魔法少女はぱんつ丸見えでも気にしない ~某は漢ゆえに~

第1話 東山雫は忍ばせない


 擬態を看破されたのは、初めてだった。東山雫ひがしやましずくは、木と一体化しているジンを訝しげな目で見ている。

 このただの女子高生は、高位の忍びであるジン・キサラギの術を見破ったのだ。いや、今はジンではなくリンだったか──そんなことはどうでもいい、とジン改めリンは首を振った。護衛対象に怪しまれているこの状況をなんとかするのが先決だ。

 ひとまず、「新しい殺し屋さん?」どうにかする前に雫が口を開いた。栗色の瞳がリンを覗き込む。金縛りにあったように、動けなくなってしまう。そうすることで自分は木だと無言で主張してみたが、どうやら雫はそうは思ってくれないらしかった。

「わたしを殺したい人ってたくさんいるみたいなの。早いものがちだけど、みんなすぐに諦めて帰っちゃう。昨日の顔に大きな傷の入った殺し屋さんが──あなたかわいい顔してるね。女の子は珍しいかも。その格好忍者のコスプレ……じゃなくて本物だよね」

 額に汗が滲む。平静を装うのに難儀する。話と違う。東山雫はただの一般人だと聞いていた。

 朝の通学路。通行人は多い。声でも上げられたら、厄介なことになる。全員を眠らせるのは、いくら魔法が使えるようになったといえ、骨が折れる。

 かくなる上は──

「某は間者でも暗殺者でもない故、どうかここで顔を合わせたことはご内密に……」

 冷や汗で顔面の塗料が流れ落ちていきそうだった。雫は鼻を利かせるように顔を突き出して、にんまりと笑った。くるりと軽やかに身体を回転させ、そのまま距離を取って言った。

「じゃあ取引。黙っててあげる代わりに、家からずっと尾行してる悪い人たちを倒して」

「悪い人……むっ」

 リンは指摘されてようやくその殺気を感じ取った。雫の背後、電柱の影と民家の屋根、確かに禍々しい気配を漂わせている何者かが潜んでいる。

「見たところあなたちょっと強そうだし。ただお掃除してもらうだけじゃつまらないから、わたしが学校に着くまでの間にってことで、どう?」

 雫は鼻が効くようだが、人を見る目は優れていないらしい。

 ゲームにしては簡単すぎる。

「承知」

 返事と同時に、リンは高く飛び上がった。指の隙間に出現させたクナイを屋根に向かって投げつける。腱を断裂した一の刺客が、短い悲鳴を上げてずり落ちていく。

 空中を蹴り、リンは刺客を回収する。両手足を拘束し、空き地へと投げ捨てた。

 次。

 二の刺客は異変に気づいたようだった。だが、遅すぎる。見えない糸が二の刺客の両腕を釣り上げた。瞬時に接近。羽交い締めにし、意識を落とす。刺客を抱えて跳躍。再び空き地へと──南南西300の地点から銃弾が発射される。狙われているのは、自分だ。

「まったく雫殿も人が悪い」

 リンは指先で鉛玉を掴み取った。拳銃弾だった。この程度障害にもならない。すかさず投げかえし、第三の刺客の左肩を貫いた。

 刺客をひとまとめにし空き地へと放置した。後援が回収してくれることだろう。

 雫は校門の前でリンを待ち構えていた。感心したように手を叩いている。

「もう片付いたんだ。すっごーい、やるじゃん」

「ただの人間など相手になりませぬ」

「ふぅん。賭けはわたしの負けだね。どうするの? 殺す?」

「いいえ」

 リンが外套を翻すと、全身が漆黒に覆われた。すると、次の瞬間には雫と同じ高校の制服姿に変わっていた。ブレザーにスカートは、もちろん女子のものだ。

「予定は大幅に狂いましたが、やることは変わりません。今日からわたしとあなたは学友です。くらすめいと、というやつです」

 雫は目を丸くして、身体を曲げて笑った。比喩ではなく、本当に腹を抱えていた。

「そういうパターン! うん、そっか、それならそれでいいや。よろしくね。知っていると思うけど、わたしは雫、えっと、あなたは?」

「リンです、彩峰鈴あやみねりんと申します」

 リンは膝をついて、雫に頭を垂れた。


 ちょうど一週間前のことだ。リンとなる前のジンは、忍び屋敷の板の間で同じように跪いていた。

「女子高生……ですか」

 暗闇にゆらめく灯籠の火。あぐらを組んだ師父は、キセルを咥えてジンを見下ろしていた。

「不服か。ならよし、その首跳ねようぞ」

 師父は鞘から刀を抜いた。ジンは微動だにしなかった。

「いえそのようなことは……しかしながら、恐れ多くも申し上げます。その仕事、我が身にはあまりにも不釣り合い。準備に些か苦労するやもしれませぬ。しからば、他に適任のものがいるかと思われます」

「貴様の憂慮、実にもっとも。くノ一に任せよと申すのだな」

「はっ、左様でございます」

 ジンは深く頭を垂れた。師父はキセルを吸い、ぷかぁ~っと煙を吐き出す。

 自分は世俗に疎い。高等学校への潜入任務など不得手も不得手。人を殺す術は心得ていても、人と仲良くする術は心得ていない。忍びにも適材適所という言葉がある。妹の春などに任せた方がよほど上手くいくだろう。

「しかもその高等学校とは女学校。貴様のようなむさ苦しい男よりも、社交性に長けた女子を選ぶべきだと──そう申すか」

「はっ、まさしく」

 師父はジンの肩に手を置いた。顔を近づけて囁く。声が両側から聞こえているような錯覚がした。

「なら話は早い。なってしまえばよかろう、その女子に」

「はっ……は?」

「わしが貴様を女にしてやろうぞ」

 師父は耄碌された、そう思うしかなかった。


 廊下の窓ガラスに映る自分は、どこからどう見ても女だった。元の面影など無い。雫よりも頭一つ小さく、肌に生傷もない、軟弱で貧弱な身体。髪留めなどをしたのは、生まれて初めてだった。変装や、生計の類いではない。いうなれば変身。生物学的に女性の身体へと変化している。異なる力──師父は楽しそうに魔法少女だと言っていた──がそうさせている。不可能を可能にしている。原理はリンには理解できなかった。

 前を歩く雫が振り向いた。

「リンちゃんもわたしの力が目当て?」

「いえ……某は御身を御守りするために参りました」

 雫もまたその異なる力を操る人間である、と師父はそれだけをジンに伝えた。詳細は一切不明。彼女が何者なのか、力をどのように扱えるのか、そういった重要な情報は共有されていない。忍びとはただ主命に従うだけの難儀な生き物だった。

「へぇ、ならよかった。リンちゃんみたいなかわいい子が、酷い目にあうところは見たくないもんね」

「酷い目……ですか」

「もしかして知らないの?」

「いえ……某は……言えませぬ」

 リンは目を伏せて沈黙した。口にできることは多くなかった。たとえ本当になにも知らなくとも、知っていると思わせることに意味があった。しかし、初手で躓いている。だからリンは自分は潜入に向いていないのだと自覚していた。

 雫は言った。

「そっか、なら知らない方がいいよ。知れば嫌いになるだけだからさ、雫ちゃんをね」

 向き直って、雫はまた歩き出した。

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