない…。でもどうして?特に何も無い田舎に?それにどうやって…?


「色々と調べたいことがあってね。実はノボルくんに一つお願いしたい事があるんだ。」

「僕に出来る事なら何でもお手伝いします。何をお調べましょうか?」


 平和田さんの頼み事には、内容を聞く前から返事は決まっているようなものだ。平和田さんは僕の恩人なのだ。

 でも僕みたいな小説家より、平和田さんの人脈を使う方が、多くの事を調べる事が出来そうだが。


「彼女をしばらくの間、ノボルくんの家においてもらえないだろうか?」


 そっちだった…。だよね。まぁ断る理由はないけれど…。


「僕のお家より平和田さんのお家の方がいろいろと安心ではないですか?」

「嫌われているというか、警戒されているというか…、ストレスを与えてしまっているみたいでね。」

「平和田さんでも嫌われる事ってあるんですね…。」

「いやいや、警察官というだけで嫌っている人は意外といるものだよ。あの子はきっと勘のいい子だよ。」


 平和田さんの見えない何かを感じ取っている、と言う事だろうか?


「本来なら病院に見せないといけないのだけれど、あれほど元気なら無理に病院に連れて行くよりは、しばらくはストレスが少なくて、安心できそうな環境で過ごしてもらえたらなと思ってね」


「それで僕の家ですか。確かにあそこはゆっくり過ごせますね。」


 ここは旅立ちの町…。というと聞こえはいいが、住む人がいなくなった一軒家が意外と多く、空き家バンクに多数登録されているのだ。

 僕が住んでいる家は、格安賃貸4LDK。畳にすると50畳より広いかもしれない…。

『起きて半畳、寝て一畳』という言葉を参考にするなら、50畳となると机上の計算では50人は寝ることが出来る事になる。しかしその場合は、本当の机の上どころか、トイレや玄関、本棚の上、洗濯機の上や冷蔵庫の上、階段や浴槽の中でも人が寝る計算になる。

 ……トイレとか冷蔵庫の上でも寝るの…?いやいや。

 我ながら凄い想像をしてしまった…恐ろしい。仮に家賃を人数で割るとするなら、夢のような数字になるのだが、絵面的に考えると、夢でないと困る。

 

 冗談で想像した事だが、被災地の避難所なんかは、プライベートもない空間に大勢が押し込まれるんだっけ…。

 僕のような普通の小説家に被災地の人たちを救うことは出来ないが、記憶喪失で身寄りのない少女に、衣食住を提供する事くらいなら出来る。

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