後ろの席のワトソン

鵬らなど

ペイントマン

プロローグ

「クソ……、眠れねぇ……」 


唐突に息が苦しくなり、眠っていた脳が覚醒した。


 布団の中はさほど暑くないはずなのに大量の汗をかいており、Tシャツとパンツがびしゃびしゃだった。


 今日何度目かわからない意図しない起床が、精神をゴリゴリと音を立てて削っていった。


 何度も、何度もノンレム睡眠からレム睡眠に切り替わり、夢を見る瞬間。すぐに覚醒してしまい。、自分を殴りつけたくなる衝動に駆られる。


 なんで、あの時に助けてしまったのだろうか。自分をいつも正しいと信じたバチが当たったのだ。


 過去に戻って、東京にいた頃の正義漢ぶった俺を殴ってやりたいと何度思ったことか。


 そんなことができれば、こんな田舎に来ることなんてなかったのだ。


 夢に何度もあの少女を助けようとした映像が頭の中で浮かんでくる。


 明日、というか今日は転校先に初登校だというのに、眠れやしない。


 隣室の祖母を起こさないように寝室を抜け出し、台所に向かう。


 気を紛らわそうとしても、夜が深まれば深まるほどに、心配や不安が積み重ねって目が冴えていく。


 カチカチと、リビングにある振り子時計が静寂の中で響いていた。


 暗い廊下を壁に手を当てながら進み、やっとの思いで台所のシンクまで辿り着く。

 コップに水を溜めて、一気に飲み干す。


 渇いた喉が癒えると同時に、重い鉛の玉が胸に突然現れて身体を重くした。鉛が大きくならない内に自分に言い聞かせる。



 『新天地で俺は全く新しい高校生活を始めるのだ。前の高校での出来事や行動なんかは綺麗さっぱり洗い流される』



 だが、それは応急処置に過ぎず、すぐに次の不安が訪れる。


 でも、仮に生徒の中に東京に知り合いの奴がいたら? ネット記事に晒された俺を見た奴がいたら?


 知っていても、普通に接してくれる奇特なやつはいるだろうか。

 心配事の八割は実際に起こらないなんていうネット記事を見た。でも、二割は起こってしまうのだろう? 俺は運が至極悪い。この場合はどっちに軍配が上がるのだろうか。


 二ヶ月前。俺が宮城県に引っ越してくる前のことを何度でも思いだす。

 目の前で悲しんでいる少女を助けようとするが、少女の冷たい手が俺の腕をがっしりとつかみ離さず、動揺する俺の耳元でこう囁く。


「どうして助けたんだ」


 こんな夜を繰り返していると、いつの間にか外が白んできていた。

 今日は寝ないまま学校に行こう。


 コップを洗い、部屋に戻り電気をつけた。明日の準備の確認のため何度も登校鞄を開いては閉じてを繰り返した。

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