1900年に転生した俺は、ニュージーランドで最強国家「蓬莱」を建国する 〜先住民と手を組み、オーストラリアを併合して経済無双していたら、滅亡寸前の祖国・日本を救うことになった〜
蒼空
プロローグ:南の海の皇帝
西暦一九四四年、六月。
南半球に位置する超大国、蓬莱(ほうらい)帝国。
その首都・新京(旧ウェリントン)にある皇宮の執務室は、不気味なほどの静寂に包まれていた。
壁一面に設置された巨大なスクリーン――この時代には存在し得ないはずのブラウン管集合ディスプレイ――には、北半球の惨状が映し出されている。
白黒の粗い映像ではない。鮮明なカラー映像だ。
映っているのは、かつて「大日本帝国」と呼ばれた島国。
B29の編隊が焼夷弾をばら撒き、木造家屋がマッチ箱のように燃え上がっている。逃げ惑う人々。炎に巻かれる子供。
「……う、うぅ……ッ」
豪奢な執務机に突っ伏し、嗚咽を漏らしている男がいた。
この国の初代皇帝、**九条湊(くじょう・みなと)**である。
彫りの深い顔立ちは威厳に満ちており、本来ならば万民を跪かせる覇気を纏っているはずの男だ。
だが今は、高級なハンカチで顔を覆い、ボロボロと大粒の涙を流していた。
「酷すぎる……! あんな、あんなことってあるかよ……ッ! まだ小さい子供だぞ!? 非戦闘員だぞ!? アメリカの連中は鬼か悪魔か!?」
湊は机をバン! と叩き、充血した目で叫んだ。
その姿は、一国の皇帝というよりは、テレビのニュースを見て激昂する下町の頑固親父そのものだった。
そんな感情的な皇帝の横で、一人の男が涼しい顔をして茶を淹れている。
漆黒のスーツを隙なく着こなし、知的な銀縁眼鏡をかけた巨漢。顔の右半分には、マオリ族の勇者の証である渦巻き模様の刺青(モコ)が刻まれている。
帝国の宰相であり、参謀総長も兼任するウィレム(日本名:烈)だ。
「陛下、お茶が入りましたよ。少し落ち着いてください」
「落ち着いていられるかレツ! 見ろ、あの映像を! 俺のじいちゃんやばあちゃんが生きた国が、灰にされてるんだぞ!」
「ええ、存じております。ですが、これは『他国の戦争』です」
ウィレムは淡々と、しかし冷徹な事実を突きつけた。
「我々蓬莱帝国は、中立を堅持することで莫大な利益を得ています。アメリカには鉄鋼を売り、日本には裏ルートで石油を流し、双方が疲弊するのを待って経済覇権を握る……。それが、貴方と私が描いた『最強国家』へのシナリオでしょう?」
正論だった。
湊は前世の記憶を持つ転生者だ。
かつて極右政治家として鳴らした彼は、感情論だけで国が動かないことを誰よりも知っている。
だからこそ、歯を食いしばって耐えてきた。マリアナ沖海戦で日本海軍が壊滅した時も、サイパンが陥落した時も、血の涙を流しながら「まだだ」と自分に言い聞かせてきた。
だが。
「……シナリオなんて、書き直せばいい」
湊は涙を乱暴に拭うと、低い声で言った。
その瞳から、先ほどまでの弱々しさが消え、代わりにマグマのような怒りが宿る。
「俺が何のために、ガキの頃から泥水をすすってまで国を作ったと思ってる。何のために、未来の知識でチート兵器を作りまくったと思ってる!」
「世界一の金持ちになるためでは?」
「違う! ……理不尽な暴力で泣く奴を、一人でも減らすためだ!!」
湊は立ち上がった。
その瞬間、彼の纏う空気が変わった。ただの泣き虫なおっさんから、南半球を統べる「魔王」へと変貌する。
「金なんぞもう腐るほどある! これ以上、俺の目の前で同胞(日本人)が殺されるのは我慢ならん! アメリカだろうがイギリスだろうが関係ねえ! 俺の国(シマ)の流儀を教えてやる!」
湊は吠えた。
「レツ! 全軍に通達! これより蓬莱帝国は、アメリカ合衆国に対して『教育的指導』を行う!」
その言葉を聞いた瞬間。
今まで無表情だったウィレムの口元が、ニヤリと歪んだ。
彼は懐から一冊の分厚いファイルを取り出し、机の上に「ドン!」と置いた。
「――そのお言葉を、一年前からお待ちしておりました」
「あ?」
「対米戦における作戦計画書です。既に第一機動艦隊はハワイ沖へ、第二航空艦隊は小笠原諸島近海へ展開済みです」
ウィレムは眼鏡をクイッと押し上げ、楽しげに言った。
「貴方が泣き止んでから命令を出すまでのタイムラグを計算し、弾薬、燃料、食料、すべて完璧に配置してあります。あとは、貴方がボタンを押すだけです」
「……お前、性格悪いって言われないか?」
「『有能』と呼んでください。さあ、どうなさいますか? 我が国の誇る『黒衣衆(ブラック・ガード)』たちは、今か今かと血に飢えておりますが」
湊は呆れたように笑うと、机の上の赤い受話器を取り上げた。
そして、獰猛な笑みを浮かべて宣言する。
「よし。派手にやるぞ。……アメリカのヤンキー共に見せてやれ。ハカの恐怖と、サムライの切れ味をな」
一九四四年六月某日。
太平洋の歴史が、そして世界の歴史が、大きくひっくり返ろうとしていた。
最強の技術と、最凶の兵士を抱えた「謎の帝国」が、牙を剥いたのである。
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