第8話:チンピラを電撃パンチで消臭
公爵邸での生活は、私にとって夢のような日々だった。 なにせ、失敗しても怒られないのだ。 それどころか、ラインハルト様は私の失敗作(副作用付き)を「素晴らしい個性だ」と絶賛し、屋敷の使用人たちも面白がって受け入れてくれている。
「……でも、このまま甘えてばかりじゃダメだよね」
私は自室で、決意を固めていた。 公爵邸の素材庫は充実しているけれど、調香師として成長するためには、自分の足で新鮮な素材を採取しなきゃいけない。 それに、いつまでもラインハルト様に養ってもらうわけにはいかないし……
(いや、一生養うと言われた気もするけど、それはきっと貴族特有の冗談に違いない)。
「よし、冒険者ギルドに行こう!」
私はお気に入りの『
◇◆◇
冒険者ギルドの扉を開けると、そこはむせ返るような熱気と、汗と酒の臭いが充満していた。
「うっ……くさ……」
思わず鼻をつまむ。調香師にとって、悪臭は敵だ。 私はビクビクしながらカウンターへ向かい、受付のお姉さんに声をかけた。
「あ、あの……冒険者登録をお願いしたいんですけど……」
「はいはい、新規さんね。職業は?」
「ちょ、調香師です……」
「調香師? 珍しいわね。戦闘はできるの?」
「いえ、無理です! 私なんてスライムにも勝てない自信があります! なので、安全な薬草採取クエストを受けたくて……」
私の情けない返答に、周囲の冒険者たちが「プッ」と吹き出す音が聞こえた。 結局、私は一番下の「Fランク」として登録された。 Fランクのプレートを受け取り、すごすごと掲示板へ向かおうとした時だった。
「おいおい、嬢ちゃん。ここはガキのお使いが来るところじゃねぇぞ?」
ドカッ、と足元に影が落ちる。 見上げると、そこには薄汚い革鎧を着た、いかにも柄の悪い男たちが立っていた。三人組だ。
「ひぃっ!?」
「調香師だぁ? そんな軟弱な職でダンジョンに入ろうなんて、自殺志願者かよ」
リーダー格の男が、ニタニタと笑いながら私を見下ろす。 顔に大きな傷があり、腰には錆びついた剣を下げている。いかにも「チンピラ」という風貌だ。
「ご、ごめんなさい! すぐ帰ります! 邪魔してすみませんでした!」
私は反射的に謝り、逃げようとした。 けれど、男たちは私の進路を塞ぐように取り囲んだ。
「待てよ。登録料払ったんだろ? 金持ってんじゃねぇか」
「そ、そうです! お金ならあげますから! 痛いのは嫌ですぅ!」
私は涙目でポーチを探る。 情けない。本当に情けないけれど、殴られるよりはマシだ。 しかし、男の手が伸びたのは、私の財布ではなく――腰の『戦帯』だった。
「おっ、なんだこれ。綺麗な色の水が入ってんなぁ」
男が一本の小瓶を抜き取った。 それは、私が今朝、ラインハルト様のために作った試作品『
「あ、それはダメです! まだ調整中で……!」
「うるせぇな。どれ、いい匂いがするのか?」
男は無造作にコルク栓を抜き、瓶を逆さまにした。 中身の液体がドボドボと床にこぼれ落ちる。
パリンッ!
そして、空になった瓶を床に叩きつけ、粉々に割ってしまった。
「……あ」
「ケッ、甘ったるくて吐き気がする匂いだぜ。こんなもん作る暇があったら、俺たちの靴でも舐めた方が役に立つんじゃねぇか?」
男たちは下卑た笑い声を上げ、私の肩を小突いた。
「おい、聞いてんのか? なんとか言えよ」
床に広がるオレンジ色の液体。 割れたガラス片。 それは、私が「ラインハルト様に喜んでもらいたい」と思って、徹夜で調合したものだった。 彼が「最近よく眠れない」と言っていたから、少しでも安らげるようにと作ったものだった。
「……ひどい」
「あぁ?」
「ごめんなさい……私なんかが……言い返すなんて……」
私の体は、恐怖でガタガタと震えていた。 怖い。 殴られるのが怖い。怒鳴られるのが怖い。 でも、それ以上に――。
(許せない)
心の奥底で、何かがパチンと弾ける音がした。 私の手は、無意識のうちに腰のポーチへ伸びていた。 指先が触れたのは、厳重に封印された黒い小瓶。
『
「おい、何ゴソゴソしてんだ? まさか武器でも出す気か?」
男が剣の柄に手をかける。 私は震える手で、その小瓶を取り出した。 蓋を開ける時間なんてない。 私の感情は、もう限界を超えていた。
「もう……どうにでもなっちゃえぇぇ!!」
私は叫びながら、素手で小瓶を握りつぶした。
パァァァン!!
