第5話・前菜の後にメインを用意すると驚かれるよな!
夜の18時半、第三訓練場。
商業ギルドから借りたテーブル席に座る、荒くれ者の冒険者達や彼らの家族たちが、固唾を飲んでグラスの料理を待っている。
グラスは大人には冷たく冷えたラガーを用意して、子供にオーレンの果実ジュースを用意して、全員分のテーブルの上にジョッキを置いていく。
「バルクさんに依頼されて宴会の料理を用意したグラスだ。今日は、最高の料理や飲み物を用意したから楽しんで欲しい!」
「「「うおおぉ! 乾杯!!」
男性冒険者たちは野太い叫び声を上げた後、手に持ったラガー入りのジョッキで乾杯した。
彼らはジョッキを口につけて傾け、喉を鳴らしながらラガーを流し込んだ。
次の瞬間、ラガーを飲んだ冒険者たちは目を見開いて動きを止めた。
「っかああぁぁ!! うめぇ、なんだこのキンキンに冷えて冷たくてパンチのある喉越しは!」
「辛口でうめぇし、ラガーはエールよりも高いから避けていたが、これなら飲む価値はあるぞ!」
女性冒険者や奥さんや子供さんは苦笑いを浮かべつつ、手に持ったジョッキに口をつける。
「お、美味しい! ママ、この飲み物は冷たくて美味しいよ!」
「いつも飲んでいるオーレンの果実ジュースよりも美味しいわね!」
「氷屋のにいちゃん! いい匂いがする焼き物、酒だけじゃなくてツマミもしっかり用意しているな!」
「当たり前だろ! 今回は特製のタレを使ったバーベキューだ!」
「「「おおお!!」」」
5つのバーベキューセット上でいい塩梅で焼けたバッファローの赤身の山。
ジュウジュウ!!と食欲をそそる音と共に、鉄板の上でバッファローの赤身が踊る。
滴り落ちた肉汁と、グラス特製のダレが混ざり、香ばしい匂いが辺り一面に広がった。
「この匂いで食えないのは辛いわ!」
「アルマには後で死ぬほど食べさせてあげるよ」
「本気で頼むわよダンナ!」
隣ではアルマが汗だくで竈門に火を送っており、グラスは肉の面倒を見ながら彼女に水が入ったコップを渡した。
「肉は焼けたからテーブルに置かれているタレ入りの器を持って取りにきて欲しい!」
「おう! お前ら、肉は大量にあるから順番に取れよ!」
「「「はい、バルクさん!!」」」
宴会を仕切るバルクは、周りの冒険者に一喝しながらしっかり一番前に並んで焼けたお肉を回収していた。
グラスはバルクの『ちゃっかりさ』に呆れつつ、目を光らせながら並ぶ人たちにトングでお肉を渡していく。
「バッファローの赤身もいいが、このタレが最高だな!」
「美味しい! 銀髪のお兄ちゃんありがとう!」
「どういたしまして! バルクさん、食べてないで焼くの手伝ってくれ!」
「おお、悪い悪い!」
分厚いお肉にかぶりついていたバルクは、木の器をテーブルに置いて追加のお肉を鉄板の上に置いた。
三人で宴会の料理が回る中、グラスは奥に用意していた酸味の強いモランの実を使ったタレをかけたサラダを器に盛っていく。
「箸休めにサラダを食べるか?」
「や、野菜は嫌いだよ……」
「まあまあ、一口食べて無理ならお母さんに渡せばいいよ」
子供達は嫌そうな表情を浮かべるが、新鮮な野菜にドレッシングがかかったサラダを食べると目の色が一気に変わった。
シャキリと音のいい食感に、酸味の効いたタレが野菜の苦さをなくして、本来の甘みやしっかりとした味付けが口に広がる。
「や、野菜が苦くない!」
「シャキシャキしていて、果実みたいに美味しいよ!」
「新鮮な野菜に合うタレをかけたから美味しいと思うぞ」
「う、うん! お兄ちゃん、おかわり!」
「僕もおかわり!」「あたしもおかわり!」
目を輝かせて空になったサラダの器を突き出す子供達に、グラスは戸惑いながら処理した野菜とタレが入った大きなボウルを奥さんたちに渡す。
「サラダはいっぱいあるから、お母さんたちからもらってね」
「「「はーい! お兄ちゃんありがとう!」」」
「氷屋のグラスさん、子供達に野菜を食べさせていただきありがとうございます!」
「いえいえ!」
奥さんたちは野菜嫌いな子供達がサラダを勢いよく食べてくれることに、思わず嬉し涙を流した。
グラスは満足しながら、用意したサラダが入った鉄のボウルを複数、奥さんたちに渡す。
バーベキュー宴会が始まってまだ序盤だが、鉄板でいい匂いがして焼けるお肉。
