第11話 対決(前)

 泣いても笑っても、朝は誰の元にも平等に訪れる。


 昨夜、自分の人生が結局逃げ場のない袋小路に追い込まれている悔しさで泣いていたはずだが、気が付くと普通に眠ってしまっていたらしい。


 重たい体を起こす。


 わたしが起きた気配を察したカヤが、そっと近づいてきた。


「タリシャさま。本日は、休養をおとりになりませんか?」


 カヤはわたしより4歳年上だ。

 侍女として優秀なのはもちろんだが、こうやって本当の姉のように、気遣ってくれる。その温かい心遣いが、カヤをほかの侍女と別格の存在にしている。


「ありがとう。たしかにそうね。政務はやめておくわ。ただ、代わりに中庭に行きましょう。そして、午後を休養に当てるの」


 カヤはわかりました、とうなずくと、身支度の侍女の手配をすると、部屋の外に出ていった。中庭に行くための準備の差配をしに行ってくれたのだろう。


 本当に、心強い。


 身支度と朝ごはんを終え、一息ついたところで、タイミングよくカヤが声をかけてきた。


「そろそろ、まいりますか?」


「そうね」


 立ち上がり、中庭へと向かう。


 回廊をゆるゆると歩いていると、何かが胸に引っかかった。


「カヤ。そういえば一件だけ、今日に後回しにしてしまった奏上書があるの。確か、今日やらないといけないものだったわ。あの一件だけ、処理したいんだけど」


「タリシャさま……一件ぐらいいいじゃないですか、と言いたいところですが、そうできないのが、タリシャさまですわね。承知しました。一件、処理しにまいりましょう」


 行き先を変更して、執務室へ向かう。



**


 「あなた……」


 執務室のドアを開けて、ソファに人が腰かけているのを見つけ、わたしはこの一件の処理を思い出してしまったことを、心から後悔した。


「お姉さま。お待ちしてました」


 ソファに座っていた人物は、立ち上がった。


 リェン。

 なんてしつこい。


「人の執務室に無断で入るなんて、常識外れですわよ」


 なるべく表情を動かさないようにして、リェンに諭すように言う。

 通じるといいのだけど……。


 カヤが、リェンを追い出そうと動きかけるが、わたしはそれを制した。


「では、普通にお目通りをお願いしたら、お姉さまはあってくださいましたか?」


 思わぬ攻撃に、わたしはひるんだ。


「……会わなかったでしょうね」


「であれば、わたしはこうやってでしか、お目通りはかないませんでした。違いますか?」


 こんなに、聡い面もある子だったとは。でも、考えは足りない。


 わたしは一つ、諦めのため息をいさ小さくついた。


「違いません。ここはあなたの作戦勝ちですね。なにか、言いたいことがあるのですか?」


 相手をしない、と決めていたのを曲げて、リェンの用向きを尋ねる。

 でも、着席は促さない。それが、無作法を働いたリェンに対するわたしの答えだった。


 彼女には伝わらないかもしれない。


 でも、この国の王家でやっていくには、わからなかったらいずれ潰れる運命だ。

 手加減してあげるつもりはない。


 リェンはわかったのかわからないのか、着席を促されていないことにも気が付かないようなそぶりで、立ったまま勢い込んで話し始めた。


「『地脈の巫女』の力、ってなんですか?」


 地脈の巫女とは。


 わたしが最近、胸の中で繰り返し問い続けている問いには似ているけど、おそらくリェンの問いは、もっと簡単なものだろう。


 簡単すぎて、逆に答えるのが難しいものだ。


 例えば水ってなに、と問われたら、水なんて概念は当たり前すぎて、いちいち定義を考えない。わたしにとって地脈の巫女と言うものは水のように当たり前すぎるもので、今更それが何なのかを考えるようなものではない。


「地脈の巫女の可能性がある、と言われているのに、その力が何なのかを知らないのですか?」


 地脈の巫女の可能性がある、は完全にカマだ。


 リェンはきっと誰かからそう言われているのだろう、とは思っているけど、誰かに尋ねるわけにいかない。カマをかけるのにはちょうどいい機会、わたしはこれを逃さなかった。


「だって、誰もその力がどういうものかは、教えてくれなかったわ!」


 やはり。

 地脈の巫女の能力がある、と言われて王宮にきたのだな、と納得はしたが、それを表情に出さないように気をつけた。


「教えてくれなくても、この国に生まれたなら、知っているでしょう?」


「実りの豊穣を保証し、地脈を安定させ災いを防ぐ」


 子供のころから叩き込まれる、フレーズ。

 これを知らなかったら、仮に容姿が土の民のものであっても、土の民とは認められない。

 それぐらい、土の民とっては、当たり前のことだ。


「わかって――」


 いるじゃないの、と言おうとした言葉は、リェンに遮られた。


「でも、地脈の巫女としてどうすればそれを叶えることができるのか、誰も教えてくれないの!」


 血を吐くような、という言い方はこれか、と言うような表情で、リェンは半ば叫ぶように言い募った。


 なるほど、という気持ちと、まさかそれを言う?という気持ちがぶつかり、すぐに何を返せばいいのかわからなくなった。


 感情が高まったリェンは、両の目からポロポロ涙をこぼし始める。


「あ、あなた、右大公家の姫でしょう?右大公家は教えてくれなかったの?」


 異能は、自分の氏族の精霊由来だ。右大公家は精霊を祀る家なのだから、下手したら王家よりも地脈の巫女の礎になる異能について、詳しいはず。


「先代の巫女に習え、と。そう言われました」


 不審なことを言うリェンに、わたしは眉をひそめた。


「先代の巫女は……もう身罷みまかられたから、教われないわよ」


「身罷られた?」


 負けじと、リェンも眉を顰める。


「何をおっしゃってますの?いらっしゃるではないですか?今、わたくしの目の前に」

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