第4話 キノコ騒動その1
ルーカス辺境伯の屋敷での暮らしは、落ち着いたものだった。
森で使えそうな薬草を見繕っては、部屋で薬にできないか試す日々。
しかし、元皮膚科医としては、あの薬がないので物足りない。
「カミツレの花のようなものはあったから、アズノール軟膏は作れるとして…やっぱりあれがないとなあ」
あの薬は、ほとんど万能薬のようなものだ。ぎゃくにあれさえあれば、皮膚科医の仕事の8割はなんとかなる。
しかし、この世界で手に入れるのはなかなか骨が折れそうだ。
「漢方だと、確か代わりになるのは……組成は何だったかな」
そんなことを部屋でずっとやっているので、伯爵夫妻には頭がおかしくなったように見えるようで、早速腫れ物に触るような扱いを受けている。
人間関係は大切だが、私にも今後の人生設計というものがあるので、致し方ない。
何より、あの脳筋──アランに会わなくて済むのはありがたかった。
☆☆☆☆☆
そんなある日のことだった。
「ええ、領地で流行り病が……⁈」
屋敷で揃って夕食を食べている時に、伯爵がこのような話題を出してきた。
「何でも、キノコの流通を主にしている商人の家でね。
みんな揃って、強烈なかゆみと皮膚の赤みを訴えているらしい。
みんな揃ってということは、流行り病なのだろう。
他の領民が感染するのを防ぐためにも、祈祷師を呼んでこないとね」
「ここでは、流行り病があると祈祷をするのですか?」
「ああ、王都にしかお医者様はいないからね。これだけ田舎だと、祈祷ぐらいしかできない」
「なるほど、そうなのですね」
確かに、感染症の原因が細菌やウイルスだと分かったのは、19世紀のことだ。
医者が存在するといっても、この世界には現代医療の知識がほとんどないと言っても良いのだろう。
しかし、もし本当に感染症であるならば、祈祷では防ぎようがない。
皮膚症状が出る危険な感染症は、数え切れないほどあるのだ。
この屋敷までそれがやってくるのは、時間の問題だろう。
仕方がない。ここは、私の出番だ。
私は伯爵にこう言った。
「どうでしょう。その問題、私に預けてはくれませんか」
彼は驚いた顔をした。
「危険だ──祈祷以外で、どうしようと言うのだね」
そして、キノコの商人というのが、どうも引っかかる。
「追放された身ですもの、せいぜいこき使ってくださいな」
私は悪役めいた笑みを浮かべた。
医者とは、人を守るためのものだ。
それならば、人が困っている時に手を貸さないでどうする。
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