負けっぱなしの下剋上戦記

南賀 赤井

彼女の領域と俺の敗北


俺、笹野玲司は、生粋のゲーマーだ。学校の成績は中の上。運動神経は中の下。だが、コントローラーを握らせれば話は別だ。この世界(ゲーム)において、俺は誰にも負けない。そう、あいつを除いては。


そのあいつ――天堂沙耶香は、俺が通う県立高校の、言うなれば「頂点」に君臨する存在だ。校内ヒエラルキーの女王。誰もが認める才色兼備の優等生で、俺のようなゲームセンターの常連とは住む世界が違う。


初めて沙耶香に強烈な憧れを抱いたのは、夏の日の放課後だった。誰もいない教室で、俺が難しいパズルゲームのタイムアタック動画を見ていたときのこと。彼女は窓際で分厚い専門書を読んでいた。


「笹野くん。そのパズル、無駄が多いわ」


突然の声に驚いて振り返ると、沙耶香は本から目を離さず言った。


「その一手前の操作で、五手先の配置を最適化しないと、タイムは縮まらない。それは、複雑な数式を最短で解くのと全く同じ原理よ」


彼女は一度もそのゲーム画面を見ていない。だが、俺が何十時間もかけて気づいた攻略の核心を、たった一言で言い当てたのだ。彼女はゲームに興味がないはずなのに。


それが、天堂沙耶香という少女だ。勉強、運動、芸術、そしておそらく、ゲームでさえも。彼女は努力ではなく、圧倒的な「センス」と「効率」で、全てを支配している。


その日以来、俺の目標はただ一つになった。


「あの天才を、俺の力で驚かせること」


俺は沙耶香に振り向いてほしかった。ゲームの世界ではなく、彼女が「たいして興味がない」と思っている、彼女のフィールドで、一度でいいから勝ってやりたかった。


そして、その決意を胸に、俺は放課後の教室で、彼女に声をかけたのだ。


「天堂、俺と勝負してくれ!」


沙耶香は、優雅に読んでいた難解な量子力学の本を閉じ、涼しげな瞳で俺を見つめた。その表情に、わずかな興味すら浮かんでいないことが、俺には痛いほど分かった。


「あら、笹野くん。何の勝負かしら?」


「次の期末テストの総合得点だ!勝てたら、俺の誘いを一度でいいから受けてくれ!」


玲司は、自分が勝てる確率は限りなくゼロに近いことを知っていた。だが、全身全霊を込めて勉強した。睡眠時間すら削り、ゲームの攻略と同じ熱量で教科書と向き合った。


そして、テスト結果が返却された日。


俺が、全力を尽くして手に入れた432点に対して、彼女は498点。全科目95点以上。

結果、完敗。


沙耶香は、俺の絶望的な顔を見て、少しだけ微笑んだ。


「ごめんなさい、笹野くん。私は努力の量より質の高さを重視するの。それはゲームでも勉強でも同じよ」


その一言が、俺の初めての挑戦を、まるでチュートリアルを終えた後の雑魚敵のように打ち砕いた。

だが、俺の心は折れなかった。敗北は悔しい。だが、俺の熱意が、一瞬でも彼女の視線を奪った気がしたからだ。


「上等だ、天堂沙耶香。次は、運動で勝負だ!」


負けっぱなしの下剋上戦記は、こうして始まった。

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