ep.2-3 iARTS

「会敵の直前までは、オートパイロットで飛行します。会敵予想時刻は、ネクスト06です」

「ネクスト06ってなんですか?」

「次の時間の6分、つまり14時06分です」


 中津川さんの説明が、妙に洗練されて聞こえる。自分がいま白龍のコックピットにいるだけで、あっち側の人間になったような錯覚がした。


「緊張してますか?」

「……まあ、はい」

「二度目の操縦ですし。訓練も受けていませんからね」

「そ……それはどうも」


 訓練。言われてみれば、私はただ流れで乗っているだけで、正式な教育なんて受けていない。


 それでも白龍は、私が乗れば動く。まるで私を選んだみたいに。


 機体はすっかり東京都心部を抜け、東京湾上空を飛行していた。日光で輝く青い海がやけに美しく感じる。


「会敵までの15分ほどで少しブリーフィングみたいなものをします」

「ブリーフィング……?」

「戦闘の目的などの説明です」


 ああ、また英語。葵がいたら笑われていた。


「まず、今回の戦闘ですが、敵機の東京首都圏への進入阻止を主目的とします。全天周囲モニターの画面をご覧ください」


 いわくモニターらしい空間の中に地図が出現する。地図には台風のような進路図が描かれている。


「敵機は時速120kmで北上中。迎撃ポイントは東京湾南部になる可能性が高いです」

「街への被害は……出さないように、ですよね?」

「可能な範囲で十分です」

「人へは……絶対、出ないんですよね?」

「はい。いま白龍と敵機、それと私たちが居る空間は、厳密に言えば現実空間とは異なる世界線です。説明は戦闘後にまとめて」


 世界線。その言葉を聞くたびに、現実がどこか薄く感じられる。


「次に白龍の武装について説明します」


 モニターに新たな画面が現れる。白龍を模したロボットの簡易図が載っている。


「白龍のメイン武装は草薙という日本刀です。先日使っていただいたものです。この刀は特殊な金属で出来ており、見た目以上の強度を誇ります」


 次に、と中津川さんが言うと、図上の白龍の左腕が光った。


「白龍の左腕には光化学シールドが装備されています。実際に起動してみてください」

「こ……こうですか?」


 私があるボタンを押すと、モニター下に映っている白龍の左腕に、緑色に輝くシールドが形成された。


「それが光化学シールドです。ある程度の物理攻撃までなら耐えることができます。有効活用してください。それと非常手段としてもう一つ武器があります」

「なんですか?」

「白龍の頭部には45mm口径のバルカン砲があります。ですが、これは周囲への影響が大きいため、確実に当たる状況、もしくは最後の手段として使ってください」


 分かりました、と言うと、中津川さんは柔らかく笑ってみせた。


「物分かりが早くて助かります」

「いえいえそれほどでも」

「なにか他に教えてほしいことはありますか?」


 質問しようとして、喉がつまった。聞きたいことなんて山ほどあるのに、整理されていない。


 それでも、ずっと胸に引っかかっていたものを絞り出す。


「あ……あの、前に戦ったロボットのパイロットですが……私、本当に……」


 ビーッ、と警告音が私の声を裂いた。


「敵機が停止。2分後に会敵します」

「えっ……ちょ、ちょっと待って!」

「オートパイロットを解除します。ここからは橘さんの操縦でお願いします」

「無理ですよ!」

「前もできました。今回もできます。健闘を祈ります」


 通信が切れた途端、コックピットは静寂に沈んだ。鼓動がやたらとうるさい。


 でも――私は戦うと決めたんだ。


「東京を守るため……だもんね」


 視界の遠方に、黒い影が固まって見えた。


 敵機だ。


 ペダルを踏み、前進用スラスターを停止させる。と、同時に、急停止用の胸部スラスターが作動し、機体は磔にされたかのように静止した。


「あれが、今回の敵」


 私は前のめりになって様子を伺う。前のロボットと同じ容姿の敵機は、ピクリとも動く気配を見せない。


 このまま帰ってくれれば……。そう思った時、どこからか若い男の声が流れ始めた。


「ほう……貴様がラグールを倒した者か」


 ラグール、前のロボットのパイロットだろうか?ということは、この声は敵機から聞こえている……?


「は……はい」


 声が震える。どうして敵と会話できるんだろう?この空間はいったい、何なんだろう?


「あの……ラグール?さんを殺してしまったことは謝罪します。でも、私たちの街を襲う理由がわかりません」

「殺した?」


 男は心底可笑しそうに笑った。


「貴様ごときに殺せるものか。あいつは生きている。生命レベルは低下しているがな」

「……生きてる」


 本当に? 胸が少しだけ軽くなるのを感じた。


「それなら帰ってください、元の世界に!」

「それは出来ない話だ」

「なぜ!?」

「貴様の知るところではない!」


 怒号と同時に、黒いロボットが大剣を握って加速した。


「来る……!」


 白龍は草薙を構えた。だが、敵機は距離30mで急に進路を変え――消えた。


「え!?どこ!?」


 迂闊だ。私は敵機を見失ってしまった。


 どこ?どこにいる?このまま私はやられるのか?


「遅いっ!」


 次の瞬間、白龍に衝撃が走った。まるで背中からズドンと押し飛ばされたかのような衝撃だ。


「きゃあっ!」


 足が反射的にペダルを踏み込む。胸部スラスターがフル稼働する。


「貴様!本気で私と戦え!次はこれだけでは済まさんぞ!」


 男の怒声が私を殴りつける。そうだ、私は生死をかけた戦いをしているのだ。


 白龍を後方に向かせると、警告音が再度鳴った。銃弾のようなものが飛来している。


「シールド!」


 緑色の光が展開し、砲弾が弾けた。振動が腕に伝わる。


「ほう……余計な玩具を」


 一瞬で距離を詰め、黒いロボットが白龍の左腕を掴む。


「は、離してっ……!」

「これぐらいも予測できぬか、愚か者めが」


 敵機が旋回を始めた。白龍の巨体が振り回され、視界が渦を巻く。


 私は、襲いかかる遠心力から自分を守るだけで精一杯だった。


「お遊びはこれまでだ」


 男の声が落ちた瞬間、腕が放たれ――


 白龍は空から海へ叩き落とされた。全身が、凄まじい衝撃に軋む。海面が爆ぜ、コックピットが白い光に包まれた。

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