第4話・バーベキュー宴会は段取りが大事だよな!

 冒険者ギルド・リーン南支部。

 一通り依頼を見終わった二人は先ほど『一杯奢らせろ』と言ったスキンヘッドの男性冒険者・バルクと共にお昼ご飯を食べていた。


「お前さんが噂の氷屋のグラスなんだな」

「ヒョロイ見た目で悪かったな」

「悪い悪い。ただ個人的に困っていた時に出会えて良かったぜ」


 不機嫌そうに目を細めるグラス。

 苦笑いを浮かべながらエールを飲むバルクに、ボア肉のステーキを頬張るアルマが首を傾げる。


「わたし達に関係することかしら?」

「それは……。実は夜に身内で宴会することになったんだが、予約のお店が上客の予約が入ったとかで急にキャンセルされたから困っていたんだよ」

「つまり俺のツテを使って別の酒場を貸し切りたいのか」

「そうなる……。今日出会ったばかりで悪いが頼めるか?」


 どこか懇願するように手を合わせるバルクに、グラスは少し悩んだ後にある提案を口にする。

 グラスは少し考えた後、軽く一息はく。


「例えば、冒険者ギルドの土地を借りてバーベキューするのはどうだ?」

「アリだが夜までに準備は間に合うのか?」

「もちろんとは言えないがなんとかはできるぞ」

「いいのか?」

「ああ。俺の趣味も活かせるし、報酬はしっかりでるよな」


 グラスの提案に乗ったのか、バルクは拳を打ち鳴らして笑う。

 話がまとまってきたので、グラスは残りのスープを飲み、ホッとひと息を吐く。


「も、もちろん! 銀貨十枚でどうだ?」

「了解。ちなみに人数と予算はいくらだ?」

「ん、ああ、人数は子供も含めて百人くらいで予算は銀貨六十枚だな」

「……仕方ない。タダで焼肉を食べるために頑張りますか!」

「相変わらずダンナは要望に忠実ね!


 一度受けた依頼はできる限りはやり遂げる。

 グラスの変な真面目さが発揮される中、食事を終えたアルマは呆れたようにジト目を浮かべる。


「ダンナは人がいいわよね」

「俺は趣味の料理が大好きなだけだ。それより二人には準備を手伝ってもらうぞ」

「おう!」「わかったわ!」

「……これで料理以外のことはコイツらをこき使えそうだな」


 五月一日の大型連休。

 食事を終えた三人は席から立ち上がり会計をした後、バルク担当の受付嬢にお願いして、訓練場の一つを夜に貸し切ることに成功した。

 冒険者ギルドの建物から出たグラス達は、ホッと息を吐きながら移動を始めた。

 

