第12話:冒険者登録

 ファスタ村の門をくぐり、俺は眼前に広がる一本道を歩き始めた。

 ティムの少し寂しそうな顔が脳裏をよぎったが、すぐに振り払う。感傷に浸っている暇はない。俺の冒険は、まだ始まったばかりなのだから。


 目指すはファスタ村から東へ三日ほど歩いた場所にある街、「ウーヌス」。村人から聞いた話では、この辺りでは一番大きな街で、冒険者ギルドもあるらしい。まずはそこで冒険者として登録し、生計を立てる手段を確保するのが当面の目標だ。


 街道はそこまで荒れてないし歩きやすい。だが、三日間の野宿は正直言って面倒くさい。食料の心配もあるし、夜は魔物に襲われる危険だってある。


 ヒュドラとの一件で、リムドの力はなるべく隠すと決めた。

 だが、それはあくまで「戦闘」においての話だ。移動や生活を快適にするための便利な機能まで封印する必要はないだろう。むしろ、こういう時にこそ、アンプラの科学技術は真価を発揮するはずだ。


 周囲に人影がないことを確認すると、右腕のリムドに意識を集中させた。


『INVENTORY、オープン。エアロ・ストライダー、実体化』


 俺の手元に、SF映画に出てくるような翼の形をしたジェットパックのような装備が出現した。

 背中を覆うメタリックなデザインで、青白い光を放つユニットが搭載されている。

 一人用の小型飛行ユニット、「エアロ・ストライダー」。アンプラの世界で、惑星の広大なフィールドを高速で移動するために開発された装備だ。


 俺はすぐにエアロ・ストライダーを装備した。すると体のサイズに合わせて自動的にフィットし、ふわりと体が数センチ浮き上がるのを感じた。


「よし、行くか!」


 地面を蹴るように、軽く前に体重をかける。

 次の瞬間、俺の体は弾丸のように前方へと射出された。


「うおっ!? は、速えええええええ!」


 景色が凄まじい速度で後ろへと吹っ飛んでいく。街道脇の木々が、緑色の線となって視界を流れていく。風が顔に叩きつけられ、思わず目をつぶってしまいそうになる。体感速度は時速100キロは超えているだろう。

 本来なら数日かけて歩く道のり。それをわずか数十分で駆け抜けていく。これぞ科学の力。文明の利器だ。


 あまりの速度に最初は戸惑ったが、すぐに慣れてきた。体重移動で巧みにカーブを曲がり、障害物を避ける。まるでスケートをしているかのような、独特の浮遊感と疾走感がたまらなく楽しかった。

 これなら野宿の心配も、道中の魔物との遭遇も、気にする必要はない。


 そして旅立ってからわずか数十分後。

 俺の目の前に巨大な城壁が見えてきた。ウーヌスの街だ。


「もう着いたのか……。便利すぎるだろ、これ」


 俺は街の手前でエアロ・ストライダーをインベントリに収納した。

 何食わぬ顔で、長旅で疲れた旅人を装って城門へと向かう。

 衛兵に簡単なチェックを受け、街の中へと足を踏み入れた。


「うわ……すげぇ……」


 そこはゲームで見たことのある街並みが広がっていた。

 石造りの建物が所狭しと立ち並び、メインストリートには様々な露店が軒を連ねている。香辛料の匂い、焼きたてのパンの香り、武具を打つ鍛冶屋の甲高い金属音、そして行き交う人々の喧騒。全てが混然一体となって、街全体が生きているかのように躍動していた。


 しばらくその光景に圧倒されていたが本来の目的を思い出し、冒険者ギルドへと急いだ。


 二階建ての大きな木造建築で、入り口の上には、交差した二本の剣をかたどった立派な看板が掲げられている。


 ごくりと生唾を飲み込み、意を決してその重い扉を押し開けた。


 中は想像通りの喧騒に満ちていた。

 酒場と受付カウンターが併設された広い空間。壁には鹿の剥製や巨大な魔物の頭蓋骨が飾られ、使い込まれた木製のテーブルでは、いかにもな冒険者たちが酒を酌み交わしている。


 俺はまっすぐ奥の受付カウンターへと向かった。

 カウンターの中には栗色の髪をポニーテールにした、快活そうな女性が座っていた。


「こんにちは。何かご用でしょうか?」

「あ、あの、冒険者になりたいんですけど、登録はここでできますか?」

「はい! もちろんです! 新人さんですね、大歓迎ですよ!」


 彼女はにっこりと微笑むと、一枚の羊皮紙とペンを取り出した。


「では、こちらにお名前をどうぞ。それから、出身地と、何か特技があれば」

「名前は……タクマ。出身は……遠い西の村で、あとはちょっと記憶が曖昧で……。特技は、まあ、人より足が速いこと、かな」


 エアロ・ストライダーのことは伏せつつ、事実を少しだけ混ぜておく。彼女は特に疑う様子もなく、さらさらと羊皮紙に何かを書き込んでいく。


「はい、結構ですよ。ではしばらくお待ちください」


 受付の女性は何やら書類を作成しているようだ。

 しばらくすると彼女は、カウンターの下から一枚の銅製のプレートを取り出し、俺に差し出した。


「はい、こちらがタクマさんのギルドカードになります。ランクは一番下のEランクからですね。依頼はあちらの掲示板に貼ってありますから、ご自分のランクに合ったものを選んで、このカウンターに持ってきてください。ランクはEからD、C、B、A、そして最高位のSまでありますから、頑張って上を目指してくださいね!」


 プレートには、俺の名前と「Rank E」という文字が刻まれている。これが、この世界での俺の身分証明であり、冒険者としての第一歩の証だ。

 俺はそのひんやりとした金属の感触を確かめるように、ぎゅっと握りしめた。


「ありがとうございます」


 礼を言ってカウンターを離れ、掲示板へと向かう。

 しかし、そこに貼られていた依頼を見て、俺は眉をひそめた。Eランク向けの依頼は、「薬草採取」や「街の掃除」と

 いった、報酬が銅貨数枚程度のものばかり。これでは、宿代を払ったらほとんど残らないかもしれない。

 今の俺はこの世界に来たばかりであり、この世界の金銭は一切持ち合わせていないのだ。


「これじゃ、ジリ貧だな……」


 俺はEランクの掲示板から視線を外し、一つ上のCランクの掲示板へと目を移した。そこには、Eランクよりもずっと高額の報酬の依頼が並んでいる。その中でも、ひと際目を引く依頼があった。


『緊急依頼:巨大森林狼(フォレストウルフ)の討伐』

『場所:ウーヌス西の森』

『推奨ランク:C(パーティー推奨)』

『報酬:銀貨8枚』


 銀貨8枚分か。これさえあれば宿代には困らないだろう。

 フォレストウルフ。アルファンの知識によれば、通常の狼の数倍の体躯を持ち、動きも素早い厄介な魔物だ。Cランクの冒険者がパーティーを組んでようやく互角に戦える相手。Eランクの新人が一人で挑むなど、自殺行為に等しい。


 だが俺にはリムドがある。

 いざとなれば、あのハンドガンを使えばいい。

 ヒュドラと違って相手は狼一匹。うまくやれば、リムドの力を隠したまま、鉄の剣だけで倒せるかもしれない。最悪、牽制に一発だけ使えば……


 俺は意を決し、その依頼書に手を伸ばした。


 その瞬間だった。


「――待って!」


 鈴の鳴るような、しかし切迫した少女の声が、俺の動きを止めた。

 振り返ると、そこには銀色の髪を腰まで伸ばした、俺と同じぐらいの年の少女が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る