第2話 会場まで

 〇


「そういえば、教えていなかったわね」

「何をですか?」

 行きの車の中、師匠がアタシに軽い調子で話しかける。

「1年前、あんたにかれた、コンクールで勝つべきなのは『人生がかかってるような人』か、って話」

「ああ」


 アタシは思い出す。1年前の光景を。

 そこに立つ人たちの、努力の価値を示すような、きらびやかなステージ。

 その後に見た、その努力でつかもうとしていた夢が、淡くも崩れる、結果発表のホール。

 その場にいる、ほぼ全員が敗者で、悲しみしかない光景。

 あの時に見た光景、その沈痛な雰囲気、思い出すだけで胸が苦しくなる――。


「あんた、馬鹿だから答えを最初に教えておくわ。『フルートを始めて1年の小学生に負けるレベルの人間は所詮そこまで』。……つまり、あたしは、あんたに勝ちなさいって言ってる」

「……はい。」

 答えているような、答えになっていないような。

 それでも、アタシのやることは全力を出すこと、そういうことだ。


「仮に、今日運良くここを突破しても、そのレベルじゃ、早晩そうばん、壁にぶつかってそれで終わりよ」

「わかりました。とにかく、いつもどおり、集中して吹きます」

少し、師匠は上を向いて考える。運転しているんだからちゃんと前を見て欲しい。

「ああ、それと」

「なんですか」

「もし、今日負けても、生き残るやつは、何が何でもそれにしがみついて生き残るわ。どんな環境でも、境遇でも。今日の敗者は、明日も敗者じゃない。よく覚えておきなさい」


「今日の敗者は、明日も敗者じゃない」

「そう。何度でも立ち上がって上を目指すの。これはあんたにも言えるわよ」

「アタシですか?」

「思い出して。あんたの目標は何?」


 今度は、アタシが少し、考える。

 懸命けんめいに上を目指すと決めた日。師匠の前で泣いた日。

 師匠に引きずり出されたあの日の本音。

「……アイツに勝つこと。アイツに認めさせること。フルートの魔法使いになって、魔法使いの先輩をぶちのめすこと。……何かを見せる音を目指すこと」

 『素敵な音にしましょうね』

 師匠の言葉が、脳裏に鮮やかによみがえる。


「そ。今日、ここで負けても、最終目標は変わらない」

 師匠はこともなげにそう言う。

 そうだ、アタシは何度負けても、それを目指す。

 でも

「師匠は、アタシが負けると思ってるんですか?」

「……1年前に言ったでしょ。答えは『1番になれる実力になったら教える』って」



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