第13話

善意の野菜テロと市場価格崩壊

 『研修中:ルナ』の名札を胸につけたエルフの元・次期女王候補が、コンビニ・天魔窟店で働き始めて数日が経過した。

 彼女の働きぶりを一言で表すなら、「一生懸命だが、見ているだけで胃が痛くなる」だろう。

「いらっしゃいませー! ……あ、お客様、その商品は棚に戻してください! ああっ、棚ごと倒さないで!」

「ルナさん、レジ打ちの時は杖を置いてください。バーコードリーダーが反応しません」

 店長のカズヤは、ルナの尻拭いに追われていた。

 だが、当のルナ本人は、自分の無力さを誰よりも痛感していた。

「(……私、全然役に立っていません。ポーンさんはあんなに手際が良いのに)」

 ルナはバックヤードで、カズヤが電子ボードを操作している姿を盗み見ていた。

 カズヤは眉間に皺を寄せ、深刻な表情で呟いている。

「うーん……野菜が高いな。最近、サラダ系の売れ行きがいいけど、仕入れ値(ポイント)が上がってるし……」

 カズヤの悩みは、単に地球側の野菜価格高騰の影響だった。

 だが、ルナのピュアな脳内では、こう変換された。

『店長さんは、食糧難で苦しんでいるんだわ! 私たちが食べるおでんの具材も、身を削って調達しているに違いない……!』

 ルナの碧眼が、決意の炎で燃え上がった。

 名誉挽回のチャンスだ。

 私は次期女王候補。戦闘やレジ打ちは苦手でも、『自然魔法』なら誰にも負けない。

 この店を、新鮮な野菜で満たしてあげよう!

「ふふっ、待っていてください店長さん。私が男泣きさせてみせます!」

 ルナは杖を握りしめ、店内の中央へと進み出た。

 時刻は深夜。客はおらず、カズヤは裏で在庫整理中、ポーンはトイレ掃除中だ。

 絶好のチャンス(犯行時刻)である。

「母なる大地よ、生命の息吹を与えたまえ……! 『超・豊穣の舞(ギガ・ハーベスト)』!」

 ルナが杖を掲げると、エメラルドグリーンの魔力が爆発的に広がった。

 それは店内の空気を満たし、あらゆる有機物に活力を注入する。

 対象は、お弁当コーナーの『ミックスサラダ』、おにぎりの具の『梅干し(種あり)』、そして床に落ちていた『ポップコーンの種』などである。

 ズズズズズ……ッ!

 異変は即座に起きた。

 まず、プラスチック容器を突き破り、キャベツが爆発的に巨大化した。

 千切りキャベツの一本一本が、大蛇のように太くなり、うねりながら天井へ伸びていく。

「えっ? あ、あれ? ちょっと元気すぎませんか?」

 ルナが慌てる間もなく、連鎖は止まらない。

 おにぎりコーナーからは梅の木が秒速で成長し、天井を突き破って枝を広げた。

 サンドイッチのレタスは緑のカーテンとなって通路を塞ぎ、トマトはバランスボールほどのサイズに膨れ上がって通路を転がり始めた。

 極めつけは、ジャングル化した店内に響く、不気味な産声だ。

「ギギギ……(我、目覚めたり)」

 幕の内弁当に入っていた『煮物のニンジン』が、過剰な魔力供給によりゴーレム化し、二足歩行で歩き出したのだ。

「きゃああああ!? ニ、ニンジンさんが歩いてるぅぅ!?」

 バックヤードから飛び出してきたカズヤは、その光景を見て絶句した。

 そこはもうコンビニではなかった。アマゾンの密林である。

 レジカウンターは蔦に覆われ、自動ドアは巨大カボチャで封鎖されている。

「な、なんだこれは!? ルナ、お前何をした!?」

「ご、ごめんなさい! お野菜を増やそうと思って……ちょっと魔力を込めすぎて……!」

 ルナが泣きながら、襲いかかってくる『殺人ブロッコリー』から逃げ回っている。

 ポーンがトイレから戻り、状況を一瞬で理解して冷酷に告げた。

「マスター。店舗のバイタル反応、植物属性により侵食率90%。物理的な排除は商品の全損を招きます」

「ど、どうすればいいんだ!」

「化学的アプローチを推奨します。……強力な『毒』を撒きましょう」

 カズヤは覚悟を決めた。

 このままでは店が植物に乗っ取られる。

 彼は震える指で電子ボードを操作し、『園芸・農業』カテゴリを開いた。

「くそっ、これしかない! 『業務要・最強除草剤(非農耕地用)』!!」

 ポイント残高が一気に減る音がした。

 転送された青いポリタンクを担ぎ、カズヤは噴霧器のノズルを構えた。

「すまん、サラダたち! 成仏してくれぇぇぇ!!」

 プシューーーッ!!

 店内に薬剤の霧が充満する。

 それは地球の科学が生んだ、植物の光合成を根底から阻害する死の霧だ。

 異世界の魔法で強化された野菜たちも、科学の力(グリホサート系)には勝てなかった。

「ギ、ギギ……(無念)」

 ニンジン・ゴーレムが枯れ落ち、巨大キャベツが萎びて崩れ落ちる。

 数分後。

 そこには、茶色く変色した野菜の残骸と、大量の廃棄弁当の山が残された。

「……あ、あぅ……」

 ルナは瓦礫(野菜くず)の中で小さくなっていた。

 カズヤは彼女に近づき、無言でその肩に手を置いた。

「……ルナさん」

「は、はい……!」

「君の気持ちは嬉しかったよ。本当に」

「て、店長さん……!」

 ルナが感動しかけた瞬間、カズヤは鬼の形相になった。

「だがな!! 除草剤と廃棄処分で、今月の利益(ポイント)が全部吹っ飛んだんだよ!! あと掃除! これ全部君が片付けるんだからな!!」

「ひいいぃぃ! ごめんなさいぃぃぃ!」

 その夜、泣きながら腐った巨大トマトを運び出すエルフの姿があった。

 さらに悪いことに、ルナが放った魔力の余波がダンジョンの外まで漏れ出し、近隣の森の植物まで異常成長させてしまったため、翌日から市場の野菜価格が大暴落するという二次災害まで引き起こすのだが、それはまた別の話である。

『ピロリン♪』

『善行(?)を確認。対象:暴走植物の鎮圧』

『評価:自作自演のマッチポンプにつき、ポイント没収』

『ペナルティ:-5,000P』

 カズヤの悲鳴が、ジャングルのような店内に虚しく響いた。

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