第9話 魔術師

〈教会〉を出てルシェの探索を始めたが、今のところ彼の居場所に関する情報はない。ひとまずキティは、先ほどレインから得た〈ハイブ〉の勢力図を整理しながら歩を進めた。


〈ハイブ〉は垂直方向の中間部を境に、上層と下層に区別されている。


 まずは上層について。そこにはヘイズとスカルズというギャングがいる。だがこいつらは壊滅状態らしいので、あまり気にする必要はないかもしれない。要注意なのはギャングを壊滅させたという傭兵二人組だ。レイン曰く、


『〈フュリアス〉と〈イコライザー〉って二人組だ。上層の酒場を根城にしてる。異常に喧嘩っ早い連中って噂だ。目をつけられないようにしておけよ』


 とのことだ。ようは何をしでかすかわからない二人組らしい。今は上層に行くつもりは無いので、頭の片隅にだけ入れておく。


 そして下層。こちらも前に増して治安が悪くなってきているようだ。グールズとかいう人さらい集団が特に危険だという。


 手掛かりになりそうだな、とキティは思った。ルシェのようなシティ出身の少年が、〈ハイブ〉を彷徨っていたら、グールズみたいな連中は放っておかないだろう。すでに捕まっているかもしれない。とすれば、グールズから何か情報が得られる可能性がある。


 まずは下層に決め打ちして探すことにした。直接ルシェが見つかればそれで良いし、そうでなければ、グールズを見つけ出して尋問する、という方針だ。はっきり言って情報が少なすぎるので、仮説に仮説を重ねて進めるしかないのだが、闇雲に探すよりはマシだろう。


 しばらく通路を歩き続けたが、収穫は何も無かった。ダメもとで住人に話を聞こうとしても、彼らは顔見知りでない人間に対して警戒心が強いので、案の定まったく相手にしてくれなかった。


 上層も探してみるべきだろうか、そんなことを考えていた時だった。


 通路の奥から大音が聞こえた。何かを壁や床に叩きつけたような音だ。


 続いて、


「向こう側だ!」「逃がすんじゃねえぞ!」「追い込め!」


 などと、男たちの怒声が聞こえた。


 ──見つけた。


 キティの直感はそう言っていた。声が聞こえた方へ向かって、通路を走り出した。


 通路を出ると開けた場所へ出た。なんと目の前は崖になっていて足場がなく、うっかり足を踏み外しそうになった。足元を見ると、高さ数十メートルはありそうだ。


 ここは下層に分類されるので、上方にも建物は伸びている。崖の反対側、十メートルほど先に同じような建物がそびえ立っていた。あちこちに連絡通路のような直方体や橋がまばらに配置され、向こう側の建物と繋がっている。横向きの梯子がかけられているだけの場所もあった。


 反対側にある建物の壁沿いに通路があり、バルコニーのようになっていた。そこに四つの人影があった。男が三人並んでおり、その先に子供が一人いる。全員がキティに背を向けているので、顔は見えない。子供の前方は行き止まりになっている。背後から追い詰められたようだ。


 子供が振り返り、キティと目が合った。


 大きな黒い眼、肩の下まで伸びた黒髪、色素の薄い肌の整った顔立ち。


 ルシェ・トートリープだ。やっと見つけた。


「まずいな。どうすんだ……」


 おそらくルシェを追い詰めているのはグールズだろう。今すぐ助け出さなければならない状況だ。しかし、ルシェたちがいる場所は、キティの目線より一階分上の、左に数メートルほど逸れた位置にある。


 まず、反対側に渡るための足場が近くになかった。反対側に行くには、建物内に一度戻るか、壁を伝うかして、足場に移らなければならなかった。


 刻印装のネイルガンを撃とうと思ったが、それもダメだ。距離が遠い。グールズまで目測でだいたい十五メートルはあるとみた。撃ちまくっても、まず当たらないだろう。下手をすると、ルシェに当たってしまうかもしれない。


 どうやっても救出は間に合わないだろう。ツイてないな、とキティは顔を歪めた。


 その時、奇妙なことが起きた。


 刻印装全体が、小刻みに震え始めた。さらに内部から、金属が擦れて軋むような、不快で鈍い音が発せられた。制御が効かない。キティは眉をひそめた。


「な、何なのこれ……」


 やがて刻印装の震えが止まると、今度はカチカチカチ……と歯車が回るような音を出し始めた。内部の部品が動いているような雰囲気がある。まだ制御は効かない。


 故障か? こんな時に? キティは困惑していた。今までこんなことはなかった。


 いや、そもそも故障すること自体がありえない。この刻印装は、探索前にレインがメンテナンスをしているのだ。彼女の技術者としての腕は確かだし、細工をするような人間でもないはずだ。この状況を説明できる要素が、何一つ思いつかなかった。