鉄板の隣ではお肉や野菜の切れ端を使い、味付けは海外産の『粉末の昆布・カツオのダシ』や塩胡椒で味付けしたスープがいい匂いをしている。
たたグラスはスープから気を逸らして、アルマが汗だくになって風を送っている五つの炊飯窯の方へ視線を向ける。
「メインに入れそうだな」
「やっとなの!」
「後は俺がやるからアルマは水を飲んで食器と別のお酒を準備をして欲しい」
「わかったわ」
首元のタオルを使い汗を拭いたアルマは、タンクトップ姿で立ち上がり、簡易竈門から離れていく。
グラスは手袋をつけながら五つの炊飯窯を見て、一つずつ蓋を開ける。
「やばい……。めっちゃ食いたい」
蓋を開けるとモワリと湯気が上がり、釜の中には天井のライトに照らされた真っ白な白米が踊っていた。
お米の炊けた匂いを浴びたグラスはよだれだ垂れそうになりながら、他の炊飯窯の蓋もテーブラの上に置く。
「グラスがパンではなく、コメを用意した理由が今わかったぜ」
「そうそう、米の肉に合うんだよ! って、バルクさんはあの肉を焼いてくれるか?」
「おう、アイツらを驚かせてやる!」
簡単調理場の奥にある荷台の上から、バルクは自身のパワーを使い、冷たくて重たい木箱を運んできた。
「お前ら、前菜で満足してねーよな!!」
「バルクさんまだ何かあるのか?」
「何を言っている? こっからメインだぜ」
バルクが運んできた木箱の蓋を開けると、魔力氷で冷やされたバッファローの霜降り肉が眩しく光っている。
適度に脂が乗った霜降りのサーロインを、バルクはトングで掴んで熱々の鉄板に乗せた。
「「「おおお!?」」」
「いい匂い! わたしもお肉食べたい!」
「ボクも!!」
「はっはー! メインは出たがまだ相棒残っているぞ」
「「「相棒??」」」
メインの霜降り肉がジュウジュウと音を鳴らしながら焼けて、グラス特製の醤油ダレの匂いが訓練場の中に広がる。
「アイスコーティング……」
火傷しないようにグラスは氷魔法で両手をコーティングして、きらりと光るお米をしゃもじで手に取り、適量の塩と共に握り始める。
参加者たちは霜降り肉に釘付けになる中、グラスは真剣に炊き立てのご飯で塩おにぎりをたくさん作った。
「肉もいいが、相棒の塩おにぎりを忘れるなよ!」
「おにぎり? 確かあの白いやつは貿易街で売っているやつだよな」
「ああ! 塩おにぎりはオレも食べたけと、めっちゃ美味いぞ」
よだれを垂らす冒険者たちがいる中、焼けたステーキが乗ったお皿にグラスは、塩おにぎりを一つ乗せる。
参加者たちは行儀良く、列を作りバルクから塩おにぎりとステーキが乗ったお皿を受け取り、自分の席に座り一口。
「う、うめぇ! 塩おにぎりのいい塩味に柔らかさがクセになる!」
「おい! このコメ、肉と食うとやばすぎて体が溶けるぞ!」
「美味しすぎて幸せすぎるわ!」
ステーキ&塩おにぎりに満足する参加者に、グラスは嬉しそうに頬を緩める。
「アルマ『アレ』を持ってきて欲しい!」
「もう持ってきたわよ!」
「助かる! 貴様ら、この最高な時にラガーやオーレンのジュースだけじゃ、満足できないよな!」
「ま、まだ何かあるのか!?」
目を見開いて届く参加者を尻目に、グラスはテンションを上げながらアルマが持ってきた木箱を開ける。
「ツテでカラザ社のワインとブドウジュースを用意したぞ!」
「マジで!? カラザ社のワインって安くても銅貨五十枚だよな!」
「そのワインが二十本と、ブドウジュースが十本あるから、仲良く飲んでくれよ!」
「「「氷屋のにいちゃんありがとう!」」」
子供達の喜びように奥様方や女性冒険者たちが、屈託のない笑みを浮かべた。
バーベキューパーティーはまだ中盤だが、集まった参加者達は裏表のない楽しそうに笑う。
「ほんと冒険者をやっていて良かったと思えたぜ」
「氷屋のにいちゃんはかなりのやり手だな」
「もしかして氷屋さんは好物件かしら?」
「さあね? でも今は婚活よりも美味しい料理を食べるわよ!」
「「「おう!」」」「「「ええ!!」」」
婚活よりも食い意地の冒険者たち。
グラスは彼らの思いに驚きながら、更なるサプライズネタを考えて、楽しそうに頷くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます