第18話:☆深まる謎

 ヒュドラの亡骸という、動かぬ証拠を目の当たりにした騎士団長は、複雑な表情でファスタ村へと引き返してきた。

 彼の頭の中は、タクマという謎の冒険者のことでいっぱいだった。一体何者なのか。そして、いかなる手段で、あの魔物を屠ったのか。その興味は、もはや騎士としての任務を超え、一人の武人としての純粋な探求心に変わっていた。


 村の広場に戻ると、騎士団長は村長に改めて向き直った。


「村長。その、タクマという男について、もっと詳しく聞かせてもらえんか。どんな男だった? どんな武器を使っていた?」

「はあ……。それが、私どもも詳しいことは……。なにせ、村に滞在されたのは、ほんの1日ほどでしたので」


 村長は困ったように首を捻る。他の村人たちに聞いても、返ってくるのは「風変わりな格好をした、親切な旅人だった」という、曖昧な答えばかり。タクマがどんな戦い方をしたのか、その瞬間を目撃した者は、この村にはいないのだ。


「くそっ、手がかりなしか……」


 騎士団長が、苛立ち混じりにそう呟いた、その時だった。


「あの……!」


 輪の外側から小さな、しかし凛とした声が響いた。

 声のした方を見ると、そこには、木の枝を握りしめた、一人の少年が立っていた。ティムだった。


「君は……?」

「ティムといいます。僕、タクマさんと一緒にいました!」


 その言葉に、騎士団長の目が鋭く光った。


「ほう……。詳しく聞かせてもらおうか、ティム君」


 騎士団長は威圧感を与えないように、ティムの前に膝をついた。

 ティムは、最初は緊張で言葉を詰まらせていたが、騎士団長の真摯な眼差しに、少しずつ、あの日のできごとを語り始めた。

 山で道に迷ったこと。タクマに助けられたこと。そして、巨大な化け物に遭遇したこと。


「……タクマさんは、僕を岩陰に隠して、たった一人で化け物に立ち向かっていったんです。そして音が鳴る武器を使って、化け物をやっつけました!」


 ティムは、身振り手振りを交え、興奮気味に語る。


「音が鳴る武器……?」


 騎士団長はその言葉に眉をひそめた。魔法のスクロールのことだろうか。しかし、ヒュドラを一撃で葬るほどの強力なスクロールなど、聞いたことがない。

 仮にあったとしても、それは国の宝として厳重に管理されるべき代物だ。一介の旅人がそう易々と使えるものではない。


「その男、他に何か持っていなかったか? 変わった装備や、道具など……」

「ええと……」


 ティムは必死に記憶を辿る。そして、はっと思い出した。


「そうだ! これ! これを、タクマさんから預かりました!」


 ティムは自分の手に平にある物体を、騎士団長に見せた。

 それは騎士団長がこれまでの人生で一度も見たことのない、不思議な工芸品だった。金属でも、宝石でもない。まるで、取っ手だけをくり抜いたかのような形状をしている。


「これは……?」

「タクマさんが、僕を守るために貸してくれた『盾』です。でも、僕、これを返し忘れちゃって……」


 ティムはしゅんとした顔で俯いた。そして、何かを決意したように、その物体を騎士団長に差し出した。


「騎士団長さん、お願いがあります! もし、タクマさんに会ったら、これを代わりに返してくれませんか!?」


 ティムは、真剣な瞳で騎士団長を見上げた。


「本当は行商人に頼んで手紙を出そうかと思ってたけど、行商人が来る前に騎士団の皆が来てくれたから、こっちほうが早いと思って……」


 騎士団長は、ティムから差し出された物体――「コモンシールド」を、そっと受け取った。

 ひんやりとしているが、どこか温かみのある、不思議な感触。そして、その内部からは、かすかな魔力のような、しかし魔力とは明らかに質の異なるエネルギーが感じられた。


「それ、すごいんですよ!」


 ティムが、興奮した声で言った。


「使い方があるんです。タクマさんが教えてくれました。裏の部分にあるスイッチを押すんです!」

「スイッチだと……?」


 騎士団長は訝しげに物体を見つめた。子供の戯言だと、最初は思った。

 だがティムのあまりにも真剣な眼差しに、彼は何かを感じ取った。

 騎士団長は、ティムの言う通りにスイッチを押した。


 その瞬間だった。


「……ッ!?」


 手に持った物体の周囲にまばゆい青白い光を放った。

 そして彼の腕の前方に、直径一メートルほどの、半透明の円形の光の壁が出現したのだ。

 それはまるで魔法の盾。しかし、どんな魔法とも違う、幾何学的な模様が表面に浮かび上がっている。


「なっ……!?」


 騎士団長は驚愕に目を見開いた。

 彼の隣にいた副団長や、周囲で見ていた騎士たちからも、どよめきが起こる。


「こ、これは……一体……!?」


 騎士団長は、信じられないといった様子で、光の盾を何度も見つめた。軽く拳で叩いてみると、硬い感触が伝わってくる。物理的な防御力も、確かに備わっているようだ。


「すごいでしょう!」


 ティムが自分のことのように得意げに胸を張った。


「タクマさんは、これがあれば大丈夫だって!」


 騎士団長は光の盾を、呆然と見つめ続けた。

 これは魔法ではない。少なくとも、彼が知るどの系統の魔法とも異なる。かといって、ただの仕掛け道具トリックでもない。この盾には未知の、そして計り知れないほどの力が秘められている。


 音が鳴る武器でヒュドラを一撃で屠り、こんな規格外の防具を、まるでただの「お守り」のように少年に貸し与える。

 タクマという男の存在が騎士団長の頭の中で、ますます巨大で、謎めいたものになっていく。


 もう一度スイッチを押すと、光の盾はふっと消え、元のサイズに戻った。

 騎士団長は手に持っている物体を、畏怖の念のこもった目で見つめた。


「……分かった。約束しよう、ティム君」


 騎士団長は力強く頷いた。その声には、先ほどまでとは比べ物にならないほどの、強い決意が込められていた。


「この盾は私が責任を持って預かる。そして、タクマという男を探し出し必ずや、君の思いと共に、これを返すと誓おう」


 騎士団長はコモンシールドを慎重に革袋にしまうと、ティムの頭を優しく撫でた。

 彼の胸には新たな、そして個人的な任務が芽生えていた。

 ヒュドラを屠った謎の英雄、タクマを探す。そして、この盾に秘められた、世界の常識を覆すほどの技術の謎を解き明かす。


 期待と不安が入り混じった複雑な気持ちの騎士団長であった。

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