ガラスの破片が掌に突き刺さる痛み。 それと同時に、脳髄を焼き尽くすような強烈なスパイスの香りが、爆発的に広がる。 恐怖が消し飛ぶ。 視界が赤く染まる。 心臓の鼓動が、早鐘から重厚なエンジンのような音へと変わっていく。
「ぐっ!? なんだこの煙は! 目が痛ぇ!」
男たちが咳き込む中、私は深く、深く、その香りを吸い込んだ。
「…………あー、やっと目が覚めた」
煙の中から、私の声が響く。 いつもの怯えた声ではない。低く、ドスの効いた、地獄の底から響くような声だ。
「え?」
男たちが動きを止める。 私はゆっくりと顔を上げた。 瞳孔が開いた私の目は、目の前の男たちを「人間」としては認識していなかった。 そこにいるのは、ただの「動く粗大ゴミ」だ。
「おい、ゴミ共。誰の作った香水をドブに捨てた?」
「な、なんだお前……急に……」
「臭いんだよ。口臭も、体臭も、その腐った根性も。――まとめて『消臭』してやる」
私はニヤリと笑うと、『
「DJタイムだ。盛り上がっていこうぜ?」
私は両手の小瓶を空中に放り投げ、落ちてきたところを同時に掌底で叩き割った。
ガシャァァン!!
二つの液体が空中で混ざり合い、私の両腕を包み込む。 柚子の香りと共に皮膚が鋼鉄のように硬化し、山椒の刺激臭と共にバチバチと電撃が迸る。
「ひっ!? ま、魔法使いか!?」
リーダー格の男が慌てて剣を抜き、私に向かって振り下ろした。
「死ねぇっ!!」
「遅い」
私は避けることすらせず、左腕を掲げた。
キィィィィン!!
甲高い金属音がギルド内に響き渡る。 錆びついた鉄剣は、私の『
「は……? 折れ……?」
男が目を見開き、折れた剣と私を交互に見る。
「あ? 誰に口利いてんだ三下」
私は男の胸倉を掴み上げ、至近距離で睨みつけた。
「武器のメンテもできねぇ素人が、プロの道具にケチつけてんじゃねぇよ」
「ひっ、あ、悪かっ……!」
「謝罪は閻魔様にしな。――『
ドゴォォォォォッ!!
私の右拳が、男の腹部にめり込んだ。 『
「アババババババババッ!!?」
男は人間とは思えない悲鳴を上げながら、感電と打撃のダブルパンチで吹き飛んだ。 そのままギルドの頑丈な壁に激突し、めり込んだまま動かなくなる。
「あ、兄貴!?」
残った二人の手下が、腰を抜かして後ずさる。
「逃がすかよ。汚物は消臭だ」
私は両の拳を打ち合わせ、バチバチと火花を散らした。
「おいおい、まだ二匹残ってんだろ? まとめてかかってこいよ。挽肉にしてハンバーグの具材を増やしてやるからさぁ!!」
「ひぃぃぃぃ!!」
男たちが逃げようと背を向けた瞬間、私は床を蹴った。 調香師とは思えない速度で回り込み、二人の首根っこを掴む。
「おらぁッ!!」
ズガァァァン!!
二人まとめて床に叩きつける。 ギルドの床板が粉砕され、土煙が舞い上がった。
「消臭完了」
私は電撃を纏った拳をフゥーッと吹き、埃を払った。 静まり返るギルド内。 冒険者たちも、受付のお姉さんも、ポカンと口を開けて私を見ている。
「ふぅ……あー、スッキリした」
そう呟いた瞬間、視界がぐらりと揺れた。 スパイスの効果時間が切れたのだ。
――――――――――――――――――――
★★あとがき★★
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ついにティアの「物理無双(ギルド編)」が開幕しました! 「か弱そうな調香師」が、一瞬で「電撃パンチのバーサーカー」に変貌するギャップ。 『
「ティア強すぎw」「スカッとした!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、ぜひ画面下の★評価や作品のフォローで応援していただけると嬉しいです。
それでは、また次のお話でお会いしましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます