第35話

 六月下旬のとある朝。

 出勤支度を終え、家を出ようとした、その時。

 珍しく朝一で楢崎からメールを受信した。


『数日、連絡できないと思うから』


 絵文字もスタンプもない簡素なメッセージ。

 朝の忙しい時間帯だからなのか、いつも以上にさっぱりとした文字に、『お仕事頑張ってね』とだけ返しておく。

 けれど、たった数十秒ほど前に送られて来たはずなのに、既読にもならず、もちろん返信もない。


「……何か、トラブルでもあったのかな……?」



 その日は連絡通りにメールも電話もなかった。

 別に会話したいとかじゃないけれど、いつになく素っ気ない態度が少しだけ気になってしまった。



 翌日の昼休み。

 社食の混雑している時間帯を避け、後輩の和田さんと社食に行くと。


「鮎川っ」


 返却カウンターの前から駆けて来る人物が。


「どうしたの?」

「今、ちょっといい?」

「……ん、いいけど。和田さん、ごめん先に座ってて」

「はい、分かりました。席、取っておきますね」


 同期の原に呼ばれ、社食の一角へと。


「今夜、時間ある?」

「今夜? ……うん、あるにはあるけど」

「じゃあさ、峻の見舞いに行ってくんねぇ?」

「え?! ……楢崎、具合が悪いの?」

「あぁ、風邪引いて寝込んでるみたい」

「……え」


 昨日の朝のメールはそういう意味合いっだったんだ。

 だから、今に至るまで既読になってないのか。


「そんなに重症なの?」

「なんか、一昨日岡山に仕事で行ったらしいんだけど、急な雨に降られたらしくて。今時期、新幹線の中、めちゃくちゃ冷房効いてんじゃん。それで風邪引いたらしい」

「……そうなんだ」

「峻の家、場所分かる?」

「……ううん、まだ一度も行ったことないから分からない」

「じゃあ、メールで住所送るな」

「うん、ありがとう」

「あいつ、梅干し苦手だから、梅粥は避けてあげて」

「……分かった」

「じゃあ、頼むな」

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