夜明けの星 朝焼けの花

上杉きくの

序章 夜明けの星

晩夏

 君が眠るこの島に、また蛍露草ほたるつゆくさの花が咲いた。


 私がここに留まって、二年近くが過ぎた。過ぎてしまった。夜は満天の星が広がり、日が昇れば緩く広がる大地が緑に輝く無人の島。今はもう、近隣の村から舟が訪れることもなくなった。

 遠く波打ち際から届くかすかな潮騒しおさいの音は、小さな島全体を穏やかに包み込んでいる。視線を上げれば夏も終わりかけた薄い青空の中に雲が一つ浮かんでいるのが見えた。しばらく、雨の降る気配はなさそうだ。


 クーウェルコルト南端、クミン領。

 あるじと私がメルイーシャから辿ってきた道はここで途絶えた。君は死に、その亡骸なきがらをこの島に埋めるようにと私に命じ。以来私はこの島で一人変わらぬ日々を過ごしている。


 あの日、君が私に残した言葉を思い返す。何度となくその響きをなぞってみても、君の意図を理解することは難しかった。


『君は君のしたいように生きてほしい。どこに行ってもいいし、何をしても自由だ』


 自由に生きること。

 好きな場所へ行き、好きなことをすること。

 君のいない世界で、私はどのように生きてゆくべきなのだろうか。どう振る舞えば私は君の意に沿えるのか。君は何故、私のことを連れて行ってはくれなかったのか。答えは未だ見つからないまま、私はここに留まり続けている。


 もうしばらくすれば夏も終わる。今年の蛍露草も、やがて私を置いて枯れてゆくのだろう。


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