第8話 教会とシスター

〈教会〉の中はまるで何かの工房のようだった。


 部屋中に複数の作業台があり、その上に工具類が散らばっていた。天井からは無数の義手や義足──刻印装が吊るされている。床の上には様々な大きさの木箱が並べられ、中にはよくわからないガラクタが入っていた。ガラクタをよく見るとルーンが彫られている。


「刻印装の整備工場?」


 部屋の様子を見て察したキティがそう訊くと、レインはぱちんと指を鳴らして答えた。


「そう。アンタが出ていった後くらいかな。整備や改造の仕事を始めたんだよね。シティでそういうのを勉強してたから。今はルーンの回収販売なんかもやってるよ」


 レインはかつてメリディア・シティの学生だった。

 

 ルーン工学を専攻していたようだが、刻印装の密売に手を出し、揉め事に巻き込まれて〈ハイブ〉に逃げてきたという。それが今から五年前だ。彼女はシティ出身であるということで、〈借りぐらしボロワーズ〉と呼ばれ、〈ハイブ〉内でも孤立し、差別されていた。


 その一方で、当時のキティは周囲の反応を気にせずレインと接していた。お互い他に知り合いなどいなかったので、よく話し相手になっていた。


「最初は義足が動かなくなったジイさんを助けてやっただけでさ。そしたらみんな『俺の刻印装も直してくれー』とか言うわけ。で、いつの間にかそれが商売になってた」


「さっきも言ったけど、元気そうで良かったよ。正直、ちょっと心配だったから」


「確かに前はヤバい目にあわされることもあったからね。でも、今はシティにいた頃の知識でなんとかなってる、ってわけ。それ、椅子にしていいよ」


 そう言うとレインは奥にある棚に向かった。ガサゴソと何かを探している。


 部屋に椅子らしいものは無く、『それ』が何を指しているかはわからなかったが、程よい高さの箱を見つけてその上にキティは座った。


「〈教会〉とか〈シスター〉ってのは? 扉が教会のものだったけど」


「あの扉はたまたまだよ。刻印装をいじれる人間が〈ハイブ〉には数人しかいないみたいでさ。昔は知らなかったけど、そういった技術があるやつには手を出さないのが暗黙の了解みたい。安全地帯なのよ、こういう場所は。だから〈教会〉」


「それで、そこに住んでいるから〈シスター〉、と」


「そういうこと」


 レインがご機嫌な様子で食事を持ってきた。作業台がテーブル代わりとなる。パン、干し肉、お茶、ご馳走である。


 パンだ! キティは驚いた。干し肉とお茶はどうでもいい。その辺の動物や草で用意できるからだ。だがパンは違う。材料と職人が必要だ。前からパンは〈ハイブ〉に流通はしていたが、確か高級品の扱いだったはずだ。


「これ、高いんじゃないの? 結構デカいし。儲かっているんだね」


「それがさ、最近外から入ってくる小麦粉の供給量が増えたんだ。商売上手なやつがいてね。安く仕入れているらしい。しかも、倉庫として使える空間も見つかった。〈ハイブ〉になる前、王城時代の施設だ。それも複数個所で。今はその倉庫に小麦粉をため込んでいて、管理人が前より安く売ってくれるんだよね。ちなみに、その倉庫は『保安上の問題』とかで小麦粉バイヤーしか知らない」


 レインはお茶を啜って話を続けた。


「それと、前と変わったことといえば、お湯だね。水道は前からあったけど、発熱系ルーンで給湯設備を作って設置したんだ、アタシがね。実はこの部屋の隣に、なんと! 風呂がある!」


