第3話「学校のアイドルも」

 二ノ宮先輩は、学校のアイドルだった。


 何度か廊下で見かけたことがある。今日は二ノ宮先輩を取り囲むかのように女子生徒がいた。みんなニコニコ笑顔で楽しそうに二ノ宮先輩とおしゃべりしている。


「に、二ノ宮先輩! これ、クッキー作ったんです。食べてもらえると嬉しいです!」

「わ、私も、ガトーショコラ作ったんです。食べてもらえると嬉しいです!」

「ありがとう、こんなにもらっちゃって申し訳ないね。いつかお礼をさせてもらえると嬉しいな」

「い、いえいえ、お礼なんて……!」


 ……盗み聞きしたかったわけではないが、なんとなく聞いてしまった。キリっとした目を細めて、嬉しそうな笑顔を見せる二ノ宮先輩。敬語で話していたということは周りの女子は後輩だろうか。みんな嬉しそうにしている。


 その時、俺と二ノ宮先輩の目が合った。二ノ宮先輩はパチッと軽くウィンクをした。なるほど、こういうところがカッコいいと言われる要因なのかもしれない。


 ……でも、俺は恥ずかしくなって何も言わずにその場を後にした。



 * * *



「――でさー、休み時間中ずっと捕まっててさー、次の授業に遅れるかと思ったよね~」


 昼休み、いつもの校舎端の階段の一番上で、俺と二ノ宮先輩は、一緒に昼ご飯を食べていた。

 俺も一人になりたくて、一度だけ行かなかったことがある。すると二ノ宮先輩は本当に俺をかぎつけて、俺のクラスの教室に入ってこようとしていた。クラスが一瞬ざわざわとなりかけたが、俺は慌てて教室を飛び出し、この場所に逃げてきた。


 ……まぁ、もれなく二ノ宮先輩が後を追いかけてきたわけだが。

 そんな感じなので、俺はあきらめて昼休みはここに来るようにしている。


「そんなわけで、クッキーとガトーショコラもらったからさ、一緒に食べよー」

「それは二ノ宮先輩がもらったものですよね」

「そうだけど、その後どうするかは私の自由じゃん? それに私も食べるから、いいんだよ~」

「ちょっとひどい人ですね、二ノ宮先輩は」

「グサッ、そんなこと言わないでよ太陽く~ん。私泣いちゃうよ?」

「どうぞ」

「止めないところが太陽くんらしいよね……ま、いっか。先にお昼ご飯食べないとねー」


 笑顔でお弁当をパクパクと食べる二ノ宮先輩。俺も明太フランスにかじりつく。


「そういえばさ、太陽くんはパンを食べることが多いよね。お母さんはお弁当作ってくれたりしないの?」

「うちは共働きだから、母も忙しくて、お昼は買ってくれと言われています」

「そっかー、なかなか大変だねぇ。作ってもらえる私はありがたいんだなー」

「もっと感謝するべきだと思いますよ」

「お、太陽くんがそれ言っちゃう? ま、いっか。ごちそうさまでした~」


 お弁当を片付けた後、先ほど話していたクッキーとガトーショコラを出した二ノ宮先輩だった。


「ささ、食後のおやつにさ、太陽くんもどうぞ~」

「だからこれは二ノ宮先輩がもらったものじゃないですか。俺は食べられませんよ」

「そんな固いこと言わずにさー、私がもらった。私が食べさせてあげたいと思った。どう? オールオッケーでしょ?」

「オールオッケーでしょって言われても」

「難しいことはいいんだよー。あ、分かった、太陽くんは私にあーんして食べさせてほしいんだね。なんだー早く言ってよ~」

「どう解釈したらそうなるんですか」

「あれ? 違った? じゃあクッキーやガトーショコラが嫌いとか?」

「まぁ、嫌いではないですけど」

「じゃあいいじゃん。はいどうぞ!」


 そう言って二ノ宮先輩がクッキーとガトーショコラを差し出してきた。全く引いてくれそうになかったので、俺は仕方なくクッキーを一つもらう。そして一口……食べたクッキーは甘くて、バターの味がした。


「どう? 美味しい?」

「まぁ、美味しいです。女の子ってすごいですね、こういうものが作れるとか」

「よかったー。ほんとすごいよねー。まぁ私もクッキーくらいなら作れるんですけど!」

「なんで対抗意識燃やしたんですか」

「だって太陽くんが、『お前は作れないだろ』って目をしてたからさ~、こう見えて私も女の子ですからね~」

「誰も疑っていませんよ。二ノ宮先輩も食べた方がいいんじゃないですか」

「そうだね! じゃあいただきまーす」


 二ノ宮先輩がパクっとクッキーを食べる。その後「美味し~い!」と、嬉しそうな笑顔を見せた。


 ……綺麗な笑顔っていうのは、こういうのを言うんだろうな。


 おっと、本人に言うと調子に乗るのでやめておいた方がよさそうだ。


「美味しいね! 『実は毒が入ってました!』なんてことにならなくてよかったよ~」

「やっぱり二ノ宮先輩、ひどい人ですよね」

「グサッ、そんな悲しいこと言わないでよ~。あ、ガトーショコラも食べてみない? きっと美味しいと思うよ~」

「まぁ、見た目からして美味しそうですからね」


 そんな話をしながら、お菓子を食べる俺と二ノ宮先輩。

 クッキーと同じく、ガトーショコラもチョコの深い味がして、美味しかった。

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