第12話
感動の再会? ポーンの塩対応
カズヤが目を覚ました時、視界の端でチカチカと星が飛んでいた。
頭には、冷凍庫から取り出した『氷嚢(ひょうのう)』が乗せられている。
「……あ、気がつかれましたかマスター」
「うぅ……頭が割れるように痛い。俺は一体……」
カズヤは呻きながら上体を起こした。
目の前には、店内の床に正座させられている銀髪の少女――ルナがいた。
彼女はまだ、ほんのりと鰹だしの香りを漂わせている。
その顔は、悔しさと気まずさで赤く染まっていた。
「目が覚めたようですね、邪悪な魔人……いえ、店長さん」
「魔人じゃないです。……君は一体誰なんですか? いきなり壁から出てきて、おでんに突っ込んで、人を殴るなんて」
カズヤの問いに、ルナはスッと背筋を伸ばした。
額に張り付いていたコンニャクは取り除かれているが、髪の毛はまだ少し濡れている。それでも、彼女が纏う空気は高貴そのものだった。
「名乗るのが遅れました。私はルナ・シンフォニア。世界樹の森を統べる次期女王候補にして、大いなる神託を受けし者です」
エルフの姫様。
地上ならひれ伏すべき相手だが、ここはコンビニである。カズヤにとっては「おでんを弁償してほしい客」でしかない。
「それで、姫様が何の用ですか?」
「用ならあります! そこにいる精霊さん……いえ、『世界樹の杖』を返していただきに来ました!」
ルナがビシッとポーンを指差す。
そう、ポーンの正体は、カズヤが瓦礫の下から拾った枯れ枝――世界樹から切り出された至宝そのものである。
本来ならば、このルナが所持し、世界を救うために振るうはずの神器だったのだ。
「ああ、なるほど。君が本来の持ち主だったのか」
「そうです! さあ、帰りましょう! 貴女がいなくなってから、森の結界は不安定だし、長老たちはうるさいし、私は迷子になるしで大変なんです!」
ルナは救世主を見るような目でポーンに手を伸ばした。
感動の再会。主と従者の絆が、今ここで復活する――はずだった。
「……お断りします」
店内に、氷点下の拒絶音が響いた。
ポーンである。
彼女はカズヤの頭の氷嚢を交換しながら、ルナを一瞥もせずに言い放った。
「え?」
「聞こえませんでしたか? 『嫌です』と言いました。元・持ち主様」
ルナが口をパクパクさせる。
ポーンは事務的な口調で淡々と続けた。
「確かに、私は貴女に託されました。ですが貴女は、森を出てわずか3日で私を道端に置き忘れ、そのまま崖から落としましたよね?」
「そ、それは……ちょっとお花に見とれていて……」
「その結果、私は瓦礫の下で数ヶ月間、雨風に晒され、腐りかけました。あの時の絶望、光合成もできない苦しみ……分かりますか?」
ポーンの目が笑っていない。ルナが「うっ」と言葉に詰まる。
「対して、現在のマスター(店長)はどうでしょう。私を拾い、最高級の水を与え、あろうことか『名前』と『制服』と『有給休暇』を与えてくださいました」
ポーンは誇らしげに、胸元のネームプレート『ポーン:バイトリーダー』を指差した。
「森に帰れば、私はただの『道具』として、貴女のドジの尻拭いをさせられる毎日でしょう。ですがここでは、私は『店員』として尊重され、休憩時間にはポテチを食べ、廃棄弁当をもらえる権利があります」
「は、廃棄弁当……?」
「要するに、福利厚生のレベルが違います。よって、私は株式会社コンビニ(仮)に骨を埋める所存です」
完全なる敗北宣言。
ルナは膝から崩れ落ちた。
「そ、そんな……。廃棄弁当に負けるなんて……」
「諦めてください。それでは、私はレジに戻ります」
ポーンは冷たく言い放ち、業務に戻ってしまった。
残されたのは、居場所のないエルフの姫様と、頭の痛い店長だけだ。
「……はぁ。事情は分かったけど、ポーンちゃんが嫌がってるなら無理強いはできないな」
カズヤは溜息をついた。
「とりあえず、君はどうするの? 森に帰る?」
「……か、帰ります! こんな薄情な杖、もう知りません!」
ルナは涙目で立ち上がり、出口へと向かった。
だが、彼女が向かったのは自動ドアではなく、トイレのドアだった。
「……そっちはトイレだぞ」
「えっ? で、ではあちらですね!」
今度は業務用冷蔵庫を開けて中に入ろうとする。
「……君、もしかして」
「ち、違います! 空間が歪んでいるんです! 私は北に向かっているつもりなのに、世界が勝手に南に動くんです!」
致命的な方向音痴。
壁をすり抜けて来店したのも、高位の空間魔法を使ったわけではなく、単に迷子になりすぎて次元の壁を超えてしまっただけなのだ。
(……このまま放り出したら、絶対に死ぬな。もしくは、また壁を抜けて戻ってくる)
カズヤは天を仰いだ。
だが、ここで彼の『善行計算機』が働いた。
『迷子の保護』および『就労支援』。これは高いポイントになるのではないか?
それに、彼女の魔力(おでん鍋を吹き飛ばすほどの出力)は、店の用心棒としては使えるかもしれない。
「……はぁ。仕方ない」
カズヤは電子ボードを操作し、ある『アイテム』を購入した。
そして、おろおろしているルナの前に立つ。
「ルナさん。帰る道が分かるまで、もしくはポーンちゃんが許してくれるまで、ここで働きませんか?」
「えっ? は、働く……私が、魔人の手先として?」
「だから魔人じゃないって。うちは人手不足なんだ。住み込みで食事付き、おでん食べ放題だ」
ルナのお腹が、グゥ~と可愛らしい音を立てた。
彼女はゴクリと喉を鳴らし、おでん鍋とカズヤの顔を交互に見る。
「……べ、別におでんに釣られたわけではありませんよ? 精霊さんを監視するために、仕方なくです!」
「はいはい。じゃあ、これを」
カズヤが手渡したのは、安全ピン付きのプラスチックプレート。
そこにはマジックでこう書かれていた。
『研修中:ルナ』
「今日から君は研修生だ。しっかり働いて、おでんの弁償をしてもらうからな」
こうして、最強のドジっ子エルフがスタッフに加わった。
だがカズヤはまだ知らない。
彼女の『善意』が、魔物の襲撃以上に店の経営(ポイント残高)を脅かすことになる未来を。
『ピロリン♪』
『善行を確認。対象:迷子の保護および更生支援』
『評価:ハイリスク・ハイリターンな人材確保』
『獲得善行ポイント:10,000P』
「……ハイリスクって、どういう意味だ?」
カズヤの不吉な予感は、翌日すぐに的中することになる。
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