〈ハイブ〉の生活レベルも以前より上がっているようだ。その後もキティとレインは〈ハイブ〉のこと、旧王都のこと、傭兵の仕事についての話に花を咲かせた。

ひと段落着いたところでレインが訊いてきた。


「そういえばキティ、何で戻ってきたんだ? 帰省、って感じじゃなさそうだけど」


「ちょっと仕事でね──」


 そう言って、ルシェを探していることを説明した。


「トートリープって、霊石産業の?」


「研究者の息子……なんだってさ」


 レインは生身だが、片目にだけ刻印装を入れているようだったので、情報器を渡してルシェの顔を確認してもらった。


「見たこと無いね。そもそもシティからふらふらやって来た子供がここで生き残っているかどうか」


「そりゃそうなんだけどさ」


 レインは情報器を裏返して刻印されているルーンを見た。


「何これ? 通信系? 見たことないルーンがあるけど」


「連れてきたらそれを使って呼び出せってさ。多分、最新型なんじゃない? 貴族のだし」


 レインは「はえー」などと言って、興味深そうに情報器を眺めた後、キティに返した。


「どのみち、急いだほうがいいよ。最近ちょっと荒れてるから」


「ガリルたちからも聞いたけど、ヘイとかスカとかってやつ? 何それ?」


「ヘイズとスカルズな。上層が縄張りのギャングだよ。互いに敵対しているけど基本的にはにらみ合いをするだけで、ドンパチやる連中じゃなかった。それに、そもそもアタシたちがいる下層とは関係のない連中だった。だけど、最近状況が変わった」


 レインが干し肉を喰いちぎった。片手に持った肉をプラプラ振りながら話を続ける。


「三か月くらい前に二人組の傭兵が〈ハイブ〉に来た。〈フュリアス〉と〈イコライザー〉って二人組だ。戦争中は貴族側で戦っていたやつらだ。どういうわけか引っ越してきた。そんで、荒事が得意だからってことで、ギャングに入ろうとしたみたいなんだけど、どこも門前払いにされた。そりゃ、そうだよね。元貴族側の人間だ。私と同じ〈ボロワーズ〉。で、その後どうなったか」


 どうなったと思う? レインはそんな目でキティのほうを見てきた。さっぱり見当もつかないので、肩をすくめて話を促す。


「抗争に見せかけてヘイズとスカルズのボスをぶっ殺した」


「は? 何それ?」


「意味わかんねえよな。何がしたいんだか。そしたら、勘違いしたギャング同士の殺し合いが始まっちまった。ボスを殺したのが二人組の仕業だとわかった時にはもう組織はボロボロ。二人組に復讐しようと結託したみたいなんだけど、返り討ちにされたり、内ゲバ起こしたりで、もうしっちゃかめっちゃかだよ」


「下層にどう関係が?」


「〈ハイブ〉の勢力図が変わるぞ! ってことで、下層で好き勝手やるやつらが出てきた。グールズって人さらい連中が特にヤバい。反身体改造主義者の残党な。全身生身のくせに暴れまわっていて、頭おかしいくらいイキってる連中だ」


「人さらいか。やっぱり急いだほうがいいかも」


「その通り。でも、その前にやることがある」


 レインはニヤニヤしながらキティの刻印装を指さした。


「だいぶガタがきてるだろ、それ。ちょっと診てやるよ」


     ◆


 装着したままの義手を作業台に置いて、前腕から先を変形し、内部構造をレインに見せた。この刻印装は、キティがジャンク品のルーンをかき集め、試行錯誤して組み上げたものだった。様々な細かい部品が組み合わされ、まるで解剖中の腕を立体パズルで表現したもののように見える代物だ。


「なんだこりゃ。中に武器を仕込んでいたのか。釘ぃ? 物操系のルーンか? 部品は関節駆動に使われるものばかりだけど……ああ、なるほどなるほど。内側に向けて寄せ集めて、無理やり釘を押し出すように発射してんのか。自作かこれ?」


 レインは感心したようなことを言いつつも、あきれた顔をしている。


「武器を仕込みたいならそれ用の刻印装を使えよ。フレシェット内蔵のやつなんてそんなに高くないし。そもそも釘なんて飛ばしたってまっすぐ飛ばねえだろ」


「これなら外観は武器に見えないから初見の相手に油断してもらえるし、穴の中に入る物だったら何でも飛ばせるから意外と便利なんだよね。確かに精度は低いし、数メートルくらいしか射程も無いけど」


「ルーンの並べ方もグチャグチャで、発射装置として効率が悪そうだ」


「部品を組み直して発射効率を上げられないかな?」


「無理無理。部品が多すぎて、どのルーンがどう作用しているか、アタシにはさっぱりわからん。結果的に物を飛ばせる並びにはなっているけど……よく組めたなこれ。とりあえず、ガタついている関節とかは直しておいてやるよ」


 その後もレインの刻印装批評は続いた。キティは適当に相槌を打ちながら、空いた手で食事を口にした。


 調味料が少ないせいかパンの味は薄く、干し肉は木の皮のような固さで、お茶は出涸らしだった。

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