「割とすんなり話が通ったな」

「Cランク冒険者なら多少は融通が効くんだよ」

「へえー? バルクさんは腕利きなんだ」

「今度嬢ちゃんには稽古をつけてやろうか?」

「稽古になるのはどっちになるか楽しみにしているわ」


 身長百八十センチの筋骨隆々のアルマとバルクが、笑顔で睨み合う。

 二人より小柄なグラスは二人が放つ圧に戸惑った。


「二人とも、今は準備に集中して欲しい」

「はーい。それで商業ギルドに来たけど何をするの?」

「機材を借りるために決まっているだろ」


 冒険者ギルドの隣にある商業ギルドに来た三人は、空いている列に並び、担当の受付に声をかけた。


「トールさん、こんにちは」

「おう! って、ガタイのいい荒くれ者を連れてきてどうしたんだ?」

「色々あったんだよ。それよりもバーベキューセット5つと荷台を借りれるか?」

「少し待ってろ」


 最初は軽口を叩いていたトールだが、グラスが仕事モードと知って真面目に在庫を調べ始める。

 数分後、受付に戻ってきたトールは真顔のまま一枚の紙をテーブルに置いた。


「ちょうど大型のバーベキューセット5つと荷台はあったぞ」

「助かる。ついでに薪と火種も用意して欲しい」

「バーベキューに必要な機材は全て用意したが、全部で銀貨五枚だが問題ないか?」

「ああ、その額で頼む」


 バーベキューセットと必要な薪を含めて一日の貸切は銀貨五枚。

 グラスは頷き、バルクは真顔で懐の財布から銀貨五枚を取り出してテーブルに置いた。


「毎度あり。一式はどこに運べばいい?」

「貸し切った隣の冒険者ギルドの第三訓練場の壁際に置いといてほしい」

「了解、運搬は力自慢の奴らに任せるわ」


 手早く書類をまとめたトールは、別の受付を呼びカウンターから離れていく。

 グラスはトールに一礼した後、係の人に案内されて倉庫にある荷台を借りた。


「アルマとバルクさんには荷台を引いてもらう」

「それはいいが、荷台を引いてどこにいくつもりだ?」

「食材の買い出しに決まっているだろ?」

「……は?」


 当たり前のように『買い出し』と発言するグラスに、バルクは不思議そうに首を傾げた。


「食料なら商業ギルドで買い込めば良くないか?」

「ココで買うよりも市場で買った方が新鮮で安いんだよ」

「……そういうことか!」


 グラスの思いつきを理解したバルクは嬉しそうに頬を緩めた。

 倉庫から荷台を引っ張ってきたアルマは、少しだけ不服そうに目を細める。


「ダンナ、荷台を借りてきたわよ!」

「おう! 係の人もありがとうございます!」

「いえいえ! では自分は仕事に戻りますね」


 一礼してから足早に仕事に戻るギルド職員。

 商業ギルドから出た三人は、食材や調味料を買い込むために、昼の市場に向けて足を進めた。


 ⭐︎⭐︎


 海に一番近く港から水揚げされた魚に、新鮮なお肉や野菜が並ぶ王都・リーンでも有数の南の市場。

 空っぽの荷台をアルマとバルクに任せたグラスは、まずは肉屋に行って店主に声をかけた。


「肉屋の店主さん、大人数のバーベキューにオススメな肉はあるか?」

「おうともよ! このバッファローのフルセットはどうだい?」

「肉の見た目もいいし、銀貨十枚なら買わせてもらう」

「毎度あり!」


 笑顔の店主が店の大男を使い、麻袋に包まれた塊肉を荷台に積んでいく。

 グラスは積み終わった肉を魔力の氷で包んだ。


「相変わらず、あんちゃんの氷魔法は便利だな」

「本業は氷屋だしな。っと、また来させてもらうよ」

「またいい肉を仕入れて待ってやるよ」


 嬉しそうに笑う肉屋の店主に、グラスは笑顔で手を振った。

 荷台の上に大量の肉が乗ったが、力持ちのアルマとバルクは涼しい顔で引いていく。


「お前さんは割と顔が広いんだな」

「氷屋をやっているから食料関係は顔が効くんだよ」


 他のお店から声をかけられるグラスは、一つ一つ丁寧に対応してはバーベキューに必要な食材や調味料を的確に荷台に乗せていく。

 グラスの働きように、バルクは思わず舌を巻いた。


「嬢ちゃん。グラスは周りに愛されているんだな」

「ダンナは『自分では性格が悪い』とは言っているけど、本当はめんどくさがり屋なだけで素直なのよ」

「ははっ! 奴隷のお前さんがそこまで褒めるならグラスはいいやつなんだろうな」

「ほんとわたしにとってはダンナは神様だからね」


 アルマは主人を褒められて喜んだ。

 幸せな空気が流れる中でバルクは次々と買い込み、少し離れた貿易街にも寄った結果、荷台には大量の荷物が積まれた。


「お、おい、流石に引っ張るのがキツいんだが?」

「力自慢さんガンバ!」

「少しは手伝えよ!?」


 朝水垂らして荷台を引くバルクに、グラスはニヤリと一言。


「食料を置いた後は酒も買いに行くから頼んだぞ」

「急にダンナが悪魔に見えてきたわ……」


 人使いの荒い主人にアルマは呆れたようにため息を吐く。

 ただ彼女の頬をは緩んでおり、どこか楽しそうにこき使われていた。

 その後、冒険者ギルドの第三訓練場に食材が乗った荷台を置いたアルマとバルクは、荒い息を吐きながらへたり込んだ。


「オーグを相手するよりも疲れたんだが?」

「わたしもひと試合した後の気分ね」


 二人がバレている中、荷物を確認したグラスは一言。


「二人とも運搬ありがと! 少し席を外すからここは頼んだ!」 

「「ええ!?」」


 笑顔で第三訓練場から出ていくグラスに、二人は思わず目を見開いた。

 数分後、グラスは商業ギルドで大量のラガーやワインを樽ごと買い込み、荷物運びと共に訓練所に戻ってくる。


「な、なあ、嬢ちゃん。グラスは段取りに手慣れてないか?」

「ダンナは料理好きだから準備が好きなんだよ」

「そ、そういうこと……」


 テキパキと荷物運びに指示を出すグラスにバルクは驚きつつ、どこか安心したように息を吐いた。

 その後、準備が整ったのでグラスは自分の頬を軽く叩いて気合いを入れる。


「始めますか!」


 荷台には大量の食材が積まれているが、グラスは楽しそうに肉から捌き始めた。


「ん? なんでアイツが作った魔力氷は溶けてないんだ? 時間的に普通のやつなら跡形もなく無くなっているだろ?」

「ダンナの氷は特別製なのよ」


 通常なら一時間もすれば空気の魔素になって消える魔力氷。

 グラスが作った魔力氷は一時間以上経っているが、全く溶けてなくて食材は冷えたまま。

 

「…‥やっぱりグラスはただもんじゃないんだな」


 バルクはグラスの能力に驚いたのか、戸惑うように呟いた。

 主人を褒められたアルマは、ニヤリと笑いながら言葉を返す。


「ダンナの凄さは氷魔法だけじゃないわよ」

「ほ、他に何かあるのか?」

「答え合わせは後のお楽しみ」


 自分の常識を疑い始めたバルクに、アルマはイタズラ娘のようにいやらしい笑みを浮かべた。

 二人のやりとりを尻目に、グラスは真面目に切れ味のいい短刀を使い、手早くお肉を捌き続けるのだった。


 

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