第4話続き:水浸しの残響と、二度目の「転落」
## 第3話 続き
(前話の結末:永井は屋上での「二度目の転落」が、まるで時間差で起こる現象であること、そして七海が物理的な現実に戻ってきたことを悟り始める。)
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永井が焦げ跡と湿った空気の矛盾に打ちのめされていると、デスクの電話が甲高く鳴り響いた。
「課長!内線です!」部下の声が焦燥に満ちている。
永井は震える手で受話器を取った。
「……永井だ」
「課長、大変です!一階の正面入口の受付で、**びしょ濡れの女性**が立っています!警備員が対応していますが、聞かないようで……」
受話器の向こうの声が、恐怖で上ずった。
「……彼女、**志乃原七海さん**のようです!」
永井の思考回路は完全にショートした。
**屋上での焼死体確認。エレベーターでの幻影。そして、乾いた屋上での二度目の転落死の報告。**
それら全てが、今、一階のロビーで「びしょ濡れ」の状態で立っているというのだ。
「どこが濡れているんだ?」永井は絞り出すように尋ねた。
「**水たまりを歩いてきたような、全身びしょ濡れです。まるで豪雨の中に立っていたかのように。**でも課長、外は今、屋上と同じ、土砂降りですよ。彼女、どこから現れたんですか?」
永井は目眩を覚えた。昨夜、彼が「処理した」はずの七海は、**焼けた体**で一度、**濡れた幻影**で二度、そして今、**水浸しの現実**で三度、彼を追ってきた。
「……私は今から行く。誰にも触らせるな」
永井は電話を切った。彼の目の前には、まだ事務所内に漂う、昨夜の**焦げ跡の匂い**がある。そして、彼の足元には、**水たまりを歩いた者のように、コンクリートが乾いたままの痕跡**が残っている。
彼の「勝利」は、七海の「亡霊」によって、時間軸を歪められながら、現実世界に再現され続けているのだ。
永井は覚悟を決め、重い足取りでエレベーターに向かった。彼はもはや七海の復讐が恐ろしいのではない。**自分自身の記憶と、今目の前で起こっている現実との乖離**が、彼を狂気に引きずり込もうとしていた。
エレベーターの扉が開き、永井は降り立った。一階エントランスホールは、デパートの華やかさとは裏腹に、異様な静けさに包まれていた。警備員たちが、一歩も動けずに立ち尽くしている。
その中心に、七海はいた。
彼女は濡れていた。制服は体に張り付き、髪からは雨水が滴り落ちている。しかし、彼女の顔は感情の欠片もなく、ただ真っ直ぐに永井を見つめていた。
「永井課長……」七海の声は、水を含んで重かった。
永井は息を呑んだ。彼女の肌は冷たそうに見えたが、昨夜の火事の痕跡はどこにもない。焼けた形跡は、ただの「焦げた繊維」として彼の事務所に残っているだけだ。
七海はゆっくりと歩みを進めた。警備員たちは彼女が近づいても、まるで粘性の高い水の中にいるかのように、反応が遅い。
「あなたが、私にしたこと……全て、**水に流してあげる**」
彼女がそう呟くと同時に、永井の視界が急激に暗転した。天井の照明が一斉に破裂し、エントランスホール全体が、**真水の濁流**に襲われたかのように、冷たく、重い水圧に包まれたのだ。
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