 異音が穏やかになり、やがて義手が沈黙した。キティは何が起きたのか理解できていない。


 グールズの三人がルシェに近づいた。


 その時、刻印装が発射形態に変形した。


「ちょっと! どういう──」


 この操作も、自分が意図していない動作だ。刻印装が使用者の意思を無視して起動している。そして、関節部も勝手に駆動しはじめた。見えない吊り糸で引っ張られるかのように、ぎこちない強引な動きで発射口がグールズの方に向けられた。


 とっさの出来事にキティは反応できない。


 次の瞬間、刻印装から三本の釘が続けて発射された。いつもよりも反動が強い。


 そして放たれた釘の軌道に、キティは驚愕した。


 一本目──射程外の位置にいる相手の方に、三人の内、真ん中にいる男に当たった。


 二本目──通路の、手前側にいる男に当たった。


 三本目──通路の天井に当たり、奥にいる男に当たった。


 キティは何が起きたか理解できなかった。義手が勝手に動き、狙いをつけ、ありえない軌道で敵を狙撃した。


 グールズの三人は視界から消えていた。手すり壁で向こう側の足元は見えないが、おそらく今の狙撃で倒されたようだ。


 はっとして、ルシェの方を見た。ルシェはその場でこちらをじっと見ているようだった。こちらから声をかけた。


「おーい! 大丈夫かー? 今、そっちに行くからなー!」


     ◆


 キティは壁をよじ登り、連絡通路の屋根の上を渡って反対側へ移った。


 そのままルシェがいる通路へ行くと、グールズの三人は絶命していた。


 ルシェは無言でこちらを見つめている。髪はボサボサで、薄汚いボロボロの布をまとっていた。まるで、めちゃくちゃ迫害された修道士かのような見た目だ。実際会ってみると、情報器の印象よりも背が低い。


「アンタがルシェ・トートリープ? よかった、無事みたいだね。何が起きたのかよくわからないけど、アンタを助けにきた。私は──」


「キュリオンの命令で来た?」


 その瞬間、義手の動きが止まった。また制御不能になった。


 また? なんなんだ今日は? キティは義手のほうを訝し気な目で見る。


 その直後、不意に義手が素早く動き、。文字通り、自分で自分の首を絞めている形だ。


「がっ……は、か……」


 キティにはもはや、何が起きているのか考える余裕はなかった。右手を使い無我夢中で義手を引きはがそうとしたが、びくともしなかった。


 義手の指が、ゆっくりと首に食い込んでいく。


 呼吸ができず、脂汗がにじむ。苦痛に耐えかねて膝をついた。


「僕はあそこに戻るつもりは無いよ」


 少年の声。目線だけを動かし、ルシェの方を見た。


 彼の様子もさっきまでとは変わっていた。


 黒かったはずの髪は月光のように青白く光り、同じように青く光る眼がキティの方をじっと見つめていた。


「出口を探すのを手伝ってもらう」


 ルシェはキティに近づき、見下ろして話し続けた。


「君の刻印装の制御は僕が掌握している。さっきのは僕がやった」


「な……何を言……」


「僕は〈ウィズ〉だ」


 ルシェの髪の光が一瞬だけ揺らめいた。キティは身動きができない。意識が遠のき、ルシェの姿がかすんで見える。


「このまま君を絞め殺すこともできる。死にたくなければ僕の言う通りに──」


 突然、義手の力がふっと抜けた。


 その隙に首から指を引きはがすことができた。キティはむせ返り、そして大きく息を吸った。顔が汗と涙と涎まみれになっていた。


 ルシェの方を見ると、彼はその場にうずくまるようにして倒れていた。


 髪は元の黒髪に戻っている。


「何なの……〈ウィズ〉? というか、死んでないよね?」


 キティはそう呟くと、ルシェに近づき、髪を上げてその顔を見た。


 彼も汗だくで、顔色が悪く、眼の下には大きな隈がある。気を失っているようだった。その表情からすると、疲労のせいで気絶したように見えた。


 周りを見回すと、自分以外が全員倒れている状況だった。みんな死んでいるか、気絶しているかのどちらかだ。


今日はツイてない日だ、キティはそう思った。

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