第2話



 魔物が存在する世界にある、大陸の半分をしめる「死んだ大地」と呼ばれた、赤く枯れた瘴気に満ちた土地。

 そんな土地に隣接した一国に、とある騎士の男がいた。


ーーー



「僕が調査隊に、ですか?」

「あぁ…まだ非公式だけどな」


 男に紙を手渡して、短く頷く大柄の男。

 彼は紙を見返す男の肩にそっと手を置くと、厳つい表情をふっと緩める。


「ここ最近、『死んだ大地』から魔物が大量に溢れてくるだろう?その原因を知るために、調査隊を派遣しようって話が上がってな。その1人としてお前が選ばれたんだ。…ま、危険な場所の調査だ。俺はお前が適任だとは思ってはいるが、じっくり考えおいてくれ。別に断ってくれてもいい」


 ポンポンと肩を叩き、大柄の男はそう言って部屋を出る。


「『死んだ大地』、か…」


 静かにそう呟いて、男はくしゃりと紙を握り締めた。



ーーー



「よう、団長に呼び出されたんだってな。何をやらかしたんだ?」


 男が持ち場に戻るなり、後ろから肩を組む軍服を着た女。

 鬱陶しそうにした男は、そんな彼女をそっと払うと、静かに息を吐き捨てる。


「…別に、君に教えることじゃない」


 小さくそう返し、再び足を動かし出す。

 背中に映った女は、一瞬口角を下げると、すぐさま彼を追いかける。


「そう辛気臭い面すんなって、な?今夜はアタシが奢ってやるからさ」

「…奢りって言ったな?言質は取ったぞ?」

「ゲッ…アンタ、図りやがったな!」

「さ、どうだろうな?」

「このヤロ…!」


 顔を赤くして、男に飛びかかろうとする女。

 彼はそんな彼女をスルリと躱すと、口元を緩めて走り出した。



ーーー



 男の所属する騎士団において、男と女は常に話題の中心である。


 方や、若くして騎士団長にまさるとも劣らない、平民出の男。

 方や、女であるにも関わらず、男勝りな性格の貴族出の女。


 共に訓練をする2人は、常に他の騎士たちからは尊敬の念を送られている。 


「なぁ。お前、いい加減姐さんとはどうなんだ?」


 体術の訓練を終え、一息付いた男に話しかけた背の高い男。

 隣に座った彼はを横目に、男は手に持ったカップを勢いよく傾けると、中の水を一気に飲み干す。


「…別に、何もねぇよ」

「本当かぁ…?」

「あぁ…」


 何処か遠い瞳で、訓練場を眺める男。

 背の高い男は、そんな彼から視線をそっと外すと、同僚と剣を交える女を視界に捉える。


「悪かったな」

「いや、大丈夫だ。気にしてない」

「そうかい。…ま、後悔だけはしないようにな」


 背の高い男はそう言って、そのままその場をあとにする。


 ──女とのこと。

 男とて、考えたことが無かったわけではない。

 気持ちに名前を付けるなら、どんなものになるのかも、もちろん既にわかっている。


「はぁ…」


 大柄の男──団長にもらった紙を握って、男は再び息を吐いた。



ーーー



 酒の席。木製ジョッキに注がれた発泡酒を口に運び、男は女に向かい合う。


「アタシがアンタと会ってからもう3年か。そういやどうすんだ?これからのこと。…このまま副団長になんのか?それともアレか、この前推薦もらってたし王族の近衛になるのか?」


 男共のようにジョッキを置いて、男の肩に腕を回す女。

 卓上のつまみに手を伸ばした男は、それをとるすんでのところで手を止めると、躊躇うように手を戻す。


「お前は…」

「ん?」


 いや、なんでもない。と、いつものように言いかけて、発泡酒と共に言葉を飲み込む。

 泡の消えた水面に映る、女々しく逃げ回る自分の顔。


 言ってしまえば、きっと彼女との関係は変わってしまう。

 だが、言わなければ何も変わらない。


「お前は、怖くないのか?…失うことが」


 水面越しに見える彼女は、一瞬驚いたように目を見開く。


 しばらくの沈黙。


 酒場の外野の声が、男の耳に嫌でもこびり付く。


「──当たり前だろ、そんなこと」


 ボソリと漏れた、弱々しい女の声。

 周囲の騒音よりも、男の頭に反芻する。


「アタシだって、何かを失うことは怖い。…でも、だからといって動かなかったら何も手に入らないし、守ることもできない」

「はは…お前らしいな…」


 ジョッキを手放す女の言葉を前に、男は俯きそう漏らす。


「僕は、お前みたいに強く ・・はない…どんなに鍛錬を積んでも、また、あの時 ・・・みたいに失うんじゃないかって。今が壊れるのが怖くて、怖くてたまらないんだ」


 不意に、発泡酒の水面が揺れる。

 無意識に流れた涙。


 女は肩を回した腕を動かすと、男の後頭部に手を触れる。


「───っ!?お前、何を──」


 不意に男の唇に触れた、柔らかな感触。

 驚いて声を上げようとして、そっと指で押さえられる。


「大丈夫。アンタには、アタシがついているから」



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