第十八話 聴取──真実と誤魔化し

 別室は薄暗く、潮の匂いが沈殿したように重かった。

 ランタンの橙光が揺れ、壁の鉄が鈍く光る。


「座れ」


 ブレイカーの低い声に、ナナミはピタッと固まったあと――ぎこちなく腰を下ろした。

 胸はドキドキで破裂寸前だ。


「オレの名前はブレイク。 ’’ブレイカー’’と呼ばれることが多い。まずは名前から教えてくれないか?」


 黒髪短髪、頬には大きな十字傷、目の前の筋肉隆々で大柄な男性は自身の自己紹介をしている。

 声色からナナミに対する敵意は感じないものの……その大男の見た目は威圧感が凄まじい。ナナミは怯えていた。


 髪飾りからアストラルの声が聞こえる。


(ナナミ、落ち着いて。大丈夫よ)


(だ、大丈夫じゃない……副長怖すぎ……!)


「……ナ、ナナミです」


 ガチガチに固まっているナナミの前にカツン、と机に海晶核が置かれる。

 黒藍の光がぼんやり脈動した。


「――どこでこれを手に入れた?」


 ついに来た。

 ナナミは息を詰め、喉がひゅっと鳴る。


 だが、誤魔化しようがない部分もある。

 ゆっくり口を開いた。


「……アビスリフトに……飲み込まれて……たどりついた先で、拾いました」


 ブレイカーの肩が、わずかに動いた。

 驚愕が表情に出ない代わりに、部屋の空気がピタリと止まる。


「……アビスリフト、だと?」


「は、はい……深い海の……真っ暗なところで……」


 しばし沈黙。

 やがてブレイカーは重く息をついた。


「普通なら死んでる。……どうやって戻ってきた?」


(来たぁあああ!!絶対聞かれるところ!!)


 ナナミは覚悟を決め――


「……深海で気を失ったんです。その後……目が覚めたら、光海帯の外れで……。どう戻ったのかは……本当に、わからなくて」


「……なるほどな」


 強い視線が突き刺さる。

 真偽を図っているのだろうか。

 僅かな間のはずだが、重厚な空気から非常に長い時間に感じる。


「だから、そのナリか」


「は、はい……生きては戻れましたけど……見ての通り、もうヘトヘトで……。荷物も全部流されましたし、何もなくて……だから、一刻も早く換金して宿に行って……休みたいんです」


 途中から声が震えてしまい、最後は情けなくかすれた。


 ブレイカーは海晶核を一つ手に取り、脈動する光をじっと見つめる。


「……アビスリフトの明くる朝。バニッシュクランから遺失物の報告が来ていた。現場に残されていたのは“女性の足跡”だ」


「!」


「そしてこの深海でしか獲れない海晶核……」


 ナナミは息を呑んだ。


(足跡……私の? うそ……そんなもの残ってたの……?)


 ブレイカーは海晶核を並べ直しながら続ける。


「さらに……その日、ひとりのダイヴァー見習いの女が“無能”とレッテルを貼られ、クランから追放されたという話も聞いた」


 ナナミの肩がピクリと跳ねる。


「名は聞いていないが……状況を聞く限り、もしかしたら――」


 そこまで言って、ブレイカーは首を振った。


「いや、詮索はしない。今重要なのは“事実”だ」


 彼の目がナナミに向く。


「――深海で生き残った。そして海晶核を持ち帰った。……ナナミ、よく帰ってきてくれた」


 その時のブレイカーの顔は今までの厳しい顔つきではなく、穏やかな表情と瞳だった。


 胸の奥で何かがほどけるような気がした。


 ……信じてもらえた?


(完全ではないが、ナナミの“生還”という成果を認めているようね)


 アストラルの声が聞こえた。


「査定だ」


 ブレイカーは淡々と告げる。


「深海クラスが三つ。ひとつ金貨10枚で計、30枚。

 光海帯ランクCがひとつで銀貨3枚。……合計、金貨30枚と銀貨3枚だ。それで良いか?」


「き、金貨三十枚……!?」


 ナナミは椅子ごとひっくり返りそうになり、ナナミの頭の中ではアストラルが’’落ち着いて’’と慌てて声をかける。


 ブレイカーは口端をわずかに上げた。


「生還の価値だ。遠慮するな」


 袋を手渡され、ナナミは涙目で受け取る。


「その……本当に、ありがとうございます……!」


 ブレイカーは立ち上がり、背を向けながら言った。


「――ナナミ。仕事で困ったら来い。24時間いつでもだ」


 あまりに真っ直ぐな言葉で、心臓が跳ねた。


「私なんかが…いいんですか?」


 ブレイカーは扉へ向かい、ふと立ち止まる。


「ああ。それに宿、探してるんだろう」


「えっ……あ、はい!」


「この街なら通りにある“海辺の子ブタ亭”が手頃だ。食事付きで女一人でも安全だ。……今日は休め」


 ナナミは思わず深く頭を下げた。


「……はいっ!ありがとうございます!」


 扉が開き、潮の匂いが流れ込む。

 ナナミの背中には袋の重みと――胸の奥には、ささやかな光が灯っていた。


【TIPS:貨幣価値】


本世界の通貨は、以下の順に価値が高い。


蒼晶貨 > 金貨 > 銀貨 > 銅貨 > 鉄貨


換算レート

• 鉄貨10枚 ⇒ 銅貨1枚

• 銅貨10枚 ⇒ 銀貨1枚

• 銀貨10枚 ⇒ 金貨1枚

• 金貨100枚 ⇒ 蒼晶貨1枚


※蒼晶貨は深い海の希少結晶を用いる特別貨幣、金貨とは桁違いの価値をもつ。


生活相場の例

• 安宿1泊:銀貨1〜3枚

• 食堂の定食:銅貨3〜5枚

• 光海帯の海晶核:銀貨2枚以上

• 深海級海晶核:金貨10枚以上


【ナナミのお財布】

 金貨30枚、銀貨3枚

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る